第429話 油断するべからず
ダンジョン攻略開始初日、俺達は他の冒険者とは離れダンジョンの奥へと足を進めていた。
「ダンジョンの中が微妙に明るいって言うのは本当だったっスね。」
「そうですね。洞窟系のダンジョンであっても薄暗いって程度ですよ。」
「不思議な場所っス。」
俺は隣を歩くクルストさんと軽く会話をする。
先日のギルド長との話通り、俺達はボスへのルートを極力掃除しておくと言う仕事を遂行している。
森の浅い部分では他の冒険者の方々がダンジョンの雰囲気に慣れる為に探索しながら戦っているので、ある程度奥まで進んでから戦闘をする予定だ。
既に何匹か遠目に魔物を確認しているのだけどこちらからは攻撃を仕掛けていない。
シャルによる周囲警戒もあるので魔物の奇襲については心配していないけど、他の冒険者の方々はかなりキツそうな環境だ。
木々によって視界が悪いだけじゃなく、足元の小さな茂みにも魔物が潜んでいる可能性はある。
当然木の上も警戒しないといけないし、障害物が多いので大型の武器は使いにくい。
レギさんも普段使っている斧ではなく予備の槍を手に持っている。
「それにしても静かなもんっスね。普通森の中って言ったら、虫の音やら鳥の鳴き声やらがそこかしこから聞こえてくるもんっスけど......。」
「まぁ、ここに居るのは殆ど魔物だからな。虫は分からねぇが、普通の鳥は近寄らねぇだろ。」
「食料が現地調達出来ないのはきついっスねー。せめて霧にならずに肉を残してくれればダンジョン攻略もやり易いっスけど......。」
ダンジョンの魔物は外の魔物と違って死んだら魔力の霧になるから、素材どころか血の一滴も残さない......。
ダンジョン攻略は時間がかかるみたいだし、食料の調達は結構お金がかかるのだろう。
今回の場合は俺達をここまで送り届けた馬車を使い、最寄りの街から食料を運んでくるらしいけど......。
そう言えば安全地帯ってどうなっているのだろうか?
「レギさん。洞窟系のダンジョンには安全地帯......レストポイントがありましたが......森にもあるのですよね?」
「一応あるぞ。洞窟の物と変わらず魔物があまり足を踏み入れてこない。ただ、洞窟よりも外から見えやすいからな......安全地帯と言うには、少し物騒だな。」
俺の疑問にレギさんが答えてくれた。
レギさんは一年程前までダンジョンに行くことが出来なかったにも拘らず、大事な情報はしっかりと知っているのだなぁと自分で聞いておきながら感心する。
「レストポイントっスか。この方面からボスの場所に行くまでに二カ所あるみたいっスね。」
クルストさんが地図を見ることもなく言ってくる。
しっかりと予習をしているみたいだ......クルストさんもこういう所は流石だな。
っていうか俺が全然下調べしていない事がバレる......。
「外周に近い方のレストポイントを越えてから積極的に魔物を狩る。後続の連中が最初のレストポイントまで掃除するって話だからな。」
「もうすぐ一つ目のレストポイントっスね。」
「森の中でもそんな正確に場所が分かるのですか?」
俺だったら地図を見ていてもどこにいるか分からない自信があるけど......。
「任せるっスよ!こういうのは得意っス!」
何故か俺達の後方を歩くリィリさんとナレアさんの方を見ながらアピールするクルストさん。
「頼りになりますねー、凄いですねー、流石ですねー。」
「いや、ちょ、なんでケイ邪魔するっスか。」
「いや、話している途中で明後日の方向を向いたのでどうしたのかと思って。」
「......。」
「......。」
そのままクルストさんと見つめ合うこと数秒、後ろにいたナレアさんにチョップを入れられた。
「ここは一応危険地帯じゃぞ?気を抜き過ぎじゃ。」
「す、すみません。」
......いや、なんか笑っていますけど、クルストさんのせいですからね?
そんな思いを込めてクルストさんを睨むと視線を逸らされた。
「......ほんと最近ケイがおっそろしい目をするっス。」
「クルストさんが原因ですね。他の人にそんなこと言われたことありませんし。」
「......何が原因なんスかねぇ。」
ニヤニヤしながら俺に視線を戻すクルストさん。
性別すら違うのにリィリさんを彷彿とさせる顔だ......こういう時の顔は人類皆同じなのだろうか?
まぁ......リィリさんと決定的に違う所は、興味より悪意の方が多い所と......反撃に非常に弱い所だ。
「......あ、そう言えば、言い忘れていましたが......ナレアさんは僕の恋人ですので。」
「っ!?」
何故か後ろにいるナレアさんから先程よりも強めに叩かれた。
その横にいたリィリさんは先程のクルストさんみたいにニヤニヤしているけど......。
「......。」
因みにクルストさんは完全に固まっている。
まぁ、ダンジョンで固まっているのも危険なので服を掴んで引っ張る。
抵抗することなく大人しく着いて来ているけど、完全に魂は抜けてしまったようだ。
まぁ......静かだしいいか。
「そろそろレストポイントだ。そこから先は魔物を探しながら狩っていくからな。」
「了解です。」
俺が返事をすると、流石に後ろの様子がおかしいことに気付いたらしいレギさんが振り返る。
「......クルストはどうしたんだ?」
「よく分からないですけど、何故か放心しているみたいですね。」
「ダンジョンで気を抜きすぎだな。突然魔物に襲われたらどうするつもりだ?」
クルストさんの様子を見たレギさんが呆れたようにため息をつく。
......まぁ、原因は俺ですけど。
レギさんがクルストさんの頭にゴチンと拳骨を落とす。
しかしクルストさんは全く反応せず、虚ろな表情をしたままだ。
結構いい音がしていたけど......そこまで放心出来る内容だろうか?
反応のないクルストさんに、流石のレギさんもギョッとしている。
「あー、僕がしっかり見ておきますのでレギさんは先頭をお願いします。」
「そ、そうか。すまないが、頼む。」
少し気遣わしげではあるけど再び歩き出したレギさんの後についていく。
レストポイント辺りで正気を取り戻してくれるといいけど......。
そんなことを考えている内にレストポイントに辿り着く。
「やっぱりレストポイントは雰囲気が軽いですね。」
荷物を下ろしながら辺りを見渡す。
魔神の魔力ってやっぱり重苦しいというか......中で行動している時はあまり感じなかったけど、レストポイントに到着すると空気が軽く感じる。
「ダンジョンの魔力が薄いからのう。ところでそやつは大丈夫なのかの?」
ナレアさんが半眼になりながらクルストさんを顎で指す。
「えっと......どうでしょう?」
「ケイ君のせいだよねぇ。」
「ケイが何かしたのか?」
リィリさんの言葉にレギさんが反応する。
「い、いや......違いますよ?」
俺は若干目を逸らしながらレギさんに応える。
内心冷や汗だらだらだけど......俺のせいでクルストさんがこうなったと認めるのは避けたい。
「あまりダンジョンで気を抜くなよ?魔物だけが敵じゃない。ダンジョンでは......何が起こるか分からないからな。」
「はい......すみません。」
レギさんが真剣な表情で言う。
そうだ......確かに油断するべきではない。
ダンジョンの怖さは散々聞かされているじゃないか......レギさんの前で......ダンジョンの中で油断するなんて許されることでは......。
俺はそう思いクルストさんの横っ面に張り手を入れる。
それでも反応がないので数発続けざまに入れるとクルストさんが再起動した。
「ぶっ!?ちょ!?やめ!?やめるっス!」
「クルストさん、しっかりしてください。変な顔して呆けている場合じゃないですよ。」
「そんだけ人の頬を張っておきながらなんたる言い様っスか......まぁ、それはこの際いいっス!それよりもさっきの......。」
「クルストさん。それは後にしましょう。クルストさんもアレを見たはずです、ダンジョンでアホな事をして油断をするのは恥ずべき行為です。」
「いや、突然無茶苦茶言うっスね......アレってなんスか?」
頬を赤くしたクルストさんが疑問符を浮かべる。
「ダンジョンで油断するべきではないって話をしているだけですよ。」
俺はクルストさんと目を合わせながら途中でちらりとレギさんの方に視線を飛ばす。
俺の言うアレとは、不屈の英雄の演劇の事だ。
俺の視線の先をちらりと見たクルストさんも理解したようで、真面目な面持ちになる。
「そうっスね。少しはしゃいでいたみたいっス......ここは......レストポイントっスね。ここからは真面目にやるっス。」
俺はクルストさんに頷くとダンジョンの奥へと視線を向ける。
ここから見える範囲に魔物は見えないけど......ちょっと気を引き締めよう。
俺は申し訳なさを覚えつつ気を引き締めた。
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