第15話『邂逅する異邦人』

「えぇと……確かエリミネーターさんの住んでる路地裏は……」


駆逐官たちの狩り場を抜けて数分、俺とスティルシアは荒廃した街を二人で歩いていた。

モンスターはまだ多く闊歩かっぽしている。しかし前ほどの数も絶望感も無かった。


駆逐官制度によって対モンスター戦力が潤沢になったお陰だろう。

それにこの街にはエリミネーターが居る。スティルシアの言っていた『エルフの近くには異界の存在が来やすい』というのが良い方向に働いた。


テレビによれば、現在も厳しい状況が続いている他の人口密集地に比べて異様なまでにモンスターが少ないそうだ。

これで少ないとか他の都市がどれだけ地獄なのか想像したくないな……


「私と同じ世界から来た騎士に会いに行くんだっけ? あの教科書みたいな魔術使う人」


「ああ、俺を助けてくれた人だから失礼な事とか言うなよ」


『ふーん……』と言いながら何故かむすっとするスティルシアを尻目に歩き続け、俺はエリミネーターの路地裏の近くまでたどり着いた。


モンスターに破壊されて街並みはかなり変化しているが、この一帯は比較的無事だった。エリミネーターが拠点にしているからだろう。

俺は、狭い路地に足を踏み入れようとしてーー


「お、坊主か。スマートフォンを取りに来たんだな。オレも友人もポケベル派だから邪魔で困ってたんだ」


「え……?」


背後から聞こえた声に振り向く。

そこに立っていたのは、灰のような色合いの髪を狼の尾みたいに後ろで束ねた長身の青年。180はあるだろう。


薄汚れた作業服に身を包み、空き缶がたくさん入ったビニール袋を持っている。

ボロい格好だが、本人の精悍な顔立ちのせいでそれも一種の野性的な魅力に繋がっていた。


エリミネーター、か……?

予想外に若くて驚いている。もっと禿げ散らかしたおっさんとかかと思ってた。


「よ……鎧は?」


「今は仕事中だからな!」


「えぇ……?」


エリミネーターはほくほく顔で空き缶の詰まったビニール袋を見せ付けてくる。


仕事って……あぁ、空き缶拾いか。ホームレスはそういう事で収入を得ていると何かの番組で聞いた事がある。

『いや強いんだからモンスター狩れよ』というツッコミは何だか言ったら負けな気がして言えなかった。


と言うか……戸籍が無いから駆逐官になれないのかもしれない。

俺がそんな思考を巡らせていると、スティルシアが横から肩を揺すってきた。

エリミネーターを指差して目をきらっきらさせている。


「ねぇ凄いよ! 本物のホームレスだよ! この世界にも実在するんだね!?」


「お前はお前でデリカシー無いな……」


「おい坊主、なんだこの失礼極まり無いちんちくりんは」


「私はれっきとした大人の女性だよ!」


「うちの千歳児がすみません……いやほんとに」


『千歳児……?』とエリミネーターは不思議そうにスティルシアに詰め寄り、腰を曲げてフードの中にある顔を覗き込んだ。


そして、驚愕に表情を歪める。

この世界でエルフを見るとは思わなかったんだろう。

一体どんな反応をするのかーー


「"精霊王"……!?」


ーーエリミネーターが、掠れた声でそう呟いた。

切れ長の目が大きく見開かれ、灰の瞳孔が小さくなる。

精霊王……? なんだその芳ばしいワードは。まさかスティルシアの事か?


エリミネーターから発せられるただならぬ雰囲気。

しかし、当の本人はキョトンとして首をかしげている。


「せいれいおうってなにさっ!」


「完全に奴と瓜二つだ……いやしかし、まるで雰囲気が違う……アレはここまで人間に傾倒していない……」


「ねぇ!」


顔の半分を手で覆い隠し、エリミネーターはぶつぶつと独り言を呟く。


「何が、どうなって……」


「はっきり言いなよホームレス!」


「別人か……? だが奴には血族が居なかったはずだ……」


「ポニーテールおじさん!」


「エリミネーターさんが折角シリアスやろうとしてるんだから静かにしとけお前!」


あまりに話の腰を折り続けるスティルシアを見かねて、俺はそう言った。


エリミネーターが明らかに重要そうな話してるのに雰囲気ブチ壊しだ。こういうのってしっかり聞いておかないとまずいヤツだろ。

昔のRPGとかだと会話スキップしたせいで先のイベントが詰むみたいなアレ。


「……いや、問題ない。オレの勘違いだ。性格があまりに違いすぎる。奴はこんなに幼稚じゃない」


そう呟き、エリミネーターはひらひら手を振りながら背を向けて路地裏へ入っていった。

『勝ったよ!』みたいな誇らしげな顔でこちらを見てくるスティルシアを睨む。


……って、スティルシアがエルフな事には触れないのか? 自分の世界と同じ存在を見つけたら、普通もっと反応すると思うが。


「あの、精霊王とかは良く分かんないんですけど、こいつ多分エリミネーターさんと同じ世界から……」


「そうだな」


「び、びっくりしたりしないんですか?」


「……? 何を勘違いしてるのか知らないが、この世界でも特段とくだん珍しい存在ではないぞ。異界の住人というのは」


「え……?」


なんとなしに放たれたエリミネーターの言葉に、俺は衝撃を感じると同時に困惑する。

異世界の住人がそこまで珍しくない……? スティルシアみたいなのが、いっぱい居るって事か?


「オレの世界では昔から、手に負えない咎人とがびとや処理できない呪いの品などを異界へ捨てるというのがありふれた手段としてあったからな。通算すれば軽く四ケタは居るんじゃないか?」


異世界の人間が、四桁……つまり最低でも千人以上はいるって事か。気が遠くなる。


生まれた時から日常的に魔核を取り込める環境にある異世界人は、恐らく全員が地球人とは隔絶した力を持ってるはずだ。


その中でも『手に負えない』と言われるバケモノたちがそんなに潜伏してるなんて。


……世界から追放されるような罪人である以上、全員が地球のためにモンスターと戦ってくれるわけでもないだろうし。


一応スティルシアに目伏せして確認すると、気まずそうな顔で『そ、そうだったね……! いや忘れてないよ!?』と訴えてきた。


……帰ったら、婆ちゃんが使ってた物忘れトレーニングの本探すか。


「着いたぞ。そこに座って待っていろ」


エリミネーターに言われるまま、俺は地面に敷かれたダンボールの上に座った。


横には鎧や大剣、その他いくつかの武装が置かれている。

やっぱりカッコいいな……鎧に大剣とかいうロマン装備。男心がくすぐられる。


「おーうい、エリさん、酒持ってきたどー!」


「おお……ヤスさんか」


ガチャガチャと箱を漁っているエリミネーターを尻目に武器を見ていると、背後から気の抜けた男の声が聞こえてきた。


声の方を見れば、そこに立っていたのは壮年の男。

ひげで毛むくじゃらの顔に野球帽を被り、ボロボロのジャンパーを着ている。

右手に握られた一升瓶の中には酒らしき透明な液体が揺れていた。


エリミネーターの知り合いか……? 前に言っていた『ホームレス仲間』かもしれない。


「紹介しよう。この人はヤスさん。この大都会をサバイバルで十年以上生き抜く猛者であり、オレの恩人でもある」


「いや、普通にホームレス……」


「サバイバルマスターと呼べ」


ずいっ、と有無を言わさぬ圧迫感に恐怖を覚えてコクコク頷く。

『ヤスさん』はその時初めて俺達の存在に気が付いたのか、驚いた顔になる。


「おぉう、珍しいお客だなぁ……エリさんの知り合いか?」


「もじゃもじゃで熊みたいなおじさんだね」


別嬪べっぴんな嬢ちゃんも居るなぁ……」


「ダンディーでカッコいいおじ様だね!」


「手のひらクルックルじゃねぇかお前」


その後、俺はエリミネーターからスマホを受け取ってリュックにしまい込んだ。

よし……目的も果たしたし、家に帰るかーーと、路地裏の外へ足を向けかけて、立ち止まる。


とある事を思い付いたからだ。折角エリミネーターの所に来たんだから、"術式装填"を教えて貰いたい。


これから来るであろう上位のモンスターに対抗するためには、『アイオライト』以外も使えた方が良いからだ。



「あの、エリミネーターさん。お願いがあるんですけど」


「なんだ、言ってみろ」


「俺にあなたの"術式装填"を教えて欲しいんです」


「ほお……構わんが、一朝一夕で扱えるようになる技でもないぞ。まあやってみろ。筋が良ければ弟子にしてやらん事も無い」


俺の言葉にエリミネーターは数秒の間考える素振りを見せてから、脇に置いてあった銀色の短い槍を投げ渡して来た。


「っ、と」


咄嗟にキャッチし、困惑しながら見返すと『それに魔力を流してみろ』と言われる。


「……術式装填」


目をつむり、槍へ架空の血管を伸ばすイメージをする。

魔力の伝導に槍がキチキチと震え、それを見ていたエリミネーターが息を呑んだ。


「"アイオライト"……!」


空色の光筋が葉脈の如く銀槍を走り、槍の震えが止まる。

深く息を吐きながらエリミネーターへ目をやれば、無言で槍に触れてきた。


「誰から習った? オレの技にそっくりだが」


「いや、前あなたが使ってたのを真似して……」


俺がそう言うとエリミネーターは、驚きと悲しみと怒りをごちゃ混ぜにしたような変な表情になった後に、がっくり肩を落とした。


「……見よう見まねで使えるような技術では無いんだがな。どこの世界にも、化け物染みた才能人は居るという事か」


複雑そうな表情で灰色の髪を掻き、エリミネーターは言う。


前にスティルシアも言ってた通り、俺にはかなり魔術の才能があるらしい。運動も勉強も人並みなのに。

モンスターが来なければ一生わからなかった才能だ……いや、死ぬまで分からない方が良かったが。


「はぁ……やってられんな。オレがここまで何年かかったと思って……まあ約束は約束だ。教えてやる」


「エリさーん、酒は飲まんのか?」


「一緒に飲みたいから待っててくれヤスさん。……じゃあ、すぐ使えるのをパパっと見せてやるから適当に真似しろ。出来るんだろオレと違って才能あるんだから……」


ちょっぴりふてくされた感じで、エリミネーターは武器に魔力を流し始めた。

色とりどりの葉脈が鉄を駆け巡り煌めく。

俺は、それに焦ってメモ帳を取り出した。





「そんなの使えたって上級モンスターには手も足も出ないのに良くやるよね……君も、あいつも」


「いざっていう時、手札が多いに越した事は無いだろ。目眩ましぐらいにはなる」


夕焼けに染まった田舎道、街から帰ってきた俺はメモとにらめっこしながら家路を歩いていた。


……今日エリミネーターに見せてもらった"術式装填"は三種類。

暴風を巻き起こす『プレーナイト』

地面を隆起させる『オーロベルディ』

紫煙を撒き散らし視界を奪う『ラピスラズリ』だ


しかし三つとも、流石にまだ実践では使えそうにない。

家に帰ったら練習しなければ。


「はぁー! やっと帰ってきたね! 歩きすぎて足がパンパンだよ……」


「疲れたからっていつもみたいにソファ独占すんなよ」


「えぇ!? エルフは運動した後そふぁに寝っ転がりながらテレビを見てコーラとポテチを摂取しなきゃ死んじゃう生き物なんだよ!?」


「どんだけピーキーな生態してんだお前」

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