第172話 大層御立腹



「なるほど......確かに貴方の言うことは間違ってはいないだろうな。」


年配の人の話を聞いてレギさんが返答する。

備えずに油断する方が悪いって言い分を受け入れるってことだ。


「お分かりいただけたようで。それではお話を聞いてもらえますかな?」


「あぁ、その前に少し失礼。ケイ、左を。ナレア、右を頼む。」


レギさんの言葉を聞くと同時に俺は一気に左に伏せている二人の元へと飛び掛かる。

突如接近されて慌てふためく二人は、碌な反撃も出来ずに顎を撃ち抜かれて崩れ落ちる。

振り返るとナレアさんが同じように反対側に伏せていた二人を無力化したようで、足元にうずくまる人が見えた。

俺は動けない二人の足を掴んで引きずり、レギさんの元に戻る。


「さて、何か勘違いをされていたようだから認識を改めさせてもらいました。」


レギさんが怒りを押し込んだような声で話し始める。


「それでは、話を続けますか?」


レギさんのそれは演技だと俺達には分かるけど......見た目も怖いからな、相対している人にとっては威圧感が半端ないだろう。

彼の言う備えも一瞬で食い破られて力関係も明白だ。

そんな相手に高圧的に事を進めようとしていたのだから......顔面蒼白になるのは無理もないだろう。


「......そ、それは。」


リィリさんとナレアさんが一人ずつ引きずって戻ってくる。

俺が戻ってきたので入れ替わりにリィリさんがナレアさんの荷物を半分引き受けに行ったのだろう。


「正直話を聞くつもりはかなり失せてはいますがね。」


「......その者たちは解放していただけるのでしょうか?」


「さっきから随分と一方的に物を言いますな。貴方の言い分だと備えが足りないほうが悪いのでは?」


「私たちには手段を選べる程の余裕はないのです。」


「それはそちらの言い分で、私達には何一つ関係ありませんね。」


レギさんと話をしている年配の人は顔色がどんどん悪くなっていくな。

それにしてもこんなに攻撃的な交渉をするレギさんは初めてだ。


「......。」


「大した金にはならないでしょうが、奴隷商にでも売りますかな。大した脅威ではありませんでしたが、迷惑料ぐらいにはなるでしょう。」


奴隷商っているのか......都市国家でも龍王国でもそういうのは聞かなかったけど......。


「......この辺には奴隷商も来ないと思いますが。」


「そうですか、では邪魔になるので処理しましょうか。幸い今は傍にいませんが、うちには大飯喰らいがいますからな。」


その大飯喰らいってグルフの事ですよね......?

住んでいた場所も人里離れていたし人を食べたことはないと思いますが......。

俺達と一緒に行動するようになってからは人を自分から襲うことを禁止しているしな、人前に姿を現すこともないはずだ。


「......申し訳ありません。私共が貴方達に支払えるものは殆どありません。ですがその者たちを解放してはもらえないでしょうが?」


「弱者を理由に横暴に振舞う者たちに同情するつもりはありませんが?」


「見たところ貴方達は龍王国から来たのではないですかな?」


「それが何か?」


突然話の方向を変えたような気がするけど......何の意図があるのだろうか?

ただ、なんとなくレギさんは相手の言いたいことが分かっている様な節があるけど......。

俺はレギさんの横顔を見ながら相手の次の言葉を待つ。


「この辺りの情報が必要ではありませんか?私共の提供できる唯一の物です。どうかそれでご寛恕いただけませんか?」


「......内容次第ですね。」


レギさんはそう言うと少し敵意を抑える。

空気が和らいだのを感じたのか相手も肩の力を少し抜いたように感じられる。


「私共は辺りの情報を集めて周辺の国に売ることを生業としております。必ずやご満足いただけるだけの情報をお教えできると思います。」


「とりあえずこのあたりの地形。危険地域、集落の位置最低でもこの辺りは欲しいところですね。」


「その程度であれば問題ありません。羊皮紙をいただけますか?」


カバンから羊皮紙を取り出して渡すとさらさらとこの辺の地図を描いていく。

所々手が止まり考え込むような素振りもあるが......概ね問題なさそうに地図を描き進めていく。


「私は文字が書けないので後はお任せします。」


そう言って付近の大雑把な地図の描かれた羊皮紙を渡してくる。


「説明いたします。まずは後方に広がる森から......。」


地図を指さしながら年配の人がレギさんに説明しているのを横で聞いているが......あまりこの付近に大きな街なんかはないみたいだ。

まぁ元々この辺は素通りする予定だったから問題はないかもしれないけど......。

しかし水源は後ろにある森の中だけなのかな......描かれている地図には川なんかもないみたいだけど......。


「大体分かりましたが、貴方達の集落はどこですか?」


「......といいますと?」


「情報を取引材料にするくらいですから、この付近に住んでいると考えるのが普通かと。他国の間者と言うには色々とお粗末ですしね。」


......演技だと思っていたけど、俺の考えていたよりもレギさんかなり怒っている気がする。

ここまで刺々しいレギさんは記憶にないな。


「別に貴方達の集落を襲撃するとかいう話ではないですよ。教えたくないならそれで構いません。ただ、こうやって隠された情報がある以上、今聞いた内容にどれだけ信憑性があるのかと。」


「......。」


年配の人はまた顔色真っ青になっているし......。


「さて、話は終わりですね。彼らを起こしてお引き取り下さい。」


「よ、よろしいので?」


「えぇ。」


レギさんはもう用はないと言うように背を向けてたき火の方に近づいていく。


「あの、少し話を......。」


そんなレギさんに追いすがるように年配の人は声をかけるが......。


「私は貴方達の事情に興味はありません。早々にお引き取り下さい。」


「......。」


まだ何か言いたそうに年配の人はしていたが、傍にいる人に俺たちが引きずってきた人たちを起こす様に命じる。

俺が倒した二人は顎を撃ち抜いただけだから話している間に動けるようになったみたいだけど、ナレアさんが倒した人たちはまだ悶絶している感じだな。

思いっきりボディブローでも叩き込まれたのかな?

何とか二人を助け起こした彼らは何か言いたげな様子を見せながら引き上げていく。


「話を聞かなくて良かったのですか?」


「ケイ、それはお人よしが過ぎるぞ。」


「うむ、ケイのそれは美徳ではあると思うが、今回は甘いと言わざるをえんのう。」


そこまで彼らの行動は良くなかっただろうか?

警戒するのは当然だと思うけど......。


「ケイはあいつらが警戒するのは当然だからそこまで怒らなくても、って思っているんだろ?」


「えぇ、危険な土地ですし。警戒して当然じゃないですか?」


「あぁ、警戒するのは当然だな。だが前提として、あいつらから近づいて来ているんだぞ?」


......確かに。


「危ないところには近づかない、ケイならそうするな?」


「えぇ、母さんに何度も言われました。」


魔力を使えるようになるまでは絶対に余計なことをするなって言われて、出来る限りそれに従って動いたと思う。


「確かに集落の近くに不審な奴らがいれば警戒は必要だし、どうにかして情報を集めようとするだろう。あいつらだって問答無用で襲い掛かってきたわけじゃない。だがやっていることは野盗と大して変わらないだろ?」


健全とは言い難い......というか交渉の場に最初から暴力をちらつかせている時点で真っ当ではないな......。


「いつでも襲い掛かれる手はずを整えてから交渉を開始する。まぁ一つの手段ではあるが、やられた方が気分は良くないな?」


「......当然です。」


「それを破られても悪びれもせず、弱者なんだから許せと来たもんだ。」


確かに......そんな感じの事を言っていたな。

手段を選ぶ余裕はない、だったか?


「挙句の果てに情報を扱うことを生業としているといって出してきたのがこれだ。」


羊皮紙をひらひらさせながらぶぜんとした表情を見せるレギさん。

ナレアさんはあまり普段と変わらない様子だけど、リィリさんはレギさんと同じように随分と面白くなさそうな顔をしているな。


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