第264話 そこにかかれていたのは



「......あったのじゃ。これがおそらくカザンが昔見たと言う地図じゃろう。」


そう言ってナレアさんが机の上に置いた地図を俺達は覗き込む。

その地図にはグラニダと周辺勢力の分布、そして東の端に黒土の森と書かれた森が存在していた。


「現在の地図と比べると......うむ、同じ位置に森があるのじゃ。現在の地図では特に森の名前は書いておらぬようじゃが......恐らくここで間違いないじゃろう。」


「現在の地図で見ると......グラニダの周辺の勢力圏からも外れていますね。」


「まぁ、森は管理しにくいからのう。資源も豊富じゃが危険も多い。さらに良からぬことを企む者の温床にもなりやすいとなれば、国力に余裕のある龍王国のような勢力ならともかく、この辺りの勢力では森を勢力下に収めるよりは平地を収めた方が楽じゃからのう。黒土の森は広すぎるようじゃしな。」


確かに黒土の森はどの年代の地図を見てもかなり広く描かれている、というか見切れている。

グラニダからはかなり離れている感じなので、カザン君は知らなかったのかもしれないけれど、もう少し西に行けば黒土の森という名前は伝わっていなくても、森と聞けば簡単に話題に上るのではないかな?


「なるほど......領土は広ければいいってものでもないのですね。」


「管理というのは大変じゃからな。それを理解していない者が無駄に領土拡大を望んで自滅していくのよ。まぁ、それはともかく黒土の森の事が分かったのは僥倖じゃな。ファラが戻れば先行してもらいたい所じゃ。」


「多分ファラは期限ぎりぎりまで探し回っているでしょうね......マナスの分体もいるので引き上げるように言えば戻ってくると思いますが。」


「まぁ、期限まではファラの好きにさせてやった方が良いじゃろ。逃がしてしまったことに責任を感じておるじゃろうしな。」


「ファラのせいではないのですが。」


「それでも感じてしまう物じゃよ。」


ファラは仕事人って感じだしな......仕事は完璧に出来てからがスタートラインって雰囲気あるよな。


「気にしないで欲しいのですけど......。」


「ケイがいくら言っても無理じゃろうな。本人が納得するかどうかじゃからな。」


「まぁ、戻って来た時にいっぱい感謝して労ってあげればいいんじゃないかな?」


ぽりぽりと頭を掻く俺にリィリさんが快活な笑みを浮かべながら言ってくる。

んー確かに、リィリさんの言う通りファラの忠勤にはそう報いる方がいいよね。


「そうですね、わかりました。もう数日でファラが戻ってきますし、そうしますね。」


五日って約束だから、遅くとも三日後には帰ってくるだろう。


「他にも資料があるかも知れぬからのう、引き続き調査を続けるとしよう。それに檻の件はまだ何も見つかっておらぬしのう。」


「そうですね。わかりました。」


ナレアさんは自分が調べていた場所に戻っていき、リィリさんはノーラちゃんの傍に移動する。

念の為、俺はここに纏まっている羊皮紙を全部チェックしてみよう。

他の資料が混ざっていないとも限らないしね。

そのままそれぞれが無言で調査を続けていた所、カザン君が手記を読み終えたらしく顔を上げた。


「皆さん、少しいいですか?」


「うん。大丈夫だよ。」


「あぁ、問題ないぜ。」


俺とレギさんが返事をすると同時にナレアさんは本を棚へと戻し、リィリさんとノーラちゃんもカザン君の方に向き直る。


「まだ詳しくは読んでいないのですが、一通り目は通しました。それで、何故僕とノーラがアザルに生け捕り前提で狙われたのか、恐らくではありますが分かったと思います。」


「俺達が聞いてもいいのか?」


「はい。皆さんに聞いてもらいたいです。」


そう言ったカザン君が部屋を見渡す。


「とは言え......ちょっとこの場所は落ち着かないですね。一度執務室に行きませんか?」


「分かった。」


レギさんが先だって部屋から出ていく。

続くようにリィリさんとナレアさん、その後に俺が出て最後にカザン君が鍵を閉める。


「あぁ、カザン君。地図見つかったよ。黒土の森の場所が分かった。報酬は......勝手にだけどもらったよ。」


「そうでしたか。見つかって良かったです。見つからなくて報酬が払えないかとひやひやしていましたから。」


そう言ってニカっと笑うカザン君は特に問題は無さそうな感じだ。

あまり深刻な内容ではなかったって感じかな?




「では、トールキン衛士長。手筈通りに。」


「承知いたしました。」


執務室に向かう途中でトールキン衛士長を部屋に呼ぶようにカザン君が言付けていたのだが、俺達とほぼ同時くらいのタイミングでトールキン衛士長が執務室に到着した。

道すがらノーラちゃんはレーアさんに預けて来ている。

少しだけ不満顔であったが、特に文句を言うことはなくノーラちゃんはカザン君に従っていた。

手早く人払いと暫くはノーラちゃん達であっても近づけない様にと指示を出したカザン君は、ソファーに腰を下ろしトールキン衛士長が部屋から出ていくのを待ってから、お父さんの手記を懐から取り出した。


「......どうやら父は檻と取引をしていたようです。」


「取引を?一体何を......。」


「魔晶石です。数年前に攻略したダンジョンから採れる魔晶石を安く売っていたみたいです。」


「魔晶石を......しかも安くじゃと?」


魔晶石......領内に需要はいくらでもあるだろうし、輸出するにしても安くする必要は何処にもないと思うけど......。

ナレアさんが訝し気にするのも当然の反応だろう。


「はい。まぁ、法外って程安くしていたわけでは無いみたいです。輸送費が掛からない......向こう持ちということを考えれば......悪くない値段な気がしてきました。」


カザン君が眉尻を下げながら呟いている。


「確かに輸送費って馬鹿にならないよね。」


「......ふむ、金額面だけを考えるならそこまで悪くない取引ということかの?」


「金額的にはそうですが......魔晶石は外に売りに出すような余裕はグラニダにはありません。」


「それは確かにそうじゃな......。」


「父の主導で売っていたようですが、一応売り上げは予算に計上されているようですね。いや、横領とかじゃなくって良かったですよ。」


カザン君がため息をつきながら言う。

まぁ確かに......領主とは言え領地の資源を勝手に売っぱらってポケットに収めたりしたら、偉いことになるだろう。


「しかし、檻と取引があったことは分かったが......何故カザン達がアザルに狙われることになった?」


確かに、檻にとってもいい取引相手だったと思うけど......わざわざその関係を崩す必要は無いよな。


「魔晶石の取引を始める以前に檻とかかわりを持つことになった出来事があります......以前、私達が事故に遭った話をしたのを覚えていますか?」


カザン君の問いに全員が頷く。

事故に遭って......意識が戻らず......意識が戻った時には記憶を失っていたって話だよね。


「あの時、意識が戻らなかった私達の治療をしたのが檻だそうです。」


「「......。」」


檻って一体なんなのだろう......?

間違いなくろくでもない事ばかりしているし、構成員を人として扱っていないような組織だ。

その一方で意識の戻らなかったカザン君達を治療した?

......いや、もしかしたらカザン君達の治療も実験の一環だった可能性はあるか?

それとも魔晶石を安く手に入れる為にカザン君のお父さんに恩を売った?

いや......そうであるならカザン君達をアザルが欲するのはおかしい......となると......。


「その治療は実験だったそうですが、藁にも縋る思いで、と手記には書かれていました。結果的に実験は成功して私達は意識を取り戻すことが出来ました。意識を取り戻した後、暫くは経過観察ということで檻の人間が色々と検査をしていたみたいです。私も覚えていますが......あの時の医者が檻の構成員だったわけですね。」


......やはり実験だったのか......そう言えば、アザルがカザン君達の事を成功例だとか言っていたのだっけ......。

自分達の所有物だとかなんだとか......アザルにしては妙に口が軽かったけど、あれはブラフじゃなくって本心か?

とりあえず、実験だろうと何だろうと治療しただけで所有権云々とかどうかと思うけどな......。

まぁ元々、どうかと思う組織の人間だから今更か。


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