第498話 魔王といふお仕事



「お久しぶりですね。ケイ殿。」


「御無沙汰しています、ルーシエルさん。」


俺が挨拶をすると対面に座っているルーシエルさんが微笑む。

今俺は魔王城のルーシエルさんの所に来ている。

隣にナレアさんは......いない。

今回は終息宣言後も忙しかったらしいルーシエルさんの時間が空いたので、是非この機会に話がしたいという事で城にお呼ばれしたのだ。

......超緊張する。


「私の都合に合わせて頂き本当に申し訳ない。例の件が終息して色々と滞っていた物が動き出し、ここ暫くは書類漬けの日々でしたよ。」


「お疲れ様です。今回の件は僕も無関係とは言えないので......申し訳ないです。」


「あぁ、いえ......申し訳ない。そういうつもりではありません......母から聞いたのですが、ケイ殿達はこれから未発見のダンジョン攻略に行くのだとか?」


「えぇ。ちょっと因縁のあるダンジョンなので。」


「ははっ!未発見のダンジョンに因縁ですか。」


「まぁ......ダンジョンを拠点にしていた者達との因縁って感じですね。ちょっと気に入らないので潰そうかと。」


「ははっ!ケイ殿は想像していたよりも苛烈な方のようですね!流石に二人でダンジョン攻略を成し遂げる方は穏やかなだけではないという事ですな。」


「あはは、恐縮です。」


苛烈......まぁ、そんな風に言われるようなことでは無いと思うけど、気に入らないからダンジョンを潰すって普通無いか。

そもそもそう簡単に潰せるようなものじゃないしな。


「しかし、母から聞いておりますがそのダンジョン、相当危険なものだとか......。」


ルーシエルさんの表情が心配そうな物に変わる。

養母とは言え......自分のお母さんが危険な場所に飛び込もうというのだから心配するのは当然か。


「そうですね......ダンジョンの規模は大したこと無さそうですが、危険がないとは言い難いかもしれません。でもナレアさんは大丈夫だと思いますよ。怪我をさせるつもりはありません。」


順調にいけばボスと戦うのは俺だけだし、ボス以外は普通のダンジョンと同じだ。

余程油断しない限りナレアさんが怪我をするような事は無いだろう。


「ありがとうございます。ですが私が心配したのは母ではなくケイ殿のことですよ。」


「僕ですか?」


「えぇ、あの母であれば......多少の危険程度は涼しい顔をして踏破するでしょうし、絶体絶命の危機に瀕しても何かしら対応してしまうでしょう。ですがそれに巻き込まれてしまうケイ殿が不憫で。」


不憫て......。

いや、まぁ、確かにナレアさんであれば、例え魔法が無くてもなんかうまい事やって、多少の危険程度であれば踏み越えて行きそうな雰囲気はあるけど......。


「あはは、まぁ、ナレアさんの無敵具合に関しては概ね同意しますが、僕もダンジョン攻略は三度目ですからね。油断するつもりはありませんが、それなりに対応は出来るつもりですよ。」


「いえ、すみません。けしてケイ殿を侮ったわけでは無いのですが......母は昔からやること成すことが規格外でして......身内としては傍に居られる方々に迷惑をかけていないかと心配で。」


「えっと......大丈夫ですよ?ナレアさんに振り回されるようなことは......そう言えば、出会った当初の頃は結構あったような気はしますが、最近は特にそんな事は無いですね。寧ろずっとお世話をしてもらっているような気がします。」


「ほう、そうでしたか。てっきり我儘ばかり言ってケイ殿達を振り回しているとばかり......やはり母上と言えど人。好いた殿方の前では猫を被っているようですな。」


はっはっはと身も蓋も無い事を言いながら朗らかにルーシエルさんが笑うけど......流石に返事に困るな。


「まぁ、取り繕うのは昔から上手でしたからな。特に在位されていた時は......本当に厳格な方でしたし、臣や民からの人望も素晴らしいものがありました。かくいう私も神聖視すらしていたと言えます。」


「へぇ......そんな感じだったのですね。」


「えぇ、自らに厳しく、いつ休んでいるのかと常々心配しておりました。母の政策は他国との融和を図るモノでしたが、方針を発表した当時は自国の技術を他国に提供するなどありえないと批判されていました。」


「それは......確かにそうですよね。」


俺も最初その話を聞いた時は凄い事をするもんだと思った。

治水技術に魔術......明らかにどちらも物凄いアドバンテージだ。

他国を制するという考えの元では、どちらも絶対に流出させてはいけない技術だろう。

それを留学生を招き入れて学ばせ、他国に赴いて施工だけではなく技術指導も行ったと言うからな。


「技術を流出させるだけで何の得も無い、他国に力を着けさせるだけの全く意味のない政策だと言われていました。短期的に見れば、国力の低下こそせずとも他国が伸びていきますからね、危機感を覚えるなと言う方が無理というものです。実際母上を排斥しようとする動きも当時はあったと聞きます。」


......中々危ない橋を渡っていたみたいだな。

まぁ、ある意味ナレアさんらしい気もするけど。


「しかし、そんな上層部の危機感とは裏腹に、停滞気味だった国内の経済や技術力が少しづつ上向きになっていったのです。母上を排斥しようとした勢力は焦りに焦ったそうですよ?何せ時間が経てば経つほど国が富んで行くわけですからね。数十年で国内の街並みはがらりと変わりました。今では主要な街道や比較的小さな村でさえ、魔道具による街灯が立つようになりましたね。」


一気に経済成長したということだろうか?


「恐らく母は自国内だけでの経済や技術の発展に限界を感じていたのだと思います。他国をただ敵とみなすのではなく、競争相手として切磋琢磨していく。それこそが時代を先へと進める力となると考えたのですね。」


穏やかな顔で昔のナレアさんの功績を語るルーシエルさんには敬愛、尊敬の念が感じられる。


「魔道国は当時も大陸で最も発展した国ではありました。しかし母が魔王となって以降の発展ぶりはそれまでとは一線を画すものです。大国であるという自負、それ自体は大事な物だと思いますが慢心になってはいけないという戒めと共に、母は協調政策を推し進めたのでしょう。」


土地や資源を奪う戦いから技術開発競争という今までとは違った戦いに変化させたという事だろう。

魔道国が大国で、領地も資源も人材も揃っているからこそ辿り着いた考え方なのかもしれないけど......この世界の文明度からすると思想が先を行きすぎている感じだな。


「そんな大規模な改革を行った母は滅私奉公、我欲を見せない魔王でありながらも人らしい温かみがあり、即位当初は反対勢力であった者たちでさえ次第に心酔するに至りました。しかしその事を母はあまり良く思わなかったらしいですね。」


「どうしてですか?嫌っていた相手にすら慕われるようになるって相当なことだと思いますけど。」


「そうですね、当時は私もそう思いました。仲良くできるならいい事じゃないかと。ですが自分が魔王になった時に思いしりましたよ。意見に反対してくれる人物がいることのありがたさに。」


「......正しい議論ってことですか。」


「えぇ、勿論反対勢力の中には感情のままにただ相手が嫌いだからという理由で全てに反対する者もいますが......やはり反対意見が出なければ議論になりませんからね。互いの主張を言い合う事でより良い案が浮かぶことは多々あることです。自分一人ではこの先の魔道国を切り開いてはいけない、そう感じたからこそ母は退位されたのかもしれません。」


少しだけ寂し気にルーシエルさんは言ったが......次の瞬間表情を苦渋に満ちたものに変える。


「しかし......退位した後の母は......それはもう、酷い物でした。」


話の風向きが変わりましたよ?ナレアさん?


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