38 兵器だろうと普通の子


「やべえ、ここどこだ……」



 俺は今とてもよろしくない状況にあった。


 夕食前におトイレを済ませておこうと部屋を出たのはいいものの、トイレが見つからなかったどころか、自分が今どこにいるかも分からなくなってしまったのである。


 てか、この城防衛のためか知らないけど入り組みすぎだろ……。


 幸い、リミットブレイクまではまだ幾ばくかの余裕もあるので、今すぐどうこうなる問題ではないのだが、早いうちに解消しておくに越したことはない。


 こんなことならザナにトイレの場所を聞いておくんだった……、と後悔しつつ、俺は廊下を進んでいく。


 あきらかにこの階段を降りた記憶はないのだが、まあ誰か兵士にでも会えれば道を聞けるからな。


 前向きに行こうと頷き、俺はひたすらに歩き続ける。


 すると。



「――やっぱり六号はダメか。体組織の崩壊が始まってやがる」



「うん?」



 どこからともなく男性の声が聞こえ、俺は扉の隙間から室内を窺う。


 そこでは寝台に寝かされたザナのホムンクルスらしき少女が、何やら処置を受けている最中だった。



「あ……う……」



 ――ピー。



「ほら、呼吸も止まっちまった。こりゃ〝廃棄〟だな」



 だが容態は思わしくないらしく、男性たちは処置を諦めたようだった。



「さーて、一段落したことだし、とりあえず飯でも食ってくるか」



「そうだな。ついでに死体を取りに来てもらうよう頼んでおかねえと」



「やべっ!?」



 たぶんあまり見てはいけないものだったと思われるので、俺は慌てて天井に張りつく。



「……ふう」



 咄嗟の判断ではあったものの、意外と上手くいくものである。


 男性たちは俺に気づかないまま、廊下の奥へと消えていった。


 なので俺は申し訳ないと思いつつも、部屋に入り、少女を見やる。


 確かに顔は青白く、まったく生気を感じなかった。


 人造生命体とは言うが、見た目は普通の少女とまるで変わらないし、それに――。



「まだ温かい……」



 ほんのり温もりの残る頬に触れ、俺は思う。



 この子は――このまま死なせるべきではない気がする、と。



 だから俺は彼女に使った。



「――〝完全蘇生〟」



 トゥルボーさまから賜った〝死〟を排斥する力を。



「……うぅ」



 すると、淡い光が彼女を包み、やがて少女は薄らと瞳を開けた。



「……あなたは、誰ですか?」



「あ、えっと、俺はイグザ。旅の冒険者だよ」



「冒険者……? 何故冒険者のあなたがここにいるのですか? それに私は廃棄されかけていたはずなのに……」



 自分の身体を見下ろし、不思議そうな顔をする少女に俺は言う。



「あー、信じられないかもしれないけど、君の身体は俺が治したんだ。だからもう大丈夫だよ」



「そうでしたか。ありがとうございました」



 ぺこり、と無表情ながらもきちんと頭を下げてくれる少女に、俺はやっぱり普通の子と変わらないなぁと微笑ましい気持ちになる。



「何を笑っているのですか? 私の顔に何かついていますか?」



「いや、なんかこう言ったら語弊があるかもだけど、普通の女の子みたいだなって」



「普通、というのが何を指すのかは分かりませんが、私たちは弓の聖女ザナをベースに作られています。生殖能力はありませんが、それ以外の身体機能は彼女の少女期とほぼ同等です。ただし彼女よりも成長が早い分、寿命も短く設定されています」



「そっか。でもご飯を食べたりはするんだろ?」



「はい。栄養の調整された合成食を摂取します」



「合成食……。それ美味しいの?」



「分かりません。ただ身体の維持に必要な栄養素は十分に摂取出来ます」



 絶対美味しくなさそう……。


 たぶんこの子たちはまともな食事を摂ったことも、皆で遊んだりしたこともないんだろうな。


 アルカは兵器かもしれないと言ってたけど、存外的を射ているのかもしれない。


 さっきの人たちも死んだら死んだらで仕方ない的な感じだったし。



「あ、そうだ」



 そこであることを思い出した俺は、腰のポーチを漁る。


 そして取り出したのは、糖分たっぷりの菓子棒だった。


 不死身ではあるものの、以前からの癖で万が一のことがあった時のためにいつも持ち歩いていたのだ。



「はい、どうぞ」



「これは……?」



 驚いたような顔をする少女に、俺は親指を立てて言う。



「きっと美味しいから食べてごらん」



「では……」



 かぷっ、と少女が菓子棒にかじりつく。



「――っ!?」



 その瞬間、少女の瞳が大きく開いた。



「……とても甘い、です」



「だろ? またあげるから全部食べていいよ」



「……はい」



 はむはむ、と少女が菓子棒に夢中になる。



「?」



 そんな彼女が実に愛らしくて、思わず頭を撫でてあげたのだが、彼女は不思議そうな顔をしていた。


 たぶんこういうことをされたこともなかったのだろう。


 瞳をぱちくりさせている。


 うーん、小動物みたいで実に可愛らしい子だなぁと癒やされていた俺だったのだが、



「――はうっ!?」



「?」



 その時、突如下腹部に衝撃が走る。


 そう、すっかり忘れていたが、今まさに俺の膀胱はブレイク寸前だったのだ。


 なので俺は唯一の希望である少女に尋ねる。



「あ、あの、もしよかったらおトイレの場所を教えてもらえないかな……? 出来れば迅速に……」



「はい、分かりました。こちらにどうぞ」



「あ、ありがとぉ~……」



 真っ青な顔で内股になりながらも、俺は彼女に精一杯の笑みを見せながらお礼を言ったのだった。

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