第227話 恐怖



領都近くの森、背の高い木に囲まれたここは昼間なのにかなり暗い。

森の外から中を見ることは難しいし、こそこそ悪だくみをするならいい場所だと思う。

今ここには俺とレギさん、そしてシャルとマナスは当然としていつもは情報収集に精を出してくれているファラがいる。

グルフもいるには居るけど、少し離れた位置で丸くなっている。

俺達が領都にいる間グルフはこの森に隠れているからすっかり家の気分なのだろう。

俺はグルフから自分の足元に視線を戻す。

視線の先にはアザル兵士長の部下が二人転がっている。

この二人は弱体魔法を使ってずっと意識を失ったままの状態にしている。

とは言え、捕獲してから二日ってところだけどね。

ご飯はあげていないけど、水分補給だけは問題ない。

こいつらの尋問はファラがすることになっているけど、少しファラにお願いされていることがある。

その手伝いの為に俺はここに居るのだけど......。


「ファラ、もういいかな?」


『はい、よろしくお願いします。』


俺は弱体魔法で相手の視覚、嗅覚、味覚を無くす。

......意識を失っている間にこんなことになったら、普通は絶望するよなぁ。

次に声を出せない様にして......体の動きは封じたまま、と。

後は意識を戻すだけだけど......。


「ファラ、意識を戻すけど大丈夫?」


『はい、大丈夫です。よろしくお願いします。』


ファラの言葉を聞き俺は二人の意識を封じている弱体魔法を解除する。

やがて意識を取り戻した二人が動こうとして......身動き一つ出来ないことに焦った雰囲気を見せる。

ファラが何やら話しかけると動きを止めた二人が苦々しい表情を浮かべる。

一体どんなことを伝えているのだろうか?


『ケイ様、申し訳ありません。彼らの聴覚を奪っていただけますか?』


「了解。」


ファラに言われた様に聴覚を奪う。


「聴覚も遮断したよ。」


『ありがとうございます。それともう一つ。彼らの思考速度を全力で強化してもらえますか?』


「......思考速度を?」


『はい、この状態で思考速度を加速させれば短時間で落とせますので。』


......全力で掛けたらどのくらいの時間感覚になるか分からない。

触覚以外の五感を殆ど封じられたまま放置......?

怖すぎるんだけど......。


「わかった......じゃぁ、かけるよ?」


俺は手加減を一切せずに二人の思考を加速させる。

そういえば母さんに崖から落ちた時に時間感覚をかなり伸ばしてもらったけど......あの時は母さんの魔力も枯渇していたんだよね......。

それであれだけ時間感覚が伸ばせたのだから魔力量による強引な強化だけじゃなく、少ない魔力量で効果を引き上げる方法とかもあるのかな......?

加護を与える者と受ける者の違いと言ってしまえばそれまでだけど......俺とナレアさんにも魔法の得手不得手があるし......使用する魔力量以外にも何かあるのかもしれない。

って、今考えるようなことじゃないな......今度ナレアさんに相談してみよう。

それはそうと......今彼らはどのくらいの速度で時間の経過を感じているのだろうか?

仮に通常の百倍だとして強化魔法をかけてから今で十秒くらい?

千秒って何分だ?

とか考えている間に数秒経っちゃったし......うん、俺も普段から少し加速しているとは言え計算する前に時間が経っちゃうな......あきらめよう。

......時計はないけど、手に持っている物を下に落として時間を計ればファラにどのくらいの速度か教えられるかな?

俺は自分に全力の思考高速化をかけて体感時間を引き延ばし、同時に手に持っていた銅貨を落とす。

......やっべ、百倍どころじゃないぞこれ。

落としたはずの銅貨が空中で静止したまま微動だにしていない。

俺の感覚で三十秒数えたにもかかわらずだ......。

え?

これ不味くない?

一秒が一時間どころの体感じゃないと思うのだけど......。

とりあえず強化を切ってファラに伝えよう。


「あーファラ、彼らの時間感覚、百倍じゃ済まない感じみたいだけど......。」


『そうですか。先ほど銅貨を落としていたようですが......どのくらいかかりましたか?』


「指を放してから三十を数えても銅貨は全く落ちて行かなかった......下手したら十を数える間に半日くらいの体感時間がかかるかも知れない。」


『それは素晴らしい......となると......彼らは既に体感で数日はこの状態というわけですね。思ったよりも展開が早そうです......一度強化を止めてもらえますか?』


「了解。」


俺は二人に掛けた強化魔法を止める。

同時にファラがまた二人に話しかけているようだ。

予想以上に五感を止めた状態で放置してしまった......だ、大丈夫かな?


『意外としぶといですね......ケイ様もう一度お願いしてもいいですか?』


どうやら大丈夫だったようだけど......まだ続けるのか......。

その後ファラは短めだったり長めだったりと......緩急をつけながら尋問を続けていく。

絶対にファラの尋問は受けたくないな......。

そして、今までよりも少し長めに時間を置いた後......ファラの尋問に屈した二人はぽつりぽつりと話を始めた。




......尋問の結果、そこまで多くの事は分からなかった。

一番知りたかった情報......何故カザン君達を狙っているのか、それが分からなかったのが痛い。

成功例という言葉の意味も知らなかったしね。

下っ端は作戦の目的や詳細については知らされていないと言うことだろうか。

しかし組織については少し分かった。

その組織は『檻』と呼ばれているらしい。

なんとも不穏な組織名だね......。

その目的は生命を支配する事らしいけど......これについてはなんか嘘くさいというか、生命を支配するってどういう意味だ?

いや、この二人が嘘をついているっていう意味ではなく......組織の目的自体がって意味だけど......。

まだ世界征服とか言われた方が......嘘くささは変わらないけど......意味は分かる。

まぁ征服してどうするかは分からないけど。

字面からして......不死を目指しているとかですかね......まぁこれに関しては寿命を失ってしまった俺から言えることは特にない。

まぁ失くしたとは言え、まだ三年程しか時間は経っていないし実感はない......これから先苦労しそうだけど......。


「生命の支配か......なんだか随分と怪しい目的のようだが......そこにそんなに求心力があるものかね?」


「そもそも自分が所属している組織が何を目的としているか明確に分からないって言うのも......どうなのでしょうか?」


「見捨てられたことに何の不満もなさそうだったな......ありゃ洗脳ってやつかもな。」


「洗脳......ですか?」


また不穏な単語が出てきましたね......。


「あぁ、俺も詳しく知らねぇが......昔、都市国家群の北の方にあった国でそういったことが行われていたらしい。狂信者とも呼べるような存在が自らの命を投げうって戦っていたらしい。」


「そういうものって外にいる人間には絶対理解出来ないものですよね。」


「あぁ、俺が冒険者になる前にその国は滅んだんだが......その名残で俺が冒険者になってからも北の方は随分と荒れていたもんだ。」


傭兵が多かったって頃の話か。


「その......檻でしたっけ?その組織もその辺の国と関係があったのですかね?」


「洗脳ってのは、俺がなんとなくそう思っただけだからな。まぁこうやってグラニダの中に入り込んで色々と引っ掻き回していたりすることを考えて、その可能性も零ではないかもしれないが......普通に考えれば関係は無いと思うけどな。」


何でもかんでも陰謀に結び付ける必要は無いか......。


「聞いた相手が下っ端だからなのか......相手の組織......檻については全然分かりませんでしたね。」


「せめてカザン達を捕まえようとする理由が分かればよかったんだがな。」


「......そうですね。」


「まぁ......この尋問で心が折れないやつはいないだろうし......知ってることは洗いざらいだと思うが......。」


「......僕なら最初の段階で泣いて謝ったと思います。」


五感を封じられて身動きすら出来ない状態で何日も放置......想像しただけで涙が出そうだ。

とりあえず、彼らはもう少しファラに尋問された後セラン卿に引き渡される予定だけど......この場だけを切り取って見れば、同情を禁じ得ないな。

まぁ何をしでかしたかを考えれば......欠片も同情する気にはなれない......気がしないこともないような......あるような......複雑だな。


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