72 火の女神イグニフェル


「ここに女神さまがいるの?」



「まあ火の神さまだしね。そりゃ火の中にいるのは当然だと思うのだけれど……」



「すげえ光景だよな。二度目だけど普通に圧倒されるし」



 カヤさんとともに新設された祭壇へと向かった俺たちは、揃って煮えたぎる火口を覗き見る。


 以前はここで足を滑らせたことにより、ヒノカミさま……いや、イグニフェルさまから力を賜ることが出来たわけだが、あの一件がなければ、俺はきっと彼女たちに出会うこともなかっただろう。


 運命というのは不思議なものだとつくづく思う。


 ともあれ、いつまでもこうして眺めているわけにもいかない。



「さて、じゃあさっそく会いに行こうと思うんだけど……これ飛び込まないとダメな感じかな?」



「とりあえず呼んでみるのはどうかしら? ものは試しだし」



「そうだな。分かった」



 頷き、俺は遙か下方のマグマに向けて声を張り上げる。



「イグニフェルさまー! 聞こえていたらお返事をお願いしますー! イグニフェルさまー!」



 すると、後ろの方でカヤさんが小首を傾げた。



「あの、〝イグニフェルさま〟というのはもしかして……?」



「ええ、ヒノカミさまのお名前です」



「やはりそうでしたか。これは後ほど島の皆さまにもお伝えせねばなりませんね」



 ぐっと胸元で小さく拳を握るカヤさんに、俺が「是非そうしてください」と口元を和らげていると、



「――やれやれ、騒がしい人の子らだ」



「「「「!」」」」



 ふいに女性の声が響き、周囲の炎が集まって人の形を成していく。


 そうして虚空に姿を現したのは、怜悧な面持ちをした美女だった。


 雰囲気的にはトゥルボーさまに近いが、彼女よりは幾分か柔らかい印象を受ける。


 どうやらこの人が〝火〟と〝再生〟を司る女神――イグニフェルさまのようだ。



「え、えっと、俺は……」



「存じておる。あの時我が力を授けた子であろう? 随分と逞しくなったようで嬉しいぞ」



「あ、はい。その節は本当にお世話になりました」



 ぺこり、と深く頭を下げる。


 事実、彼女に会っていなければ今の俺はなかったのだ。


 本当に感謝の言葉もないくらいである。



「気にすることはない。むしろ感謝をするのは我の方だ。よくテラを救ってくれたな」



「いえ、あれはイグニフェルさまのお力があってのことだったので」



「そう謙遜するな。たとえ我が力の一端があろうとも、通常人の子が神を浄化することなど出来はしない。それはそなたの研鑽ゆえの奇跡。大いに誇るがよい」



「は、はい! ありがとうございます!」



 てか、普通は出来ないことだったのか……。


 もしここにアルカとマグメルがいたらめちゃくちゃ言われてただろうな……。


 あの時もすげえ怒ってたし……。



「して、此度は何用で我を呼び出した? よもや挨拶だけが目的ではあるまい」



「「「……」」」



 どうしよう、普通にそれが目的だったんだけど……。


 気まずそうに女子たちと顔を見合わせていると、イグニフェルさまが嘆息して言った。



「やれやれ、まさか本当に挨拶目的だけで我を呼び出す者がいたとはな。なるほど、なかなか肝の据わった人の子らだ。世が世であれば灰にしていたところだぞ」



 ひ、ひえぇ……。


 よ、世が世じゃなくてよかった……。


 ほっと胸を撫で下ろしていた俺たちだったが、ふと思い出したことがあり、俺はそれを彼女に問う。



「あの、一つだけお伺いしたいのですが、俺の炎でヒヒイロカネを生み出すことは可能ですか?」



「ふむ、確かにそなたの炎はあの頃よりも数段と猛々しくなった。だが今のままでは不可能であろうな。あれは並大抵の炎で出来る代物ではない」



「そんな……」



「「「イグザ(さま)……」」」



 じゃあどうすれば……、と唇を噛み締める俺に、しかしイグニフェルさまはふっと口元に笑みを浮かべて言った。



「――何を嘆くことがある」



「えっ?」



「そなたの前に立つのは全ての焔(ほむら)を司る神ぞ。テラを救ってくれた礼だ。我と契ることを許してやる」



「「「――っ!?」」」



 何故か女子たちの方が驚いている気がしたが、俺は尋ねる。



「え、えっと、それはつまり……」



「そうだ。――我を抱け」



「ええっ!?」



 どういう流れでそんなお話になったの!?


 いや、たぶん何か力の譲渡にそれが必要なんだろうけど!?


 愕然と固まる俺に、イグニフェルさまは不敵に笑って言った。



「何を驚く。そこの二人とはすでに契ったのだろう? 気配で分かるぞ。ならば問題あるまい」



「えっ!? そ、そうなのですか!?」



 言わずもがな、驚愕の表情で問い詰めてきたのはカヤさんだ。


 事情が事情とはいえ、一度彼女のお誘いを断ってるからな、俺……。



「い、いや、これには色々と事情がありまして……」



「あら、別に隠すようなことでもないでしょう?」



「うん。だってわたしたち――イグザのお嫁さんだし」



 ちょっ!?



「い、イグザさま!? こ、これは一体どういうことなのですか!?」



「え、えっと……」



「ちなみにあと三人ほどいるけれど、なんならあなたも妾にしてもらえばいいんじゃないかしら? まあ私が正妻でよければの話なのだけれど」



「違う。正妻はわたし。でもわたしも妾にするのは別に構わないと思う。だってカヤもイグザのことが好きなんでしょ?」



 ちょ、何言ってんのこの子たち!?


 とくにティルナはそんな根も葉もないことを――。


 と。



「……分かりました。なら私も――今宵イグザさまに抱かれます!」



「ちょ、カヤさん!?」



「はっはっはっ! そなたらは面白い子らだな」



 そしてあなたは一体何を笑ってんの!?


 突っ込みの追いつかない怒濤の展開に、当然俺は一人慌てふためいていたのだった。

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