第5話
その翌日も、そのまた翌日も、ロイドはフランソワの仕事を手伝いに来た。
仕事が早く片付くことは確かに助かるといえば助かるが、王族の人間にこんなことをさせているいう罪悪感と、いくら仕事を手伝ってもらったところで話せないものは話せないのだから、その点に関しては迷惑以外の何でもなかった。
勿論、そんなことをロイド本人に言うわけもないので、とりあえず感謝の意を述べると、空気の読めないロイドは嬉しそうに笑う。
その笑顔が、フランソワの心境を複雑なものにさせた。
「フランソワさん、今日もいつものところでお話しませんか」
「………」
あれからほとんど毎日、ロイドと一緒に昼食をとりながら例の件について話をしてきたが、実をいうと、フランソワは今日こそ誘いを断るつもりだった。前にもいったことだが、ロイドはドリスの弟として、真相を知りたいのかもしれないが、フランソワにとって、例の、婚約破棄の事実を語ることはリスクを伴うだけで何のメリットもないし、そもそもフランソワ自身もこの件についての全貌を知っているわけではない。
ドリスのことはもう忘れたいし、あの件についても忘れたい。それなのに、ロイドの澄んだ瞳と筋の通った鼻、どこかドリスの面影がある顔を見ると、いつもドリスのことを思い出してしまう。嫌だった。
だから、今日はついに、それらの理由を話し、
ロイドの誘いを丁重に断った。
しかしロイドからの返答は、意外なものだった。
「フランソワさん。あなたは勘違いしています。確かに僕は、兄弟として今回の件についての真実を知りたいと言いました。
しかし、もうひとつ理由があります。
僕は、兄がしたことはフランソワさんに対してあまりに申し訳ないことだと思っています。
だから、弟として兄の責任を明らかにし、フランソワさんに賠償を行いたいと思うのです」
賠償。その言葉に、フランソワは引っかかった。引っかかったというと語弊があるかもしれないが、この時フランソワの頭の中に浮かんだのは、莫大な慰謝料だった。
ロイドのおかげで真相が公になり、賠償金が頂けるなら、自分の生活が少しは楽になるかもしれない。母親であるナタリーに楽をさせてやれるかもしれない。
リスクは伴うが、乗らない手はないと思った。
「ロイド様。お心遣い、ありがとうございます。そんなことまで言って頂けたら、是非、私のお話し出来ることはなんでも、お話しいたします」
「本当ですか!ありがとう!」
フランソワは自分でも少々現金であることは自覚していたが、生活のためにはそんなことは言っていられなかった。
そして、ロイドもまた、フランソワの弱みにつけこんだのである。もっとも、それはお節介からくる善意であることは確かである。
「フランソワさん、あなたは真実を知っているのですか」
「いいえ。全てを知っているわけではないんです…」
これに関しては本当だった。誤魔化しているわけではない。話したい気持ちはやまやまだが、フランソワ自身も全貌を知っているわけではないので、迂闊なことを言うわけにはいかない。
フランソワの答えに一瞬、少しロイドはがっかりした様子を見せたが、すぐに気を取り直して違う観点からアプローチをかける。
「そうですか、分かりました。では、濡れ衣を着せられたことに関して、何か心当たりはありますか?」
「………」
「どうやら、あるようですね」
図星だった。何と答えたら良いか分からなくてフランソワは黙り込んでしまったのだが、流石は正直者。表情に出てしまっていたらしい。
ここは認めるしかない。
「はい……一応あるのですが…」
ロイドの表情に、期待の色が灯る。
「おっ。では、あくまでもフランソワさんの見たてで良いのでお聞かせ願えませんか」
「は、はい…そうですね、ええっと…」
言いにくいに決まっている。何故ならば、今回の冤罪に噛んでいるフランソワがと踏んでいる人物は、アリアス夫人だからだ。
つまりロイドの母親にあたる。ここでアリアス夫人の名前を出せばロイドは傷つくだろうし、ないより失礼にあたる。そしてさらには、フランソワが冤罪事件を自分の母親のせいにしていることにロイドが腹を立てた場合、面倒なことになりかねない。
「それはちょっと……言いにくいな…」
「母、ですか」
衝撃の一言だった。何とロイドは自分の口から、冤罪を吹っかけた犯人として、アリアス夫人、つまりは自分の母親の名前を挙げたのだ。
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