第236話 マナスの制裁
「殴ったねー。」
アザル兵士長の顔をぶん殴ったマナスがまたゆっくりとアザル兵士長に近づいていく。
悠然と相手に近づいていくマナスは、リィリさん達に撫でられて嬉しそうにぷるぷると震えている子とは別人のようで......風格さえ感じさせる。
殴られたアザル兵士長も言葉なく、目を見開いてマナスの事を見ている。
さっきマナスが火に包まれた時は少し驚いたけど......まぁわざわざ瓶の中身がぶちまけられた場所に突き進んで行ったからね。
わざと罠にかかった上でそれを正面から叩き潰したかったということだろうか?
それだけマナスも腹に据えかねていたのかもしれないけど......あまり危ないことはして欲しくないなぁ。
『はい。かなり手加減をしているようですが、一撃で決めなかったのは先ほどのケイ様を参考にしているのかもしれません。』
「......教育にはよくなかったかなぁ。」
相手のしたことに対する仕返しだからな......いたぶっていたわけじゃないけど......この子達に見せるには適切ではなかったな。
己の行いを反省していると、我に返ったアザル兵士長がマナスから遠ざかるように動きながらこちらにこようとしているのが見えた。
どうやら先ほどの火炎がマナスに効かなかったことで、マナスを無視して俺を狙ってくる作戦に切り替えたのかな?
だが、それを許すようなマナスではない。
じわじわとにじり寄るように移動していた動きを止め、身体を伸ばし一気にアザル兵士長への距離を詰める。
再び出鼻をくじかれたアザル兵士長の表情が一変する。
先程まではどこか馬鹿にしたような笑みを浮かべていたのだが、表情が無くなっている。
それだけ必死ということだろうか?
手にした剣で振り払う様にマナスを薙ぐアザル兵士長に対し、伸ばした体を変形させてその攻撃を避けるマナス。
そしてアザル兵士長が後ろに下がろうと身を引いたところにマナスが追撃を仕掛ける。
身体の形を変化させて鳩尾に一撃。
更に二発、三発と鳩尾に叩き込んでいくマナス。
三発目と同時に後ろに吹き飛ばされたアザル兵士長が苦し気に呻いている。
気のせいかな......なんとなく既視感が......。
「ぐ......ぁ......。」
俺が殴った時よりも苦し気だな。
まぁ何度も同じところと殴られているのだから当然か......。
マナスは体を伸ばしながらメトロノームのように体を左右に揺らしている。
あれは......挑発でもしているのだろうか?
なんとなく相手を馬鹿にしているような雰囲気が感じられるけど......アザル兵士長に伝わるだろうか?
「......クソ、スライムがぁ......。」
伝わっているかもしれない......。
種族間を越えたやり取りか......いや、そんな感動的なものではないな......マナスの将来が心配だ。
口を半開きにしながら肩で息をしているアザル兵士長は、先程までよりも明らかに動きが鈍くなっている。
あれかな?
ボディが効いて足が動かなくなり始めたってことだろうか?
自分達がやったことながら、かなり苦しそうだな......我が身に降りかかることは避けたいな。
マナスは恐ろしい攻撃方法を学んだのかもしれない......もともと窒息させるのが得意だったけど......横隔膜を殴って悶絶させる方法も取るようになったわけか......いや、完全に俺の影響だろうけど。
足が止まったアザル兵士長にじわじわと近づいていくマナス。
一気にガッと飛び掛かってくるのはびっくりするけど、あぁいう風にじわじわとにじり寄ってくるのは恐怖を覚えるな......。
「く......はぁ......。」
苦し気に肩で呼吸をしているアザル兵士長だが、力を振り絞ってと言う感じで剣を構える。
俺が同じ状況に追い込まれたら間違いなく逃げの一手......どうやって逃げるかしか考えないだろうけど......アザル兵士長にその様子は見受けられない。
勝ち目は殆ど無いと思うけど......何が彼をここまでやらせるのだろうか?
それとも何か奥の手のようなものがあるのかな?
先程マナスを無視して俺の方に来ようとしていたし、俺を仕留める算段があるのかもしれない......完全に観戦気分だったけど、少し気を引き締めておいた方がいいかもしれないな。
まぁ、完全にマナスに追い詰められている感じではあるけど......油断はしない様にしよう。
じわじわと近づいていたマナスがアザル兵士長の元までたどり着く。
アザル兵士長は先ほどのように動くことはなく、マナスが接近してくるまで待っていたのだが......動かなかったのか動けなかったのかは分からない。
近づき、身体を伸ばしたマナスに対して再び剣を振るうアザル兵士長だが、先ほどまでとは違いその剣筋には力がない。
かなり鳩尾狙いが効いているみたいだな。
マナスは振るわれた剣を自分の体で受け止めさらに体を変化させて相手の顎をかちあげると......無防備にさらされた鳩尾を目掛けて......。
アザル兵士長もマナスの狙いが読めていたようで咄嗟に剣を手放してお腹を守るように手で防御したのだが......体を自由に変形させられるマナスには効果が薄く、見事に防御の隙間を抜かれてまたも鳩尾に強烈な一撃を入れられた。
「......うぉぇ......。」
先程俺が胃の中身を空にしたのか、胃液だけを口から逆流させるアザル兵士長。
ってか、マナスは完全に俺の攻撃順をトレースしたね......。
どんな拘りなのだろうか......?
今後は行動に気を付けないとな......親の背中を見て子は育つと言うけど......うちの子達が俺の真似をして変な事をしない様にしないと。
そんなことを考えていたのだが......マナスはこちらに戻ってくることはなく、寧ろ吹き飛ばしたアザル兵士長に近づいていく。
......まだやるの?
てっきり俺の攻撃を再現した一連の攻撃で終わりなのかと考えていたけど、どうやらそのつもりはなさそうだ。
アザル兵士長は......遠目から見ても足が震えているように見える。
恐怖から来るものではなく......多分立っているのが限界に近いのかもしれないな。
そんなアザル兵士長にじわじわと再度にじり寄るマナスだったが、少し距離を置いたところで動きを止める。
「......かはっ......ごほっ......どいつもこいつも......何が......してぇんだ......クソ猿どもが......。」
ちょっと顔色が青くなったアザル兵士長がそんな状態にもかかわらず悪態をついている。
ある意味凄いけど......見習いたいとは思わないな......。
アザル兵士長に一言だけ言わせたマナスだったが、その体を伸ばし......徐に乱打を始める。
一撃一撃はそんな威力が無いようだが、数えるのも馬鹿らしくなるくらいの攻撃がアザル兵士長の体に叩き込まれていく。
時間にして数秒のことではあったが、あまりの猛攻に俺が絶句していると、止めとばかりにマナスがアザル兵士長の襟首をつかんで地面にたたきつけた。
「......。」
マナス......随分と過激だなぁ......。
地面にアザル兵士長を叩きつけたマナスは気が済んだのか、アザル兵士長の事を放置してこちらに向かって移動を始めている。
アザル兵士長は起き上がろうとしているが......上手く体に力が入らないようだ......流石に回復するには時間がかかるかな......?
「えっと、マナスはもういいかな?」
こちらに戻ってきたマナスに問いかけると大きく弾み肯定の意志を伝えてきた。
それを見たシャルが一歩前に出る。
『それではケイ様、次は私が行ってまいります。』
「う、うん。ほどほどに、ね?」
『......承知いたしました。』
一抹の不安を覚えないでもないけど、シャルならちゃんと役目を果たしてくれるだろう。
それはそうと......俺はアザル兵士長に視線を向ける。
辛うじて体を起こしたようだが、まだ立ち上がることが出来ていない。
この状態でさらにシャルに......?
自分達がやっている事とは言え、流石にやりすぎじゃないだろうかと思わないでもない......。
いくら相手のしたことが、とは言ってもな......。
そう思ってシャルの方をちらりと見ると、丁度こちらを見ていたシャルと目が合った。
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