第22話
傷だらけの体にむち打ちながら、煌びやかな街中を進む。
出発は朝方だったが、今ではすでに日が完全に沈んでいた。
ゴールズホロー自体が山間にあるため日が沈むのが早いのだろうが、それでも相当な時間を深淵の攻略に費やしたのは間違いない。
とは言え、二度としたくはない新スキルの使い方をした俺は、命からがらに地上へと戻ってきていた。
ちゃっかりと戦利品も持ち帰っている。
ギルドの管轄にある深淵の一部を崩落させたため、これで点数稼ぎをしておこうと思ったのだ。
想像以上に大きく荷物になるのが面倒だったが、これも憲兵団への推薦の為だ。
やけに人の目を引きながらも、酒場の扉を開ける。
すると想像だにしなかった光景が広がっていた。
「また殺したんだろ! あの冒険者を!」
そんな言葉が、酒場中に響く。
見れば酒場の中央にはレリアンとその連れの冒険者達が集まっていた。
その冒険者達が視線を送る先には、床に倒れこむファルズの姿。
彼女の体には、戦闘で負った傷以外に、新しい多くの打撲痕が見て取れた。
そしてファルズを取り囲む冒険者達の拳には、まだ乾いていない血が付着している。
それを見た瞬間、焼けるような感情がこみ上げてきた。
自分ではとても制御できない程の、巨大な感情が。
「彼を、助けて。頼むよ」
ファルズの顔面は腫れあがり、鮮血が銀色の髪を赤く染め上げていた。
そこまでされてもファルズは助けの声を絞り出す。
だがそれを受けて、周囲の冒険者達が返した反応は、失笑だった。
「誰がお前に手を貸すかよ」
「そうやってまた、獲物を深淵に誘い込むのか」
「どうせまた俺達を殺すための口実だろう」
「お前が死ねばよかったんだ。この人殺しが」
気付けば、というのが最もふさわしいか。
いつの間にか俺は、ファルズを殴ったであろう冒険者に対して、全力で拳を振るっていた。
手の伝わるのは歯が砕け、肉が引き裂かれる感覚。
血と歯の破片を吐き出しながら吹き飛んだ冒険者は、そのままテーブルに突っ込み、動かなくなった。
そして、弾かれたように俺へと視線が集まる。
ファルズの言葉を聞いて俺が死んだと思っていたのだろう。
しかし俺がこうして帰ってきて、唐突に冒険者を殴り飛ばしたのだ。
殆どの者が驚愕や恐怖の表情を浮かべていた。
「俺のパーティメンバーを殴ったんだ。当然、殴り返されることぐらい覚悟してただろ?」
問いかければ、誰もが視線をそらして黙り込む。
先ほどの冒険者のようにはなりたくないということか。
小さく鼻で笑い、臆病者共を押しのける。
そして倒れこんでいたファルズへと、手を差し伸べた。
彼女も驚いた様子だったが、それでも辛うじて笑みを浮かべながら、俺の手を握った。
「よかった、無事で」
「お前よりも傷は浅いかもな。立てるか?」
「これぐらい大したことないよ。ひとりで残った、君に比べたら」
「冒険者といっても女だろ。容姿が全てとは言わないが、せめて顔は大切にしとけよ」
そんな軽口を叩きながら、腕を引いて立たせようとする。
しかしファルズは苦痛に顔を歪ませ、なかなか立ち上がれないでいた。
傷薬はロック・エレメンタルとの戦いで使い切ってしまったため、持ち合わせがない。
後から病院へ向かった方がよさそうだ。
「アクト君。前に話したことを覚えているかい?」
ファルズに肩を貸しながら立たせると、背後から声が飛んできた。
その語り口調は聞き覚えがあった。
振り返る前からその声が誰の物かは、わかっていた。
「あぁ覚えてる。ファルズとは関わるなって話だったか。それがどうしたんだ、レリアン」
「この銀狼と組めば命が危ういと警告したはずだ。そして実際に君は命を落としかけた」
「僕が仕組んだことだっていいたいのかい、レリアン」
息巻くファルズだったが、怪我の影響が語気が弱い。
レリアンは周囲の冒険者同様にファルズを信用していない。
いや、パーティメンバーだったイベルタを殺されたことで、もっともファルズを疑っていると言っても過言ではないだろう。
こうして俺が戻ってきて肩を貸した今であっても、ファルズへの疑念は晴れていなかった。
「仲間を殺すだけでは飽き足らす、今度はあの場所ごとロック・エレメンタルを使って破壊するつもりだったんじゃないのか? イベルタの死体を見られたくない余りに」
「黙れ、レリアン。ファルズは無実だ」
「君も立場を考えた方がいいよ、アクト君。無事に生きて帰ったっていうのに、彼女を庇えばギルドからの評価は下がる一方だ」
レリアンの忠告は、善意で言っている節があるだけに、余計に質が悪かった。
確かに、ファルズの今までの行いが露呈すれば、親しくしていた俺への評価も危うくなるだろう。
あらぬ嫌疑をかけられる可能性も捨てきれない。
しかし、そんな脅迫を一蹴する。
「評価が下がる一方だと? 冗談だろ」
俺の荷物を床に落とす。
凄まじい重量を誇るそれは鈍い音を立てて床を打った。
眉をひそめたレリアンは困惑した表情で俺を見た。
「それは?」
「ロック・エレメンタルの核だ。これも評価が落ちるのか確かめてみるか?」
その後、レリアンが俺に言葉を返すことは無かった。
◆
「はい、確かに。イングライト鉱石の納入を確認しました。ロック・エレメンタルの討伐に関しても、別途報酬を用意するとのことです」
たかだか鉱石の納品依頼だと馬鹿にしていた自分を殴りたい。
そんな考えがよぎる程に難易度だった依頼を完遂して、奇跡的に残っていたロック・エレメンタルの核も換金が完了した。
今すぐにでもファルズを病院へ連れていき、そのまま宿屋に戻って眠りに就きたいが、そうもいかない。
依頼を完遂した後に、最も重要なことが残っている。
「それで、ギルド側からの見返りってのは?」
「その件に関しては明日の明朝に窓口へお越しください。その際にご説明します」
ギルドが用意した見返りには時間がかかるのか。
まあ、好都合と言えるだろう。
窓口から離れ、近くの椅子に座っていたファルズの元へ向かう。
「助かったよ」
「礼を言うのは俺の方だ。深淵の踏破はファルズがいなかったら無理だった」
たとえ俺を利用しようと考えていたとしても、彼女の案内が役立ったのは事実だ。
打算的な協力だったことを踏まえても、彼女の働きは称賛に値するものだ。
ただファルズは腫れた顔で苦笑を浮かべた。
「そうじゃなくて、さっきのことさ。僕を庇ってくれただろ。パーティメンバーだって」
「事実を言っただけだ」
仮にも、パーティメンバーとして肩を並べた間柄だ。
そしてなにより、本気で俺を助けるために、ほかの冒険者達に頼み込んでいた。
自分がどう見られているかなど、本人が一番よく理解しているだろうに。
それを知ったうえで、冒険者達に助けを求めたのだ。
あの性悪な天の剣の連中とは比べるまでもない。
俺にとってファルズは、仲間と呼ぶにふさわしい相手だった。
少々不愛想に答えた俺に対して、ファルズは言った。
「それでも、ありがとう」
そんな言葉を聞いて、無意識のうちに笑みを浮かべていた。
ここまで心のこもった感謝の言葉を聞いたのは、いつぶりだったか。
心に溜まった怒りや憎しみが、少しだけ和らいだ。
そんな気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます