第300話 こういう使い方



戦闘態勢を解いたシャルと霧狐さんがこちらに近づいてくる。


「二人ともお疲れ様。見えるくらいの速度で戦ってくれたおかげで何とか理解出来たよ。」


俺は二人を労った後、シャルの耳の裏を撫でる。

シャルは少しだけ気持ちよさそうにした後、少しだけ俺から距離を取る。

シャ、シャルに避けられた!?

俺が若干ショックを受けているのに気付いたらしいシャルが動揺したように挙動不審になる。


『す、すみません!ケイ様!その少し汚れていますので......!』


そう言ってシャルがおろおろとしだす。

その姿をみて若干和んだ俺は一歩シャルに近づいて頭を撫でる。

少しだけしょんぼりした様子のシャルだったが、俺が撫でた後一歩後ろに下がったのを見て一瞬申し訳なさそうにした後、模擬戦の話を始めてくれた。


『まずは幻惑魔法により姿を消した状態での戦闘でしたが......これは目の前で姿を消していたので問題なかったと思いますがどうでしょうか?』


「うん、そうだね。今から使うって分かっていれば見つけることは出来るかな?」


シャルの問いかけに答える。

目の前で姿を消すのであれば、いる場所を見つけることは出来るだろうけど......問題はシャルはさらっとこなしていたが、俺は五感を殺した状態で戦うことは出来ないってことだ。

シャルにその辺のコツを聞く必要があるな。


『恐らく神子様方が戦う相手はあのくらいの......自分の姿を消す程度の幻惑魔法は使えます。私がその次に使った分身を作る幻惑魔法は......下位の者達では無理です。集中すれば一体くらいは出せると思いますが、戦闘中に出せる様になるにはもう少し修練が必要です。』


シャルの問いに答えた俺が若干悩んでいた所、霧狐さんが説明をしてくれる。


「......なるほど。」


シャルもそうだったけど、霧狐さんも戦闘中に淀みなく戦っている感じだった。

でもあの二人の戦いは、本当に高等技術のオンパレードってやつだったのだね......。


『幻惑魔法は個人の資質によって、五感のどの部分により強く影響を与えるか変わってきます。それは熟練した者であっても変わりませんが、慣れていない者ほど大きく影響を受けますね。』


「確かに神域に来るまでに見て来た幻は視覚だけじゃなく他の感覚も騙されている感じでしたが......視覚よりも他の感覚に影響を強く与えるって言うのはどんな感じですか?」


幻って言うくらいだから視覚をメインに騙してくるものだと思うけど......。


『そうですね......例えば......このような感じです。』


そう言って霧狐さんが何らかの魔法を発動したようだけど......幻は何処にも見えないような......何かを消したわけでもないみたいだし......。

そう思いながら俺は五感を殺して魔力視に切り替えようとしたのだが......。


「ケイ。そちらではないのじゃ。上じゃ。」


ナレアさんの言葉に俺は上を向く。

しかし他の場所と何ら変わらず岩肌の洞窟が広がるだけだ。


「どこですか?ナレアさん。」


「何がじゃ?」


横にいるナレアさんに聞いてみるとキョトンとした表情で聞き返された。


「え?いや、何がってナレアさんが上って言った......。」


途中まで言ってから唐突に気付いた俺は霧狐さんの方を見る。


『はい。お気づきの通り、私がそちらの方の声で神子様に語り掛ける魔法を使いました。そしてそれは他の方には聞こえていません。』


「なるほど......視覚ではなく聴覚を主とした幻惑魔法ってことですね。」


しかもピンポイントで俺にだけ聞こえるようにか......。

これもかなり厄介だな......。


『聴覚への幻惑魔法は視覚を騙すものよりも難易度が低いのが特徴です。魔物は視覚よりも嗅覚や聴覚の方が効く者も多いですね。』


嗅覚か......シュールストレミングの臭いとか叩き込んだらシャルでも倒せるかもしれないな。

まぁ、シュールストレミングの臭いを俺は知らないから無理だけどさ。

うーん、くさやとかドリアンとか......そこまで強烈な臭いの物って知らないのだよね......精々嫌な臭いくらいなものだ・

しかし、視覚ばかりに気を取られていたけど聴覚や触覚への幻も結構厄介かもしれないな。


『今の模擬戦では私だけでしたが、神子様がこれから戦う相手は三名なので分担すれば多少は複雑なことが出来るかもしれません。まぁ、彼ら次第ではありますが。』


「連携するような訓練とかはしているのですか?」


『それはその者達次第ですね。そういう事が好きな者達も入れば嫌いな者達もいる。仙狐様は何かを強要することはありませんので。』


「なるほど、自主性に任せているのですね。」


狐だからやはり群れより個を重視するのだろうか?

......狐、というのは少し失礼な考えだっただろうか?


『幻惑魔法を使うには柔軟な発想力が不可欠......凝り固まった考え方は足を引っ張ります。仙狐様の加護を貰うのであればそれを忘れない様にしてください。』


「わかりました。ありがとうございます、霧狐さん。」


霧狐さんにお礼を言ってからシャルの方に向き直る。


「シャル。戦闘中に幻を見破りながら戦うコツを教えてもらいたいのだけど。」


『戦闘中に五感を殺して幻を見破るには、弱体魔法の切り替えを素早く正確に行う必要があります。私は連続して常に切り替え続けていました。相手が身体を消した時はそれで位置を追いかけられます。分身して、更に自らも幻を纏った場合は地面や壁の傷を見て本体を探しました。偽装はされていましたが、実際に触れば傷があるのかどうか分かります。後はその傷をつけた本体を覚えておけばいいだけです。』


「......なるほど。」


シャルはさらっと言っているけど......戦闘中に俺がそこまで出来るかな......。

って言うか、シャルは初見で戦闘中にそこまで対応策をあの短時間で見つけていたの......?

実力が拮抗しているからこそ、そういう対応力が大事なのだろうね......。

レギさんの言っていた情報が無い状態での戦いか......俺はいつも事前に調べて貰っていたり、シャルから戦闘中に教えてもらったりしていて、そういった経験はないな。

恐らくこういったことはセンスと経験が物を言うのだろうね......。


『神子様。一つお伝え忘れていたことがありました。』


そう言ってこちらを見てくる霧狐さんはどこか面白そうな表情をしている気がする。


『幻惑魔法は五感を攻める魔法ですが......もう一つ攻める物があります。お分かりになりますか?』


こちらを見つめてくる霧狐さんは......また妙に蠱惑的な雰囲気だけど......いや、それは置いておこう。

幻惑魔法が攻める物......五感以外......。

俺がここに来るまで幻惑魔法を掻い潜ってここまで来た時に感じたのは五感と......。


「精神......心ですか?」


『正解です。』


若干笑みの雰囲気を変えながら頷く霧狐さん。


『先程の模擬戦では収拾が付かなくなる可能性があったのでやりませんでしたが......こういった感じです。』


そう言った霧狐さんが、自分の横に俺の幻を生み出す。

何故か全裸の。


「ちょ!なんで裸なんですか!?」


『衣装はまた別に生み出したほうが自然な幻になるのですよ。』


霧狐さんはそう言ったが......何故か服を生み出す気配がない。


「ふむ......中々悪くない使い方じゃな。」


「そうだねぇ......。」


「......まじまじ見るのやめてもらえませんかね!?」


ナレアさんとリィリさんの二人が俺の裸体(幻)をガン見している。

いや、流石に霧狐さんも見たことない場所を再現しているから色々と正確ではないけどさ!?


「私としてはもっと筋肉があって大柄なほうが......。」


「いや、妾はあんな感じでいいのじゃ。細身の方が好みじゃ。」


「何の話をしているんですかねぇ!?」


『恐らくこんな感じで間違っていないと思いますよ。』


「幻を消すか服着せるかどっちかしてください!」


ふふふと笑わんばかりの霧狐さんと、何やらぼそぼそと話し合っているナレアさん達。

ナンデコンナメニ......。

いや、下手に俺以外......女性陣の裸体じゃなくて良かったと思うべきか?


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