第272話 婚約



ナレアさんが龍王国から戻ってきてから十日余り、俺はカザン君と雑談をしながら細々とした手伝いを、レギさんは依頼を受けながらその仕組みに関するブラッシュアップ、リィリさんはノーラちゃんとのんびり過ごし、ナレアさんは書庫の整理......そんな感じで各々が思い思いに過ごしていた。

そして先日、ナレアさんの書庫整理が終わり、レギさんの仕事も一段落着いたとのことで俺達はグラニダを出て黒土の森に向かうことに決めた。

今日は出発当日。

領主館の玄関ロビーでカザン君達に見送りをされている所だ。


「グラニダを出ると治安は物凄く悪いと聞きます。姉様達はとてもお強いので大丈夫だと思いますが......気を付けてください。」


瞳に涙を沢山湛えながら、それでも涙を零さない様に堪えつつ笑顔を見せるノーラちゃん。

そんなノーラちゃんを抱きしめ、頭を撫でるリィリさんとナレアさん。


「レギさん、試験運用期間本当にありがとうございました。おかげで比較的早期に公的機関として立ち上げが出来そうです。」


「そいつはよかった。だが俺も一冒険者としての視点しかないからな、運営となってくるとまだ色々問題が出てくると思うから頑張ってくれや。もし困ったことがあったらいつでも相談してくれ。西方のギルドの方にも色々聞いてやれると思うからよ。」


「ありがとうございます、その時はよろしくお願いします。それとケイさん、この前話してもらった公共事業の件ですが、エルファン卿に相談してみた所是非進めたいと言う話になりまして。」


「あ、そうなんだ。結構適当な事言ったと思っていたんだけど。」


「元々人足は事業を請け負った業者が募っていたのですが、その分の費用を抑えることが出来るとか......エルファン卿はかなり乗り気なようでした。」


「まぁ、間どのくらいお金を抜かれているか分かった物じゃないしね......。」


中間業者がいなくなればその分費用を抑えて人を雇えて、末端の人達が貰えるお給金も増えるかもしれない。

まぁ中間業者は苦しくなるかもしれないけど......どこかが潤うってことはどこかで涙を流している人がいるってことだからね。


「コルキス卿が排斥した者の中にそう言った業者と癒着し、見返りを受け取っていた者がいたようですしね。」


「あー、なるほど......。」


さもありなんって感じだね。

俺達が政治の嫌な話を聞いていたら、ナレアさん達と話をしていたレーアさんがこちらに近づいてきた。


「レギ殿、ケイさん。本当にお世話になりました、お体にはお気を付けください。」


カザン君のお姉さんと言われても何の違和感も感じられないレーアさんが、それでも母を感じさせる優しい笑顔で無事を祈ってくれる。


「はい、ありがとうございます。レーア殿もお体にお気をつけください。」


レギさんに続いて俺も挨拶をしようとしたのだが、それよりも早くレーアさんが言葉を続けた。


「特にケイさん。次に来る時までにあまり体型を変えないでいただけると助かります。」


「体型をですか?」


体型を変えない様にって......また不思議な心配のされ方だな?

太りそうってことだろうか?


「はい、礼服を用意しておきますので。あまり体型が変わられると仕立て直す必要がでてしまいます。」


「僕に礼服をですか?」


そんな話をしていたっけ?

身に覚えはないのだけど......。

俺が疑問符を浮かべているとノーラちゃんを連れたナレアさん達もこちらに来ていた。


「えぇ。次こちらに来られた時は婚約発表をしなければなりませんので。」


とても綺麗な笑顔でレーアさんが告げてくる。


「誰か婚約するのですか?」


カザン君か......?

そんな話は聞いていなかったけど......そう思いカザン君の方を見るが首を振っている。

まさかノーラちゃん?

早すぎるのでは......?


「えぇ、カザンとケイさんの。」


......ん?

カザン君と誰だって?

聞きなれた名前の聞きなれない組み合わせを聞かされる。


「あら?何やらびっくりされているようですが......あ、もしかしてケイさんは礼服じゃなくてドレスが良かったでしょうか?」


!?


「む?なんじゃ、ケイはそういう趣味じゃったのか。」


「じゃぁ、カザン君が女装した時に熱い視線を送っていたのは、羨んでたってこともあるのかな?」


「ケイ兄様も綺麗にするのです!」


「じゃぁ、礼服はやめて二人ともドレスにしましょう!」


男性二人の婚約発表で二人ともドレスを着ているってカオスが過ぎる。

いや、突っ込むところはそこじゃない!


「なんでそんな話になっているんですかね......?」


心当たりは......あ、あー、あるな......あるぞこれ。


「ケイさんがカザンに結婚を申し込んだと聞いていますよ?」


デスヨネー。

やっぱりその話だよね!

まさかの出発直前にその話になるなんて......。

カザン君も崩れ落ちて床に手をついてしまっている。


「いや......それは全くの誤解ですよ?」


ニコニコとこちらを見つめてくるレーアさんを正面から見返し、誤解だと言う俺。


「大丈夫ですよ。カザンとケイさんが望んでいるであれば私は応援致します。どうぞ二人の好きになさってください。」


好きに......。


「......わかりました。では後の事はカザン君に任せるとします。僕はそろそろ出立しなくてはならないので。」


好きにさせてもらうことにした。

後はよろしく、カザン君。

心で別れを告げて、振り返ろうとした俺の肩を凄い力で掴んでくる人物が一名......崩れ落ちていたカザン君が復活して、俺の肩を握りつぶさんばかりに掴んでいた。


「何ですか?」


「何ですかじゃないですよ!立つ鳥跡を濁さずどころか汚泥になっているじゃないですか!なんで押し付けて飛び出そうとしているんですか!」


「いや、後は家族の方々だけで話し合うのがいいのではないかと思いまして?」


「完全にめんどくさくなって逃げただけじゃないですか!」


「そんな人聞きの悪いことをおっしゃらないでください。」


「後、何でさっきから敬語なんですか!?」


ワーワーと言い合う俺とカザン君を、皆が少し遠巻きながら優しい目で見ていることに気付いたのはかなり時間が経ってからの事だった。




「皆さん。今日まで本当にありがとうございました。私とノーラだけではなく、多くの領民や兵が皆さんのおかげで命を救われました。」


一連のやり取りから解放されたカザン君が、先ほどまでとは打って変わった様子で感謝を告げてくる。


「そんなに改まらなくていいんだぞ?最初は偶然だし、以降は依頼を受けただけなんだからな。」


「レギさんの言う様に畏まらなくていいし、もしカザン君が気にしないのであれば、友人として一言言ってくれれば俺たちはそれで満足だよ。」


レギさんに続けて俺が言うと、カザン君は引き締めていた表情ふっと緩める。


「そうですね......わかりました。黒土の森での用事が終わって戻ってくるのを楽しみに待っておきます。」


「兄様方、姉様方。ありがとうございました。またお会いできるのを楽しみにしているのです!」


カザン君とノーラちゃんが並び立って挨拶をしてくる。


「出来るだけ早く用事を済ませてくるよ。」


「次に会った時には、また面白い物を見せてやれるように頑張ってくるのじゃ。」


俺とナレアさんが二人に笑いかけると、カザン君達も少し寂し気ながら笑い返してくる。

そしてレギさんを先頭に玄関から外へと出る。

空は快晴。

旅立ちには気持ちのいい日だ。

ここから見える街並みは、徐々に取り戻してきた活気を惜しみなく振りまいているように見える。

俺達は門を、目指してゆっくりと歩き出す。

横を歩くナレアさんは少し寂し気に見える気がする。

強化して普通の人の何倍もよく聞こえる耳が、後方ですすり泣くような音を拾った。


「兄様!姉様!いってらっしゃいませー!」


始まりはただの偶然。

でも本当にいい偶然だったと思う。

あの瞬間に二人と出会えたことを心の底から感謝したい。

俺達は立ち止まり振り返ると、大きく手を振った。


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