第506話 これは違うな



狼っぽいと言えなくもないけど言いたくはない姿をしているボスの正面に立ち、様子見の様な攻防を繰り広げていたのだが......徐々に加速していく俺の動きに付いてくることが出来なくなったらしいボスは防戦一方になっていった。

でもなんとなくまだ相手に余裕のようなものが感じられる気がするのが気持ち悪い......。

そんな予感が拭えない俺はあまり踏み込まず、牽制を続けているのだが......徐に相手が横向きに移動した!

しかし、その動きは予想通り......いや、足の関節が変な方向に曲がったりしたのは予想外だったけど......最初の時は反対側の側面にいたから気づかなかったな。

まぁ、変則的な動きではあるけど、追いつけない速度ではない。

逃げていくボスに飛び掛かるように一気に追いつくと、俺を迎撃するようにボスが前足を薙ぐように払う。

やはりこいつの関節の可動域はちょっとおかしいようだな。

このタイミングでの迎撃は予想出来ていたので飛び込んだ勢いを緩めず、攻撃を仕掛けてきた前足を逆に斬りつける。

今までの様な牽制気味の攻撃ではなく、力を込めた一撃だ。


「ふっ!」


思わず口から息が漏れたけど......前足を斬りつけた手に驚くほど手ごたえが無い。

しかし、その手ごたえの無さに反して、相手の前足を完全に斬り飛ばすことに成功した!

空を斬ったと言うほどではないけど......水より若干手ごたえがあったかな、って程度の抵抗しか感じなかった。

何となく嫌な感じを覚えた俺は飛び退る。

ボスは追撃してくることはなく俺の事を観察するように見ていたのだが......徐に斬られた腕を振るい、次の瞬間腕が生えてきた。

回復魔法......って感じではないな。

文字通りにゅるって生えてきたのだけど......まぁ、回復魔法で四肢の欠損を治した事は無いからな。

もしかしたらあんな風に生えてくる可能性もある......のか?

個人的にはボスが魔法を使ったとは思いたくないけど......。

そんな風に考えながら相手の様子を窺っていると......俺が斬り飛ばした手が小型のボスと同じ姿の魔物へと変化した。


「えぇ......?」


これは......間違いなく強化魔法は関係ないな。

こいつって斬ったら増えるタイプなのか......?

それともスライムみたいに分裂する感じか?

どちらにせよ、面倒くさい相手ではあるな。

どうしたものかと考えていると小型の魔物が俺に向かって飛び掛かってきた!

速さはかなりのものだけど......ボスより速いってことはなさそうだ。

飛び掛かってくる魔物の攻撃を躱しながらボスの事を観察するが......向こうもこちらをじっと見つめているだけで、襲い掛かってくる素振りは見えない。

少しだけ様子を見たけど、体当たりというか単調な攻撃しか仕掛けてこないし、この小型の魔物からはこれ以上情報は得られそうにないな。

しつこく体当たりを続けてくる魔物を迎え撃つように蹴りを放つと、小型の魔物は水風船のようにあっさりとはじけ飛んだ。

っていうか......なんかドロッとしていて気色悪い。

俺はボスから視線を逸らさないようにしながら、蹴りを放った足を地面に擦り付けていたのだが......初めてボスの方からアクションを見せてきた。

俺を中心に円を描くように動き出したボスは、ゆったりとした足取りで、もし俺が何らかの動きを見せればすぐにでも対応出来る距離と体勢を保っている。

それにしても......こいつ、四足歩行の形をとっているけど......先程斬りつけた時の手ごたえの無さといい、即時生えてきた足といい......斬った足が小型の魔物になったことと言い......スライムみたいな不定形なタイプなのではないだろうか?

もしそうだとすると......あの顔とかは偽装に過ぎず、死角は存在しないかもしれないな。

マナスがそうだし......。

変な関節の動きをしていたのもそれで説明出来る気がするし......間違っていない気がする。

しかし......どうしようかな。

様子見をするなら遠距離攻撃もいいのだけど......いや、もう少し近接で様子を見たいな。

俺は警戒するようにこちらと距離を取っている魔物に向けて駆け出したのだが、今回は相手も接近されるのを待たずに俺に向かって飛び出してきた。

少し予想外ではあったけど、飛び掛かって来た相手を避けて側面に回り込み斬りつけるが、最初の攻防と同じように避けられてしまう。

やはり死角が存在しないのだろうか?

先程の予想を確かめるためにさらに追撃を仕掛け相手の動きを確かめようとした所、突然相手の腹部の辺りから足が一本生えて俺に向かって爪を薙いできた!


「うぉ!?」


若干悲鳴のような物を上げつつ、突然生えた足の一撃を躱した俺は、相手の後ろ足を斬りつけつつ背面へと回ろうとする。

しかし、流石に後ろには回らせてもらえず、身体を捻ったボスが俺を正面にとらえ今度は前足を振り下ろしてきた。

後ろ足への一撃は浅かったようで、足を斬り飛ばすには至っていない。

前足と同じく殆ど手ごたえを感じなかったが......それよりも変な位置に突然生えた足が問題だ。

やはり体の形を自由に変化させられると見て間違いないだろう。

まさか、見えない様に腕を折りたたんでいたとも思えないしね。

自在に足を生やしたりすることが出来るのか?

そうなってくると中々厄介な相手だ。

今の所相手は四足歩行......いや今は五足か?

まぁ、とりあえずそういう獣のような姿をしているけど、突然足を増やしたり出来る以上これはただの仮初の姿ということだろう。

目に見えている攻撃手段だけが全てではない......マナスの様に変則的な動きをしてくると考える方がいい。

しかし......そうなってくるとこのまま近接戦闘をするのは悪手か?

今は殆ど体を変化させることなく攻撃を仕掛けて来ているけど、相手の死角を狙って攻撃を仕掛けるスタイルの俺の戦い方とかなり相性が悪い相手だ。

死角を取ったと思っても実際は死角ではなく、その上身体の形を変化させられるなら、隙らしい隙なんてほぼ無いだろう。

マナスとの鬼ごっこのお陰でその事は重々理解している。

それと......気がかりなことがもう一つある。

先程蹴りで弾けさせた小型の魔物だ。

もしあれが一匹の魔物として生み出されたのであれば......蹴りを受けてはじけ飛んだ時に魔力の霧に還ってもいい筈だ。

しかし、実際には体を弾けさせてヘドロ状のものが飛び散っただけ......。

身体の原型を無くして死んでいない魔物は今までみたことないけど......恐らくあれは生み出された魔物ではなく、変形させた体の一部というだけではないだろうか?

飛び散ったヘドロが魔力の霧に還っていないことから......まだ飛び散った体を変化させることも可能なんじゃないか?

そう考えるとあの地面に飛び散っているヘドロは間違いなく罠だろう......弾けさせたのは失敗だったか?

靴の裏に付いたヘドロは拭ったつもりだけど......完全には落ちていない筈。

あぁ、本当に面倒な相手だな。

前足による攻撃、そして噛みつきを交えだしたボスの攻撃を捌きながら思考を続ける。

相手の攻撃に合わせて何度か斬りつけて入るものの、毎度毎度手ごたえが無く......そもそも傷が残っていない。

......ちょっとこいつを倒せるか不安になって来たな。

首を落としても平然としていそうだし......。

相手の体の大きさを考えると、俺の武器で細切れには出来ないしな......っていうか、前足を切り落としたのにそれが小型の魔物となって襲い掛かってきたことを考えると、細切れにしても生きていそうだ。

何か......弱点の様なものはないのだろうか?

段々と激しさを増していく相手の攻撃を捌きながら俺は次の手をどうするか悩んだ。


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