2 MX-8472

 なんだコイツは、ふざけているのか、とシノブはウンノをにらむ。

 その嫌忌のまなざしにかまわず、ウンノはドアを開ける。

 そこは、奥行き五十メートルほどの通路になっており、両側には、高さが三メートルはあるシリンダー状の培養槽がならんでいる。培養槽は透明なガラス状で、中はなんらかの液体でみたされ、裸の人間が漂っていた。

 ウンノはシノブを差し招きながら、部屋の中に入っていく。シノブもあとに続く。

 中に入るとわかったが、ここは約五十メートル四方の部屋になっており、通路にみえたのは、培養槽二列ぶんが見えていただけで、実際は、その培養槽通路が、何列にも並んでいたのだった。

 そしてその培養槽のなかには、

「人間……」

 が入れられている。

 男もいる。女もいる。子供もいる――。

 シノブは、ひとつの培養槽に目をとめる。

 ――さっき線路脇で戦った男じゃないか。

「その男は、クラウン。SRシリーズ最強の強化兵パワードソルジャーさ」

 ウンノが誇らしげに話す。

「彼は……、彼らはすべて、クローンだ」

 シノブはウンノを冷たく見つめる。

「彼らはここで作られ、用途によって、様々な調整をほどこされ、出荷される。なかには、失敗作ができることもあるが、そういうのは、薬の臨床実験などに使われる。なので、損失はなし、ワクチン開発に貢献もできて、不良品たちも幸せなことだろう」

 ウンノは、ここにいる者たちを、まるで人間として認識していない口ぶりだった。

「彼らには、通常の脳のほかに、記憶脳という記録用の装置が組み込まれている。これは生体記憶デバイスなんだが、まあ、その辺の解説は今は省略しよう。その装置さえ無事なら、彼らは死んでも、記憶をコピーすることで、なんどでも転生することができる。かく言う僕も、ウンノという男のDNAから作られたクローンだ。と言っても、君に殺された、いや違うな、君とクロスの戦闘に巻き込まれた僕は、普通の人間だったんだよ。記憶脳だけ植え付けてあってね、そこからクローンである僕に記憶を移しかえた。つまり僕はウンノだけど、ウンノではない。でも、DNAから記憶から、すべてはウンノ本人だ。言ってて、わけがわからなくなってくるね。まあ、そんなもんか、くらいに聞いておいてくれ」

 喋りながら、ウンノは奥へと向かって歩いていく。シノブは後を追う。

「さて、君の話だ」

 言ってウンノは、培養槽何個かおきにある、横の通路との連絡路を右へ曲がる。そのまま数列歩く。

「この辺りだったはずだが……、ああ、あったあった」

 言ってウンノは手でシノブをいざなう。

「さあ、ごらん」

 シノブは瞠目した。

 ウンノが見せた培養槽のなかには、シノブそっくりの人間が漂っている。

「君の正式な認識番号は、MX-8472。三年前、モモサキ・ハルコによって作り出された。戦闘力と知能の両方を兼ね備えた、この実験室始まって以来の、最高傑作だ」

 シノブは自分と瓜ふたつの人間がはいっている容器を眼前に見、ウンノの言葉を聞いているうちに、だんだん気分が悪くなってきた。吐き気と息苦しさで呼吸が荒くなる。

「もっとも」とウンノは続ける。「身体機能だけで、知能回路はうまく作動していないようだな。本当なら、IQは百五十はあるはずなんだが」

 といって、ウンノは苦笑する。

「モモサキがなぜ君を連れ出したのかは、わからない。本人は、まあたぶん、消されただろう。社の機密にふれるとどうなるか、君も充分体験しただろう?」

 息苦しさが加速し、めまいがし、シノブはすぐにもしゃがみこんでしまいたい衝動をおさえた。

 ウンノは話す。

「君が傑作といっても、三年前の話だ。今では他の戦闘用クローンたちもアップデートを重ね、君の能力を超える性能を獲得している。特にSRシリーズと呼ばれる特殊クローンたちは、本来君などは足元にもおよばないはずの、傑作たちだ。それを、君はなぜかすべて撃退してしまった。ありえない。君なんぞは、とっくに凌駕している強化兵たちだったのに、なぜ君は勝つことができた。ただの実験体風情に」

「黙れ。そんなものは嘘だ。嘘っぱちだ。でっちあげだ」

「嘘じゃないし、でっちあげでもない」

「私は、ただの人間だ」

「だったら、なぜ、戦闘のプロフェッショナルたちを、次々に葬ることができた。思い返してみろ、他にも身に覚えがあるだろう。触ったことのないはずの武器や道具をなぜかあつかえたり、自分でも驚くほどの運動性能をとつぜん発揮できたり、異常な腕力を持っていたり。記憶もそうだ。君の心のなかには、過去の思い出が多少はあるだろう。それは、モモサキ・ハルコの記憶のコピーだ。モモサキが社には内密に、勝手にコピーしたものだ。うまくコピーしきれていないようだからずいぶん断片的だろう。性格はどうだ。かつては人の言うことを従順にきいていたのに、ある時突然、自我に目覚め、反抗的になっただろう。それらはすべてクローンの特徴だ」

 シノブの息がさらに荒くなる。すべて体験した事実だった。ウンノはそれを的確に、たなごころを指すように言い当てた。

 シノブは、よろけて、自分の分身のような生き物がはいった培養槽に、すがりつくような気持ちで背をもたれさせた。立ちくらみしたように、目の前が真っ白になり、耳鳴りが響き、こめかみが痛み、冷や汗が流れ、今にも倒れこんでしまいそうになる。

 ウンノは、シノブの肩をつかむ。

「さあ、君を調べさせろ。君は何かを持っている。モモサキの仕込んだのであろう、僕の知らないなにか特殊な力を。それを全部解析させてもらうぞ」

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