第209話 優先すべきもの



「改めまして、レギ様、ケイ様、よろしくお願いいたします。」


俺とレギさんはトールキン衛士長の部屋に案内されていた。

使用人用の部屋だろうか?

広さはあまりなく、家具も質素なものが用意されているが造りはしっかりしていて客間よりも落ち着いて休めそうな気がするな。


「こちらこそよろしくお願いします。トールキン衛士長。それと私達の事は様などと付けずにお呼びください。」


「承知しました。それではレギ殿とお呼びさせていただきます。」


「ありがとうございます、トールキン衛士長。それではお話を始めさせていただく前に......失礼ながら一つお聞きしたいことがあります。」


「......なんでしょうか?」


レギさんの確認したいことは多分......分かる。

恐らく俺が気にしていたことと同じだろう。

そして、なんとなくだけどトールキン衛士長も何を聞かれるか分かっているような気がする。


「私達は紛れもなく部外者です。突然現れた私達があなたの領域に無遠慮に足を踏み入れて......ご不快ではありませんか?」


レギさんは目を逸らすことなく真っ直ぐトールキン衛士長を見つめながら問う。

トールキン衛士長は静かにその視線を受け止める。


「思う所が何一つもないと言えば嘘になりますが......私は密偵です。任務の達成以上に求める物はありません。それが自らの手で成せなくとも問題はありません。」


そこで言葉を区切ったトールキン衛士長は初めて表情を変化させる。


「勿論。私の手で、と言う思いが全く無いわけではありませんがね。」


先程セラン卿のいた部屋にいた時に感じた覇気のなさ......それが嘘のような......力強さを滾らせた目でレギさんを見つめる。

流石密偵ってところなのかな?

どれが本当の姿なのか......こうして相対していても全く分からない。


「それは良かった。これで我々も貴方達を信頼して、気兼ねなく全力で事に当たれます。」


「はい、一秒でも早く不届きものを捕らえられるように協力してことに当たらせていただきたいと思います。」


レギさんが手を差し出しトールキン衛士長がその手を握る。

矜持もあるし信念もある、それ以上にあるのはグラニダへの忠誠心ということなのだろう。

優先するべきは結果で、そこに辿り着く為ならば自分の意志は必要ないということか。

自分の命まで計画に組み込んだカザン君のお父さん......その在り方に似ている気がする。

トールキン衛士長も目的のために自分の命が必要になったら、躊躇いなく投げ出しそうな気がする。


「まずは私達の得ている情報をお渡ししたいのですが......申し訳ありません。セラン様もおっしゃっていましたが、手がかりと呼べるようなものは未だ掴めていないのが現状です。」


「厄介な相手ですね。」


先程まであった覇気のようなものを完全に消してトールキン衛士長が淡々と告げてくる。

内心は色々思う所があるのだろうが......それをかけらも感じさせない、なんだったら他人事のように言っているな。


「私達が調べた内容、そして結果は全てお伝えします。私達が気づけなかったことにレギ殿達なら気づけるかもしれませんし......調べつくしたと思っていても穴があるかもしれませんからね。」


そう言ってトールキン兵士長はいくつかの羊皮紙をテーブルに置く。


「こちらは周辺勢力の情報になります。可能性は低いと考えていましたがやはり私達が調べたところ周辺勢力の仕掛けと言うことではなさそうです。」


そう言いながらテーブルに置いた羊皮紙をいくつか広げて見せてくれる。


「なるほど......確かに周辺勢力の力では正面切ってグラニダと戦うのは無理そうですね。」


レギさんが羊皮紙に書かれた内容を見ながら言葉を続ける。


「専業軍人はほとんど存在せず、戦場に上層部の......文官が指揮官として立つ事も少なくないのですね。兵は戦ごとに徴兵......訓練らしい訓練は殆ど無し......戦法は突撃のみ......グラニダとは戦力として規模が違い過ぎて戦争にもならないのでは?」


「はい。何度か攻め込まれた......国境付近で槍を交えたとこはありますが......正直野盗の集団と大差ない練度ですね。専業軍人として訓練を受けているグラニダの兵とでは戦力に開きがありすぎます。」


「だからこそ搦手を仕掛けてくるのではないですか?」


レギさんの問いにトールキンさんも軽く頷く。


「おっしゃる通りだと思います。ですので私達もその手の動きを一番警戒していました。しかし周辺勢力の結託も新設の特殊部隊の設立の動きもありませんでした。」


「周辺勢力の組織図に動員できる兵数、装備、指揮官と戦歴。これだけ相手の戦力を丸裸に出来ていて特殊部隊だけを見過ごすのは不可能に近い。主たる勢力以外にも......大小さまざまな組織があるようだが......どれも今回仕掛けられた陰謀を制御するのは無理か。」


レギさんが周辺勢力についての資料を流し見しながら言う。

確かに......周辺勢力がグラニダに仕掛けてくるにはちょっと無理があり過ぎる......予想以上の戦力差だ。

国対村みたいな感じ......人口も桁が二つくらい違うし動員できる兵数も似たようなものだ。


「これだけの戦力差がありながらなお、グラニダは外に領土を増やそうとしなかったのですね......。」


確かに、戦えば簡単に領土を取れそうなものだけど......。


「そうですね。グラニダの領土はこの地方では大きい方ですが......人材は豊富とは言えません。今以上に領土を広げたとしても管理が行き届かないのです。無責任な領地の拡大はその土地に住む民を不幸にします。歴代のご領主様方はそのことをよく理解されて......カラリト様もよくそのように領土拡大を謳う貴族を諫めておられました。」


「本当にグラニダのご領主は思慮深い方々なのですね。」


なるほど......確かに管理しきれないものを手に入れてもね......周辺勢力では争いが絶えないらしいけど......その辺の事を理解しているのだろうか?


「近年の難民政策が上手くいったので人口が右肩上がりでしたし......カラリト様は将来的に庶民からも官職に着けるような環境や法を作ろうとしていたのかもしれません。」


「なるほど......面白い試みだと思います。」


「教育は大変でしょうけどね......っと申し訳ありません。話が逸れましたね。これらの資料から周辺勢力の仕業とは考えにくいと言うのが我々の結論です。」


「そうですな......私も周辺勢力の暗躍は考えにくいと思います。もっと直接的に御領主の暗殺等であったのなら周辺勢力の仕業とも考えられたのですが......。」


うん、レギさんの言う様に策謀を張り巡らせるというよりも短絡的な暴力で仕掛けて来ていたのなら周辺勢力を疑えたのだけど......。

まぁ被疑者は少ない方が楽かな?


「私達は現在内部の者を調べています。怪しい人物は領都の方で更迭されていますが......やはりあれ程の規模で陰謀を張り巡らせることのできるような勢力は存在しません。」


「大本命であるアザル兵士長はどうなのですか?」


「......あの者も調べているのですが......結果は芳しくありません。勘も鋭く下手に近づいた部下が何人もやられています。」


「そうでしたか......、」


アザル兵士長は怪しさ大本命だけど......調べるのが難しいのか......。

個人の武勇に優れるタイプってカザン君も言っていたからな......。

レギさんが少し考えるそぶりを見せた後視線を俺に向ける。

俺から言うべきか。


「トールキン衛士長。アザル兵士長の調査ですが、私達に任せてもらえませんか?」


「よろしいのですか?恐らく、ケイ殿が想像している以上にアザル兵士長は危険な人物ですよ?」


「はい、任せてください。」


俺が即答するとトールキン衛士長が軽く頷く。


「それではアザル兵士長の調査はケイ殿達にお願いしたいと思います。私共はアザル兵士長以外の調査に全力を尽くします。現在調べることが出来ているアザル兵士長の情報はこちらにあります。」


一瞬のためらいもなく、目下一番怪しい人物の調査を俺達に任せてくれるトールキン衛士長。

本当に凄い方だな......


「ありがとうございます。一度他の仲間も含めて話をしておきたいと思います。セラン卿から改めて依頼されてからそのままですので。」


「承知いたしました。私は暫く屋敷の方に詰めていますので方針が決まったらお知らせください。」


トールキン衛士長が立ち上がり一礼をする。

俺はアザル兵士長の情報の書かれた羊皮紙を持って立ち上がり頭を下げる。

アザル兵士長か......ファラには無理をしてもらうことになるかもしれないけど......ネズミ君達なら色々と調べられるはずだ。


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