56
俺は立花生花店を出発し、希ちゃんの家に向かった。
「ねぇ……明日香君。立花生花店のおばあさんと知り合いだったの?」
「いや……。コンビニの取引先なんだ。店の場所を聞いたら代官山で、希ちゃんちの近くだったから……」
「そうなんだ。同じ代官山だからかな。ママのことを知っているみたいだったし、私も初めて逢った気がしなかった。すごく優しいおばあさんだったね。お店も可愛くて、また行きたいね」
希ちゃんは薔薇の花束を胸に抱き、その香りを楽しんでいる。
「そうだね」
――ちゃんとあったかな。
机の抽斗の中に、翔吾からのプレゼント……。
翔吾が渡せなかったプレゼント。
母親が手にしてくれたら、きっと翔吾も喜んでくれているはず。
立花生花店から車で十五分。希ちゃんの家に着くと、エンジン音を聞き、舞さんが玄関先まで出迎えた。
俺は車から降り、舞さんに挨拶をする。
「こんにちは」
「明日香君こんにちは。どうぞお上がり下さい」
「……いえ、今日はアルバイトがあるのでこのまま帰宅します」
希ちゃんが花束を舞さんに差し出す。
「ママ! いい香りでしょう。ピンクの薔薇と白い霞草だよ。ラッピングもリボンもピンクなんだよ」
舞さんは花束を受け取り、その香りを楽しむ。
「まあいい香りね。これはアルフォンスドーテかしら? 希、この花束どうしたの?」
「あのね、明日香君と一緒に代官山にある花屋に行ったの。そのお店のおばあさんがママにプレゼントしてくれたんだよ」
「えっ……? 私にプレゼント? 代金は払わなかったの?」
「うん。おばあさんがママにって。ママの好きな花を選んでくれたんだ。代官山の立花生花店って、ママ、行ったことあるの?」
「立花……生花店……」
舞さんは驚き、言葉を失った。
「ママ……?」
花束を抱き締めたまま、溢れ出した涙が舞さんの頬を伝った。
「ママ、どうしたの?」
「……ごめんなさい。おばあさんはお元気だった?」
「うん。すごく優しくて……。不思議なんだ。初めて逢った気がしないくらい懐かしい気持ちになったの。おばあさんがママに『宜しくお伝え下さい』って……」
「そう……お元気だったのね。よかった……。本当によかった……」
「ママ……」
「二十歳の頃にお店に行ったことがあるの。あれから……ずっと行ってないのよ。同じ場所にまだお店があるのね……。ママも……おばさんに逢いたいな。今度……連れて行ってね」
「うん、いいけど……。ママ、大丈夫?」
舞さんの涙は止めどなく溢れた。
震える背中が……とても小さく見えた。
あれから十九年……。
舞さんも翔吾の家族も哀しみを抱えたまま生きている。
翔吾もまた、事故の罪悪感に苛まれながら……。
いまでも俺を通じて現世を彷徨い続けているんだ。
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