ずっと あなたを愛していた

白鳥かおる

第1話 過去からの手紙




 春日理子かすがりこの配達日指定郵便が届いたのは、通夜当日だった。

(この日を予感していたのだろうか…)

 西岡慎司にしおかしんじは自分に宛てた理子の手紙を手に取りながら、すぐには開封する気になれなかった。

 九時を過ぎ、焼香する人も絶えていた。

 祭壇の間にともされた蝋燭ろうそくの火だけが、時折揺らいで見せる。

 あたかもそれは、目に見えない何者かが、永遠とわの眠りに就いた棺の主を弔っているかのようだった。

 慎司は静かに眠る理子の顔を覗き込んだ。

 理子の左頬に残る微かな手術痕は、死に化粧もあって、ほとんど分からなかった。

 薬指のオパールの指輪がはかない輝きを放っていた。

 語る事はもう出来ない。

 それでも待合室と祭壇の往復を、慎司は繰り返していた。


「お姉ちゃん、きれいよね」

 理子の妹の沙織さおりが慎司の左肩でそう呟いた。

「眠っているみたい」

「ああ」

 慎司は蚊の鳴くような小さな声で答えた。

「死んだ気がしないのよ、お姉ちゃん」

「分かるよ。沙織と理子は仲が良かったから」

「違うの。そう言うことじゃないの」

 沙織の言葉のニュアンスが変わった。

「また、生き返るんじゃないかって、思えてくるのよ」

「また、生き返る?」

 慎司は沙織の顔を覗き込んだ。

「どういうこと?」

「お姉ちゃんね、一度死んだの」

「え?」

「六歳の時、インフルエンザで死んだのよ」

 沙織が何を話そうとしているのか慎司には掴めなかった。

 慎司は沙織を見つめた。

「わたしはまだ四歳だったけど、あの日のことはっきり覚えているわ」

 沙織は祭壇を見上げた。

「あの時もこんな風にお葬式の祭壇が組まれていたわ。多分通夜の席だったと思う。お坊さんがお経を読んでいる時に、お姉ちゃんは、突然身を起こして、棺の中から出てきたのよ」

「それでどうなったんだ?」

「棺から出てくるなり、お姉ちゃんは家の中を走り回っていたわ。わたしは誰? とか、ここは何処? とか言って……。それに驚いた弔問客は、もうパニックよ。お坊さんは腰抜かすし」

 こんな話、理子の話題でなければ一蹴いっしゅうして終わりにしただろう。

「それから、どうなったんだい?」

「病院に連れて行ったみたいよ。わたしは家に残っていたから詳しいことは分からないけど、帰ってきたお姉ちゃんはいつも通りだったわ。ただ……」

「ただ?」

「ほとんど記憶を無くしていたの。自分の名前すら忘れていたわ」

 それが変なの、と沙織は言葉を続けた。

「自分のことを『さやか』って言っていたわ」

「さやか?!」

「なんて言ったのかな? 苗字……。小さい頃の記憶だから曖昧だけど、さやかって名乗ったことだけは、はっきり覚えているわ」

 慎司の頭の中で何かが弾けた。

「それにね…」

 そんな慎司をよそに沙織は話を続けた。

「お姉ちゃんが生き返ったのは、二十年前の今日なの」

「今日!?」

 今日は母・の二十回忌でもあった。

 慎司はすぐ傍で眠る理子の顔を覗き込んだ。

(理子は、まさか…)


 慎司の頭の中を妄想の域を出ない思考が駆け巡った。

 偶然なのか。

(いや、そうは思えない)

 慎司は喪服の内ポケットに仕舞い込んだ、理子の手紙に指を掛けた。

(この中に、きっと真相を解くカギがある)

 慎司は足早に控室へ向かいながら、二十年前のあの日を思い返していた。  


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