第309話 芭蕉扇



『そこまで!』


ナレアさんの魔法を受けて吹き飛んだ三人だったが、今回は気絶することもなく目を丸くして固まっている。

霧狐さんの終了の掛け声と共に、先ほどまであった不思議な感覚が霧散している。

あれは何だったのだろうか?

油断している自分に気付いて深く集中しようとしただけだったのだが......今までにない感覚で周囲の状況を俯瞰するように把握できた。

もう一度、意識して先程と同じような感覚を得ようとしてみるが......全く上手くいかない。

......後で皆に相談してみよう。

とりあえず、若干目を丸くしているナレアさんの所へ向かうとしよう。

俺は色々と感覚を確かめるようにしながら、ナレアさんのいる後方へと下がる。


「......ケイ、何かしたかの?」


ナレアさんの傍に行くと開口一番尋ねられたけど......なんだろうか?


「何かというと......何でしょうか?」


我ながら頭の悪い質問の仕方だと思う。

......考え事をしていたせい、という事にしておこう。


「いや、すまぬのじゃ。先程、妾が魔法を撃った時、ケイも何か魔法を撃ったのかの?」


「あ、あぁ、あれですか。ナレアさんの魔法が相手の所に届く瞬間、足元の地面を少しだけ陥没させて相手を浮かせてみました。」


「道理で、思いのほか勢いよく相手が吹き飛んで行ったわけじゃな。しかし、妾が何の魔法を使うか分かっておったのかの?」


「予め分かっていたわけでは無いですけど......ナレアさんが魔法を発動した瞬間になんとなく分かりました。」


「ふむ......背を向けておったと思うが......よく分かったのう。しかもその一瞬で妾の魔法に合わせて絶妙な機で援護するとは......天地魔法に関しては妾の方が素早く発動させられると思っておったが、いくらなんでも相手が発動してから、それを最小限の魔法で完璧に合わせる自信はないのう。」


ナレアさんが真剣な表情でこちらを見てくる。


「自分でも驚きといいますか......開始の直前に不思議な感覚になったのですよ。」


「不思議な感覚かの?」


「えぇ......なんといいますか......。」


『やり直しを要求する!』


......なんか数分前にも聞いた台詞が聞こえてくる。

ナレアさんもため息をついているが......まぁ、予想は出来ていたけどね。


『然り!今のはどう考えても無効であろう!』


『あのような自然現象で勝負がつくなぞ非常に遺憾である!偶然と言う他ないかと!』


まぁ......自然現象には違いないけど......洞窟の奥の......さらに結界に囲まれた神域の中であんな突風が自然と吹くとでも......?

常に強風が吹いているなら分かるけどさ。

応龍様の魔法の事は知らなかったとしても、俺達が何かしたと考える方が自然じゃなかろうか?

ナレアさんは......なんかちょっとニヤニヤしているし。


『......それは本気で言っているのか?』


『当然ではないですか!あのような決着認められるはずがありません!』


『然り!然り!』


『あまりにもひどい偶然ではありませぬか!』


......霧狐さんは再戦要求を本気でしているのか?って聞いているわけじゃないと思うけど......。

まぁ、それはさておき......さっき爪牙参は偶然は続かないとか言ってなかったっけ?

まぁ、偶然は一度も起こっていないと思うけど。


『偶々神子様が避けると同時に、偶々突風が起こり、偶々三人揃って吹き飛ばされたと?』


『おっしゃる通り!分かっているではありませんか!』


『然り!試合と呼べるものではついぞありませんでした!公平な裁定を求むる所存!』


『時として偶然が重なることはあるのです!』


霧狐さんの言っている意味を何も分かってないし......予め舞台から落ちたらその時点で降参とみなすと言っていました。

後、いくらなんでも偶然で片付けるのは苦しいと......っていうか自由だなぁ。


『......最初の試合、油断を突かれたとお前たちが考えるのは分かる。だが、今回負けた原因をただの自然現象、ただの偶然と考えるのであればお前たちは絶対に神子様達に勝つことは出来ない。』


まぁ......あの突風は何回でも起こせますしね......同時に地面を陥没させるのは無理だろうけど......あれが無かったら突風自体は踏ん張って耐えられるかな?


『どういう意味でしょうか?何故勝つことが出来ないと?』


『遺憾である!多少幸運に恵まれたからと言って、そう何度も勝ちを拾えるはずもありません!』


『それともあれが偶然ではないとおっしゃられるのですか?』


......凄い自信だなぁ。

いや、自信とは違うのかな?

まぁ、何にせよ自分達の身に起こった事を正確に把握出来ていないのは、かなりまずいと思うけど。

三人の言葉を聞いた霧狐さん大きくため息をついてこちらを見る。

流石に霧狐さんの口から俺達の能力を明かすことは出来ないよね。


「まだまだ、この試合、終わりそうにありませんね。」


「......ほほ。その言い方は実力が拮抗している者同士の試合の時に出てくる台詞だと思っておったがのう。」


「あはは、確かにそうですね......。」


しかし、そういう白熱した感じではなく......今のところはただただ面倒なだけというか......。


「とりあえず、手の内は少しずつ明らかにしていきましょうか。いいですよね?」


「もはや試合とは呼べぬのう。まぁ神域内の事はケイに任せるのじゃ。思う様にするといいのじゃ。」


「ありがとうございます。次もナレアさん先手いきますか?」


「ふむ、そうじゃな。次は土でいくかの。」


ナレアさんが、今夜は鍋みたいなノリで言ってくる。

まぁ、若干俺もそんな感じで聞いたけど。


「了解です。先程みたいな援護は出来ないと思います。」


「......そう言えば、その話を聞くのを忘れておったのじゃ。後で聞かせてもらってもいいかの?」


「えぇ、相談したかったので是非、お願いします。」


俺はナレアさんと軽く打ち合わせをしてから前線へと戻っていく。

未だ納得の行っていない三人が、霧狐さんへと詰め寄りぎゃんぎゃん鳴いて......いや文句を言っている。

霧狐さんは若干辟易とした様子だが、声を荒げることもなく三人の言葉を受け止めている。

よそ様の家......神域の話だから特に言う事はないけど......なんで霧狐さんはあそこまで寛容なのだろうか?

諫めるべき立場じゃないのかと思うのだけど......。

若干渋い顔をして、偶に威圧するような雰囲気を見せるものの、基本的には好きなように言わせていると思う。


「先ほどの風は......。」


ある程度、騒いでいる眷属達に近づいた俺は声を出す。

霧狐さんに詰め寄っていた三人は俺の声にはじかれた様に反応する。

こちらに注目が集まったのを確認してから、俺は再び言葉を発した。


「先ほどの風は偶然発生したものではありません。私の仲間が使用した魔法によるものです。」


『......何をふざけたことを。』


『然り!一体どうやって強化魔法であれ程の強風を引き起こしたと言うのか!』


まぁ......強化魔法では流石に無理だと思います。


『もしや、巨大な団扇で仰いだとでも?』


小馬鹿にしたような口調で言ってくる爪牙参。

戯言と切って捨てる子達よりは意見としては面白いけど......その態度は頂けないな。


『ははっ、疾風の!それは面白いな。そんなことをされては、さしもの我らもうっかり場外に出てしまうというものよ!』


『え......?あ、然り、然り!』


『ははっ!失礼!冗談が過ぎましたかな?』


はっはっはと笑い合う三人。

今一瞬爪牙弐が狼狽えたのは......うん、自分も疾風の爪牙だから一瞬言われた意味が分からなかったのだろうな。

まぁ、どうでもいい話だけど......。


「では、私達が風を起こしたかもしれない。それを念頭に入れた上でもう一戦どうですか?」


まぁ、次の攻撃は風じゃないけど。


『ほう?よろしいのですかな?三度目の奇跡はありませんぞ?次こそ、完全なる実力での勝負となりましょう。』


『然り。ここでやめておいた方が神子様にとっては都合がよろしいかと。』


『しかし、我らとしても本当の所をお見せしたいのもまた事実。ここは快く胸をお貸ししましょう。』


......なんか、俺がもう一戦やりたがっているみたいな雰囲気にされているのだけど......。

顔に是非とももう一戦......いやそもそもつい数秒までノーカン、再戦と叫んでいたでしょうに。

どこまでもマウントを取ってこようとする三人に疲労感を覚えながらも、ではやりましょうかと告げると嬉しそうに三人は所定の位置に着き招き猫ポーズを取った。

......だからなんでそのポーズ?


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