86 雷の破壊神


「はっはっはっ! どうした、人間! 守ってるだけじゃオレは倒せねえぞ!」



 雷光の如く空を自在に翔るフルガさまの姿をなんとか捉えようと、俺は必死に彼女の動きを読む。


 だがさすがは雷の神――移動速度が速すぎて、とても目で追えるようなものではなかった。


 ならばとカウンターで迎え撃とうとするも、



「――ギガエクレール!」



 ――どしゃーんっ!



「ぐわあああああっ!?」



 回避不能の雷撃術を遠距離から放たれ、俺は為す術なく彼女の攻撃を受ける。


 それだけならまだ再生力任せに反撃に転じられたのかもしれないが、



「傷の治りが遅い……?」



 そう、強化されているはずの再生力がほとんど封じられていたのである。


 一体どういうことなのかと困惑する俺に、フルガさまは腰に手をあて、笑みを浮かべながら言った。



「――お前、トゥルボーと戦ってないだろ?」



「えっ?」



「あいつと戦っていたら気づくはずだ。イグニフェルの再生が万能じゃないってことにな」



「それは、どういうことですか……?」



 訝しげに問う俺に、やはりフルガさまは余裕の表情で告げる。



「神の力ってのは基本的に等価だ。たとえイグニフェルの力で不死になったとしても、トゥルボーならばそれを打ち消すことが出来る。そりゃそうだろ? あいつは〝死〟の神なんだからな」



「……」



「で、オレは〝破壊〟の神だ。オレの力は文字通りありとあらゆるものを破壊出来る。たとえばそう――お前の〝再生力〟とかもな」



「俺の、再生力を……っ!?」



 驚く俺に、しかしフルガさまは残念そうに言った。



「だがお前が持ってるのはイグニフェルの力だけじゃねえ。テラにトゥルボー、そしてシヌスの力も混ざってやがる。だから完全に破壊するのは無理だ。せいぜい一時的に効力を弱める程度のものだろうさ。よかったな、先にあいつらの力をもらっといてよ」



「……ええ、そう思います」



 なるほど。


 だからテラさまはフルガさまを最後にしろと言ったのだろう。


 彼女の力に対抗するためには、ほかの女神たちの力を合わせるしかないことが分かっていたから。


 だが戦況が不利なことに変わりはない。


 再生力任せの特攻は無理だし、彼女の速度に追いつくことも出来ない上、しかもその術技は追尾式なのか回避不可能ときた。


 さて、どうする。


 これは思った以上の難敵だ。


 が。



「どうした? 打つ手なしか? オレはまだ一撃ももらってないぞ?」



 そう不敵に笑うフルガさまに、俺は嘆息して言った。



「――そりゃあなたが俺を怖がって近づかないからでしょう?」



「……何?」



 ぴくり、とフルガさまの笑みが止まる。


 だが俺は気にせず肩を竦めて言う。



「でもまあ確かに俺は炎の塊みたいなものですからね。いくら女神さまとはいえ、恐怖を覚えるのも無理はないと思います。たとえばほら――」



 ごごうっ! と俺は自身の身体を《プロメテウスエクスキューション》で覆おうとする。



「こうやって防御姿勢に入られたらどうしようもないでしょう? こいつはヒヒイロカネを生成する際に使った術技ですが、こんな灼熱の炎になんて、たとえ神さまだろうと怖くて飛び込めませんもの」



 と。



「てめえ、オレを侮辱するのもいい加減にしろよ! このオレに怖いものなんざあるわけねえだろうがっ!」



 よほど頭にきたのか、フルガさまがいきり立って突っ込んでくる。


 なので俺も完全に《プロメテウスエクスキューション》を発動させたのだが、



 ――どばんっ!



「!」



 フルガさまは灼熱の壁をぶち破って俺に肉薄してきた。


 さすがは〝破壊〟を司る女神さまだ。


 エリュシオンは空間を斬り裂かなければ脱出出来なかったが、彼女にかかればランスの一突きだけで壁に大穴が開いていた。



「おらあっ!」



 ずしゃっ! とそのままランスが俺の胴を貫く。



「どうだ! 思い知ったか、人間!」



 この灼熱の檻の中でもぴんぴんしていられるのは、彼女が防御用の雷を纏っているからだろうか。


 いや、そもそも神は不滅ゆえ、攻撃は無意味なのかもしれない。


 ならばどうやって彼女を倒すのか。


 その方法については一つだけ心当たりがあった。


 というより、似たような状況に以前遭遇したことがあったからだ。



『あなたは――汚れているだけのただの女です』



 そう、まだ潔癖で男嫌いだった頃のマグメル(ドM)である。


 あの時俺はアルカの進言で強引に彼女を自分のものにしたわけだが、なんというか、フルガさまにもそれが通じそうな気がしていたのだ。


 もちろん通じなかったら八つ裂きは確定だけどな。


 どちらにしろこれ以上の手は思い浮かばないんだからやるしかあるまい。


 なので。



 ――がしっ!



「……あっ? ――っ!?」



 俺はフルガさまを強引に抱き寄せると、そのまま彼女の唇を奪ったのだった。

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