第24話

「これだから重要な仕事は憲兵団に任せられないんだ。なぁ、ロッシュ。でかい面だけしやがって、たったひとり守る事すらできない無能の集まりだからな」


「腕の立つ冒険者をこの場所に配属するのは採算が取れないと駄々をこねたのは、何処の誰だったか。覚えているか? ガドック。私の記憶では豚の様な相貌の男だったと覚えているのだが」


 ガドックは苛立ちを隠さず、憲兵団の責任者――ロッシュ兵長へと葉巻の煙を吐きかけた。

 一方でロッシュ兵長は巌の様な表情を動かさず、視線だけをガドックへと返していた。 

 

 憲兵団と冒険者ギルドの責任者という立場の人間が集まっているにも関わらず、場の雰囲気は最悪だった。

 いや、この二人が顔を合わせてしまったから、最悪となったと言った方が正しいか。

 魔術師や憲兵がせわしなく行き来している中でも、ふたりは今にも殴り合いを始めそうだ。

 そんなことをしている暇などありはしないというのに。


「今は余計な火種を作っている暇はないだろ。彼女……イノーラは助かるのか?」


「それは、わからん」


 ロッシュ兵長が短く答えるが、その答えも俺からしたら妙な返答だった。


「回復魔法が使える魔術師がいれば、外傷はふさがったはずだ。それなのに、まだ容体がわからないのか?」


「術師によれば、なにかしらの毒素を受けているらしい。高位の魔物の毒なのか、今いる術師では解毒ができないのだ」


「また厄介な。せめてどの魔物の毒なのかが判明すれば解毒方法も分かるはずだが」


 なんの毒が使われたか判らなければ、解毒も難しい。

 普通の魔法で解毒できないほど強力な毒となれば、多少は絞れるか。

 ただ毒を扱う魔物の種類は多く、一概にどの魔物の毒なのかは判別しずらい。

 刻一刻と時間が過ぎ去っていく中、背中から予想打にしない声が上がった。


「恐らくは、ヒュドラの毒だろうね」


「レリアンか。なぜここに?」


「支部長から召集の命を受けてね。問題の解決に手を貸そうと思ったのさ」


「それはありがたいが、ヒュドラの毒っていうのは本当なのか?」


「部屋の中に落ちていた短剣の毒をメンバーが解析したら、ヒュドラの毒が使われていた。恐らくだが、これでイノーラは刺されたんだろう」


 レリアンが取り出したのは、独特な形状をした短剣だ。

 まるで三日月の様な形状であり、刀身は極めて細い。

 そこでロッシュが低く唸って顔をしかめた。

 彼は俺と全く同じ懸念を感じたのだろう。


 刀身が細いという事は、単純に強度が低いということだ。 

 魔物との戦いに耐えられるほどの強度があるとは考えにくい。

 つまり魔物以外――人間に対して使用することを前提に作られた一振りだ。

 

 イノーラを襲った人物は明確な殺意を持っていた。

 となれば殺傷能力の高い暗器や、ヒュドラの毒を使うのもうなずける。

 問題はなぜそこまでの人物が暗器を部屋に落としていったのか、だ。

 

 しかし犯人捜しをしている暇はない。

 イノーラが受けた毒がヒュドラの物だと分かったのなら、なおさらだ。 


「ヒュドラの毒は冒険者でも簡単に死に至る猛毒だ。一般人のイノーラが耐えられる時間はそう長くはない」


「いや、もしもの備えに我々憲兵団は、特別な護符をイノーラ嬢へ渡していた。多少の延命はできるだろうが、持ってあと三日程度が限度だろう」


「となれば手早く済ませよう。ヒュドラの解毒方法は二つ。最高位の魔術師をゴールズホローへ連れてくるか、素材を集めて解毒薬を調合するか」


「魔術師の手配なら冒険者ギルドがやっておこう。イノーラ嬢を失っては、王都の本部の連中に首を飛ばされるからな」


「なら冒険者達は、不測の事態を想定して解毒薬の素材を集めるとしよう」


 このゴールズホローは特殊な場所にあるだけに、他の街とは距離が離れている。

 それも高位の魔術師が簡単に呼べるかと言えば、恐らくは難しいだろう。

 偶然にも近くに滞在していれば話は別だが、そんな希望的観測にすがる気はない。

 しかし、ヒュドラの毒を解毒できる薬の素材を集めるということも、容易ではない。


「ヒュドラほどの魔物の毒を解毒するとなると、キュリオス草が必要になるな」


「確かに、キュリオス草があれば助かる見込みはあるね。でも問題はどうやって手に入れるか」


 レリアンの懸念はもっともだ。

 キュリオス草は、ほかの素材の能力を最大限に引き出す効果を持つ薬草だ。

 元々希少な薬草であったが、その汎用性の高さと有用性から大量に採取され、数年前には地上から姿を消したと言われている。

 だが人の手が及ばない場所なら、残っている可能性はある。

 そしてこの周辺の地形にもっとも詳しいはずのガドックは、あからさまに目を泳がせていた。


「う、うむ。キュリオス草、か」


「もったいぶってる暇があるのか? 彼女の命はそんな軽い物なのか?」


 全員の視線がガドックへ集まる。

 すると彼は慎重に言葉を選びながら、続けた。


「キュリオス草は深淵を超えた先。最下層にあると言われている。だが確実ではない」


 一瞬、ガドックの言葉に耳を疑った。


「本気で言ってるのか? なぜ薬草が光も届かない洞窟の先にあるんだ?」


「そんな事知るか! 真偽も不明な50年前の報告書に記載されている、戯言だ。だがすでにこの周辺に、キュリオス草が生息している地域はない」


「そんな信憑性の低い情報だけでは、命は懸けられません。最下層の恐ろしさは支部長の貴方がよくご存じのはずです」


 レリアンは冒険者として、当然の意見を口にした。

 この地域に腰を据えているからこその意見でもある。

 ゴールズホローの冒険者は、絶対に深淵の奥へは向かわないだろう。

 ならば、俺のすることは決まっていた。


「俺が行こう。俺が最下層へ行き、キュリオス草を取ってくる」 


「君は、自分の言ってることの意味がわかっているのかい? 最下層へ向かうことの意味が」


「わかってるさ。だがイノーラを救うには、誰かが向かう必要がある」


 ゴールズホローを拠点する冒険者として見れば、俺はただの自殺志願者だろう。

 それどころか、ロック・エレメンタルを討伐して英雄を気取る自信過剰な馬鹿に見えているのかも知れない。

 しかし俺は、裏切者共の足取りを追うための手がかりが欲しいだ


「それが今回は、偶然にも俺だったってだけの話だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る