針一筋

きょうじゅ

一ノ巻

 迅雷の如くに彼の針は走った。その指先から放たれるのは、畳針ほどもある、長く太い針だ。は真っ直ぐに、津波黒ツバメの片羽根を打ちいた。

 それを、彼は、焚火で炙る。喰らう。豪傑ではない。むしろ、ひょろりと痩せて、腕が長かった。容貌は、魁偉である。名は、玄達。

 玄達は山にいる。津波黒を喰らいながら、待っている。あの男を。この戦国の世に、最強の名をほしいままにする大大名、武田徳栄軒信玄がやってくるのを。

や、来や、徳栄軒。玄達は待つぞ。貴様を待つぞ。わしの針を、貴様の喉笛に突き立てるまではなあ」

 男は、忍びであった。そして、尋常の忍びではなかった。 天与の資、天賦の才において言うなら、この男を越える忍びは、世に二人といない。一体ほかの誰が、ただの針の一打ちで、一発千中、津波黒を落とし得るであろうか。

 玄達は弓を用いぬ。刀の術理は知らぬ。棒剣や手裏剣は用いたが、それでもなお、針を好んだ。

 故に人は、彼をこう呼んだ。“針打ち”玄達。

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