第86話 忘れてました



正直忘れていたこともあってこれは殆ど使ったことがない。

練習......手合わせとは言えいきなり実戦に投入してもいい物だろうか?

この状況を打開するにはいい手段ではある、遠距離でも出来るとは思うけど......接近して使うべきだな。

初めての実践投入だし力加減も難しい、慎重にやる必要がある。

とりあえず実験台にしてしまうナレアさんには謝っておこう。


「あー、ナレアさん。」


「なんじゃ?降参か?」


「いえ、これからちょっと実験的な事をしようと思うので先に謝っておこうかと。」


「実験じゃと?」


「えぇ、お付き合いしていただけたら嬉しいなと。」


「愛の告白なのじゃ?」


「......ちょっと危険かもしれませんがいきますねー。」


「酷い男なのじゃ......その態度は傷つくのじゃ。」


ナレアさんの言葉にレギさんとリィリさんの二人が反応して何やらヒソヒソと小声で話している。

流石にこの距離では聞こえてこないが、多分聞こえないほうがいい類の会話に違いない。


「......なんか謝りたくない感じなんですよね......間違いなくからかわれていますし。」


「異なことを。妾は常に誠意と愛のある対応をしておるのじゃ。」


半眼でナレアさんの事を見つめるが全く意に介さない。


「信じてもらえないのは悲しいのう......これは誠意を伝えるためにお仕置きが必要じゃな。」


台詞の前半と後半の繋がりがちょっとおかしいですね......。


「そんなバイオレンスな誠意の伝え方は初めてです。」


「ほほ、お主も試してみるとよい。存外伝わる物じゃよ......相手を選ぶ必要はあるがのう?さてお喋りはこの辺にするのじゃ。お主が何やら奥の手を出すようなので妾ももう少し激しく行くとするのじゃ。」


そう言うとナレアさんは浮かべていた笑みを消す。

じゃぁ二回戦と行きますか。

一度軽く深呼吸をして先ほどまでと同様に距離を詰めるべく足を踏み出す。

距離は二十メートル程、ナレアさんの攻撃が始まる十メートルの手前で一気に加速する......とか考えていたらナレアさんから魔力弾が撃ちだされた。

先程までより弾のサイズは小さいが速度が段違いだ。

慌てて回避するがナレアさんの攻撃は連続して放たれる。

ナレアさんの方をちらっと見ると非常にいい笑顔だった。

上手いこと嵌められた、先ほどまでの射程と弾速はブラフだったようだ。

この様子だとまだ騙されている可能性も高いね......。

飛んでくる魔力弾を打ち払って迎撃とかしたいけど......触れた瞬間爆発する可能性もあるし下手に触れるのはやめておこう。

魔力弾を躱して崩れた体勢を強引に戻し、続けざまに飛んでくる弾を迂回して回り込むようにナレアさんに近づく。

迂回する俺を追いかけるようにナレアさんは手を横薙ぎに振るう。

先程はブラフだったようだが、今回は魔力視によって見えている。

横薙ぎの斬撃と言った感じの魔力がナレアさんから放たれるのが見えた。

速度はあまり速くない、斬撃型の魔力をスライディングの要領で滑り込んで躱す。

追撃で魔力弾が飛んでくるがスライディングをした時に拾った石を投げつけて迎撃を試みる。

結構な勢いで投げつけたのだがあっさりと石は魔力弾に弾かれた。

少しも勢いが削がれなかったのは予想外だったが難なく躱しさらに距離を詰める。

とりあえず接触しても魔力弾は爆発しないみたいだ......弾によって特性を変えられなければだけど。

ナレアさんまでの距離は残り十メートル程、もっと距離が近くなった時にあの斬撃タイプを出されると簡単には避けられないが......多分地面を陥没させるかなにかしてこちらの体勢を崩してから放ってくるはずだ。

ナレアさんの作戦に見事にはめられている感じはあるが、向こうは向こうで俺の身体能力を脅威に思っているはずだ。

足を止めてはいるが先程までとは違い、距離を取るように戦おうとしているように感じる。

ナレアさんの腕が横に薙ぐような位置に上げられる。

本当にその動作が必要か分からないがその手が振られるよりも早く右に跳ぶ。

その動きを見た瞬間ナレアさんが餌に食いついたと言わんばかりの表情を浮かべた。

でも、こっちも予定通りなんですよね!

着地地点よりも手前で強引に足を伸ばして逆方向に跳びなおす。

こんな無茶な動き強化魔法で運動能力と思考速度を強化してなきゃ絶対不可能だね。


「なんじゃと!?」


ナレアさんの驚愕の声と同時に本来の着地地点の地面が陥没しているのが見えた。

今まで俺の足を取っていたような小さな凹みではなく、結構な規模の陥没だ。

ナレアさんは体勢を崩しているわけではないが、渾身の一撃だったのか距離を詰める俺の動きに対応が遅れる。


「くっ!」


ナレアさんがこちらに向きなおり横薙ぎの魔力が撃ちだすが、それより一呼吸早く俺は飛び上がりナレアさんの頭上を越えて反対側に着地する。

交差したのは一瞬だったが、今回はそれで十分だ。

飛び越えた一瞬で俺は用意しておいた魔法をナレアさんに掛けている。

飛び越えて背後を取った俺に向きなおろうとしたナレアさんがバランスを崩して倒れた。


「な、なんじゃ!?」


倒れているナレアさんに俺はゆっくりと近づく。

ナレアさんは起き上がろうとしているが体に力が入らず地面でもがくだけだ。

立ち上がることは出来ないみたいだけど、魔力弾を撃ったりは出来るはずなので油断せずに近づいていくがナレアさんは地面を掻くように動くだけでこちらを攻撃する素振りは見せない。

側に立ってもナレアさんは何もできないようなので、顔を覗き込むようにしゃがむ。


「僕の勝ちですね。」


「わ、妾に一体何をしたのじゃ!」


「今元に戻します......僕の勝ちなんでいきなり撃ったり、穴に落としたりしないでくださいね?」


恨みがましくこちらを睨んでいるナレアさんに一応釘を差してから魔法の効果を解除する。

効果が切れたのが分かったのかナレアさんは弾かれたように飛び退る。


「なんじゃ!?今何が起きたのじゃ!?何故いきなり妾は体が動かなくなったのじゃ!?」


少し離れた位置からナレアさんが凄い剣幕で捲し立ててくる。


「秘密です。」


思わずニヤニヤしながらナレアさんに答える。

するとナレアさんがムキーと言わんばかりの表情と動作で俺に詰め寄ってくる。


「なんじゃそれは!ふじゃけるにゃ!」


興奮しすぎたのか思いっきり台詞を噛むナレアさん。

いつものように余裕を見せながらからかってくる態度と違い小動物ぽくって中々可愛い。


「何をニヤけておるのじゃ!妾を実験台にしたんじゃろ!?教えてくれたっていいじゃろ!?」


まぁ......確かにそれはそうだけど......なんかもう少し見ていたい気もする。

今回俺がナレアさんに掛けたのは弱体魔法だ。

母さんの加護で使える魔法の内、回復と強化にばかり気を取られてすっかり忘れていたが......相手の身体能力を下げる魔法があったのだ。

全身に掛けて内臓......心臓まで弱体化しちゃったら大変なことになると思ったので今回は手足の力だけ下げることにした。

動きがぎこちなくなるくらいだと予想していたのだけど、効果は絶大だった。

母さんは弱体魔法はあまり好きじゃないって言っていたから何となく使わないうちに忘れてしまっていたけど......これは非常に使い勝手が良さそうだ。


「何をぼーっとしておるのじゃ!?無視なのか!?放置なのか!?弄んだ挙句、事が済んだらポイ捨てするのじゃ!?」


おう......考え事をしている間に若干涙目になったナレアさんが誤解を招くようなことを叫び出している。

ここが街中じゃなくて本当に良かった。


「えっと、そんなことはしませんが......僕の切り札的なものなので詳細は省いてもいいですか?」


「む......そう言われると......是が非でも知りたい所じゃが......我慢するのじゃ......。」


「ありがとうございます。簡単に言うと、相手の腕力や脚力を一時的に奪ったって感じですね。」


「手足の力を奪う?」


「えぇ、先ほどのナレアさんは力が入らずに立ち上がることが出来なかったという事です。」


「そんな魔術式聞いたことがないのじゃ......遺跡からの発掘品にしても魔道具を使っているようには見えなんだが......いや、古代の魔道具ならそのような効果もありえるのじゃ......。」


ナレアさんが考え込んでしまったが、流石にナレアさんに魔法の事を話すわけにはいかないし今は魔道具ってことで納得してもらいたい。

嘘をつくつもりはないのでこちらから魔道具を使いましたとは言わないけどね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る