希side

31

 大学から戻ると、母は縁側に腰掛け空を見上げていた。母の膝の上には仔猫のメイ。いつの間にか、母の膝の上はメイの指定席となり、気持ちよさそうに眠っている。


 声を掛けようとしたが、母の目からツーッと涙がこぼれ落ち、一瞬言葉をのみ込んだ。


「希……?」


「ママ、ただいま……」


「気付かなかったわ。お帰りなさい。今日は寄り道せずに帰ったのね?」


 母は慌てて涙を拭い、後ろを振り返り微笑む。


「酷いな、毎日寄り道してるわけじゃないよ。ちゃんと図書館で勉強してるんだから」


「ごめん、そうだったわね。希も座りなさい。今日は青空で気持ちのいい一日だったわね」


 視力のない母だけど、肌で感じる風と気温でその日の空模様は大体わかるらしく、大抵あたっている。母の目にはまるで青空が見えているようだ。


 私は学生鞄を置き、母の隣に腰を降ろす。

 

「あのね……ママ、この間、車で迎えに来てくれた男子のこと覚えてる?」


「覚えてるわよ。賑やかな田中君とママをナンパした勇気ある明日香君だっけ?」


 母は冗談を交えて笑った。

 『ママをナンパした勇気ある明日香君』か……。

 母の第一印象は最悪だよね。


「ママのカンでは、希は明日香君のことが気になってるのかな」


「えっ……どうしてわかるの? 明日香君と私は友達なんだよ。明日香君は私といてもちっとも楽しくなさそうだし、私が他の男子と一緒に居ても全然気にならないみたい。それって私に興味ないってことだよね?」


 私は母に恋の悩みを相談する。悩みごとはいつも母に聞いて貰っていた。そうすると気持ちがスッキリするから。


 でも千春から嫌がらせを受けていることは相談出来ない。

 母の前では決して弱音は吐かないと、物心ついた時からそう決めているから。


「明日香君の気持ちがわからなくて、それで悩んでるのね。そうだ、今度田中君と明日香君と遥ちゃんを呼んで、家で食事でもしない? ドライブに連れて行って貰った御礼にママがご馳走するわ」


「ママ、本当にいいの? 男子を家に呼ぶなんて初めてだしきっと大変だよ」


「そんなことないよ、パパと暮らしていた頃は達哉君がよく遊びに来てくれたでしょう。パパも達哉君のことを息子のように可愛がってたよね。達哉君も一緒に招待する?」


「……達哉君はちょっと。友達のグループが違うから」


 達哉君には告白されたばかり。

 明日香君と達哉君と一緒に逢うのは気まずい。


「そう? 今度、達哉君にも逢わせてね」


 母は達哉君がお気に入り。

 我が子みたいに可愛がっていた。


「……うん。でも、明日香君来てくれるかな。断られたりして……」


 片想いの明日香君。

 せっかく仲良くなれたのに、明日香君の様子は沈みがちでずっと気になっていた。


 明日香君が元気になってくれるなら、私はどんなことだってする。苦手な料理だってチャレンジ出来る。


「明日香君は必ず来てくれるわよ。メイもいるしね」


 ドライブの途中に拾ったメイ。

 メイが私達の恋のキューピッドになってくれたらいいのにな。

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