第312話 誠意



『もう一戦!お手合わせ願いたい!』


気絶から復活した爪牙壱が開口一番再戦を叫んだ。

本当に永久ループしないか不安になってくるけど......まぁここまでの試合、合計して五分も戦っていないだろうし、まだ付き合ってもいいと思う。


「えぇ、構いませんよ。また少し時間を取りますか?」


『ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。』


そう言って爪牙たちは車座になりながら作戦会議を始める。

数分前とは別人......別の狐のようだ。

作戦会議を聞いてしまっては悪いので、俺は後ろに下がってナレアさんと合流する。

まぁ、俺達も次の相談は必要だしね。


「付き合いのいいことじゃな。」


「すみません、勝手に決めてしまって。」


「いや、文句を言っておるわけでは無いのじゃ。」


そう言ってナレアさんはにんまりと笑う。

何やら嬉しそうな感じだが......含みのある笑い方だ。


「まぁ、折角じゃからその内お詫びに何かしてもらうとするかのう。」


「......お手柔らかにお願いします。」


悪戯に成功した子供みたいな笑みに変わったナレアさんだったが、視線を三人の方へと向ける。


「それにしても、随分と雰囲気が変わったのう。」


「そうですね......何か思う所が出来たのだと思いますけど。」


何が切っ掛けかは分からない。

だが真剣な表情で打ち合わせを続ける三人は非常に良い雰囲気に感じられる。

周りで俺達の事を見ている仙狐様の眷属の方々も、若干空気が変わって来たような気がするな。

真面目というか、真剣になってきたのかな?


「まぁ、悪くない雰囲気じゃ。次はどうするのかの?」


「次は......悪手ではありますが、速攻は止めて向こうに魔法を使ってもらおうと思います。」


「なるほどのう、面倒見のいいことじゃ。」


「その方が霧狐さんの言っていた、仙狐様の要望に応えられるかと思いまして。」


今の三人の表情を見るにそこまでやる必要は無いのかもしれないけど、なんとなく霧狐さんはそうして欲しそうだし、三人には悪いけどこのままやらせてもらおうと思う。

まだマナスに幻を消してもらうつもりはないけど、幻を見破るだけでも相当ダメージを与えられるはずだ。


「了解なのじゃ。では攻撃の手を緩め相手の魔法の発動を待つとするかのう。マナス、妾の守りを頼むのじゃ。」


ナレアさんの肩に乗っているマナスの分体が一度弾む。

幻を使って攻撃をするなら前衛も後衛も関係ないかもしれないけど、普通先に倒すのは後衛からだと思う。

まぁ、マナスがいるから前衛も後衛も幻惑魔法への対応は出来るけどね。


「今若干、底意地の悪そうな顔をしたのう。」


「......そうですか?」


「うむ、これから悪戯に引っかかるであろう相手を、隠れた場所から監視している時の顔じゃな。」


「......それはとても楽しそうな顔ですね。」


すっごいワクワクした顔をしていたのだろうな......。

まぁ、幻を消された時に三人の反応を想像すると......中々楽しみではある。

......いやいや、相手にとっては切り札。

仙狐様の加護を授かった者にのみ許された絶対の力だ。

それを打ち破って悪戯成功!みたいな態度は最悪だろう。

もし母さんの魔法を無効化されてそんな態度取られたら......うん、絶対許せないだろうな。


「急に神妙な顔つきになったのう。」


「いえ、流石に不謹慎だったなと思いまして。対抗手段があるとは言え、悪戯気分でやることでは無いなと。」


「......あぁ、確かにそうかもしれぬのう。妾と違って、ケイや眷属達にとって加護や魔法は誇りのようなものじゃろうしな。」


「えぇ、正直自分が馬鹿にされるより頭にくると思います。」


自分が敬愛する者を小馬鹿にされて頭に来ない人はいないだろう。

例えそういう意図が無かったとしても、許しがたいものがある。


「それでは、先程の顔は不謹慎じゃのう......。」


「ですよね......なので魔法は使ってもらう方針は変えませんが、真面目に対応します。」


「まぁ......ケイは戦闘中にふざけた態度をとることはないし、普通にしておれば問題なかろう。」


......戦闘中におふざけが出来るほど慣れていないだけですけどね。


「というか、戦闘中のケイは余程驚くようなことが起こった時以外、殆ど無表情じゃからな。」


「......そうなのですか?」


「うむ。普段は顔を見れば何を考えておるか簡単に分かるのじゃが、戦闘中のケイは......特に相対しておる時は考えが読めぬのじゃ。だと言うのに、一緒に戦う時は何となくやりたいことが分かるのは不思議じゃな。」


確かにそれは不思議過ぎるけど......まぁ、戦闘中は思考が読まれにくいってのは良かった。

普段は何故か駄々洩れだからな......いや俺のせいじゃなくってこの世界の人が特殊なのだと常々思っているけど。

それにしても、戦闘中も色々と考えているつもりだったけど......普段と何が違うのだろうか?

思考の高速化のお陰かな?

まぁ、今はいいか......でも普段も同じことを出来るように今度考えてみよう。


「いや、普段は今のままのケイでいいと思うのじゃ。寧ろ今のままでいるべきじゃ。」


......よし、何としてもその技術をものにする必要がありそうだ。

答えは己の中にある......。


「そんな決意に満ちた感じで言われてものう......。」


「いや、一言も言っていませんよ。」


もはや会話が成り立つレベル......なんだろうなぁ......。

うん、がんばろう。

俺は決意を新たに、考えている事が漏れ出さない術を模索することにした。


『神子様、申し訳ありません!お待たせしました!』


爪牙の三人が伏せの状態を維持したまま声を上げる。


「どうやら、打ち合わせが終わったようじゃな。今回はケイに合わせる感じでいくからの。」


「了解です。それでは行ってきます。」


さて、彼らは一体どんな作戦を立てたのだろうか?

これで幻惑魔法を一切使わない戦い方をされたら非常に困る所だけど......身体能力の差は向こうも理解しているだろうし、ナレアさんによる遠距離攻撃の厄介さも十分伝わっているこの状況で、幻惑魔法を使わないって選択肢はないと思う。

恐らくだけど、ナレアさんの天地魔法と俺の強化魔法を同時に止める方法は彼らには無いことだろう。

だとすると......。

相手がどんな作戦で来るかと思いを巡らせながら俺は開始位置に着く。

今回の俺の立ち位置はナレアさんへの射線を通さないようにしており、相手との距離も今までより若干開いている。

三人に飛び道具が無いのは分かっているけど......今回戦闘、俺はナレアさんの守りを優先して戦いますよと暗に告げているのだ。

ナレアさん行使する天地魔法への対処方法は、接近するくらいしか思いつかないだろう。

逆に俺の強化魔法は、幻惑魔法さえ発動することが出来れば対処出来ると考えているはずだ。


『双方構え!』


今日何度目かの霧狐さんの号令を聴く。

相手の隊列は、前に二人後ろに一人。

一見、前の二人が後ろの一人を守るようにも見えるけど......。


『始め!』


霧狐さんの号令と共に前衛の二人、爪牙弐と爪牙参が飛び出す!

二人は左右に分かれ回り込むように......いや、俺を迂回してナレアさんに向かって突撃していく。

後方に残った爪牙壱は意識を集中して幻惑魔法を行使しようとしているようだね。

どんな幻を生み出そうとしているか分からないけど、魔法を使うのに時間がかかっているようだ。

霧狐さんから予め聞いていたように戦闘中に幻を作るのはかなり大変みたいだね......霧狐さんはさくさく新しい幻を生み出していたけど......。

とりあえず、爪牙壱の魔法を止めることはそんなに難しくない。

今から俺が接近して攻撃を仕掛ければ集中を乱すことが出来るし、一度集中を乱せば、近接戦闘の最中に幻惑魔法を使うのは恐らく爪牙壱にはまだ無理だろう。

相手もそれが分かっているからこそ、近接戦闘は出来ないと踏んだナレアさんに対して二人がかりで寄せていったのだろう。

俺をナレアさんの守りに注力させる為にだ。

事前の情報収集も出来ない中、今までの試合の情報だけで組み立てた作戦としては悪くないと思う。

ナレアさんはここまでかなり後方からの遠距離攻撃しかしていない。

まさかそんな人が普通に近接までこなすとは中々考えないだろう。

でもそこはもう一歩踏み込んで考えるべきだ。

天狼の子である俺と一緒に居る人間が、天狼の加護を貰っている可能性を完全に失念している気がする。

そして強化魔法を使えるのなら......先程俺がやったように、二人がかりでも一蹴される可能性があることを。

それともう一つ、そもそも俺は先ほどの戦闘で一度石弾による遠距離攻撃を見せているのだから、二人が前に突っ込んでしまっては守り手がおらず、俺が遠距離攻撃を選択した場合爪牙壱が魔法を使うのは難しいと思う。

まぁ、今回に限っては......魔法を撃つ前に潰すってやり方はしない。

俺はナレアさんの守りに入るように後退を始めた。

さて、どんな幻を生み出してくるかな?


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