第2話 1
今日も今日とて、わしはしのぎに忙しい。
アフリカのサバンナの空のような夕暮れの街は、いつもの様に獲物でうようよしておった。
いいカモ、おらへんかな……?
その時や。
お? ちょうどいい感じの若いカップルが、向かい側から二人組で歩いてきおった。
わしはその二人に目をつけた。
もちろん二人が好みというわけではなく、しのぎにちょうどいい人だったからや。
そのうち一人は、肩ぐらいの茶色いロングヘアの、目鼻のくっきりとした美人な顔にピンク色のコートを着た、若い大人のおなご。
ふむ。彼女は隙が無さそうな子で、ぶつかるにはちょっとまずそうに見えるな。
わしが目をつけたのは、そばにいるもう一人の方や。
黒髪で、頭にぴったりとついた男っぽい短髪。
日本人の若者としては、男勝りな感じで、彫りは少し深め。
黒いコートを着た背丈は高く、体つきもよくてスポーツか何かをやっていそうな感じに見えおる。
そのコートの下からわかる体つきとショートヘア、なんだかゴリラを連想するのう。
この……、男?
ん、コートをよく見ると、女物か。
女装しているんか?
いや。なんや、女か。
胸の膨らみもないように見えたし、男と見間違えたんか。
この女『ごりらちゃん』とでも名付けよか。ぬひひ。
そんなごりらちゃんは、繁華街のビルや隣にいる子などをきょろきょろと見ている様子。
どうにもスキだらけで、まさに格好の獲物や。
ふふ、カモがネギしょってやってきたで。
さて、いつもの様にやってやりましょか。
相手に悟られないよう、自然に見せかけながらごりらちゃんに近づいてっ、と……。
ごりらちゃんに近づき、わざと大きくよろけたそのときやった!
次の瞬間。
他所を見ていたはずのごりらちゃんが、ぶつかってきたわしをひょい、とかわしたんや!
まるで、わしが自分にぶつかろうとしていたのを、あらかじめわかっていたかのように。
「あっ!?」
次の瞬間、わしは勢い良く、顔が地面と激突してしもた!
ごつん!!
わしの目の前が真っ暗になり、火花が散る。
「いで~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
わしは演技するのも忘れて、本気で叫んだ。
おでこがじんじん痛むー。
わざとぶつかって大げさに転んで、安物のメガネが壊れてくれればそれでいい。
そのはずやったんやが。
どうして避けられたんや!?
今までこんなことはあらへんかった。
彼女はあらかじめ、わしがぶつかることがわかっていたようなかわし方やった。
まさか……こいつ、心が読めるとか!? き、気持ち悪ぅ!?
しかしわしは、その思いを表情にはみじんにも出さず、
「てっ、てめえ……!!」
ドスの利いた声で脅してみるが、ごりらちゃんもかわいこちゃんもびびっておらんかった。
結構強気な性格やな……。
メガネは地面に落ちて、つるが割れておった。
計画通りといえば、計画通りなんやが。
もういっぺんすごんでみよか?
「ぶらぶらよそ見しおって! ほれ、わしのメガネがこわれてしもたやないか!」
「なによ? そっちが勝手にこけて壊しただけでしょ!? それ相応のことをやるんなら、こちらも対応しますけど?」
わしの脅しに、微塵も怯えない様子のごりらちゃんが逆ににらみつけてきおった!
こ、こいつ……。
ま、まさか、どっかの組の親分の娘とかないやろな!?
しのぎ上どこぞの組の縄張りで組の者ににらまれたりしおったら、そこでしのぎはでけへんし、ポリ公だけでなくその組のもんにも追われることになるんや……。
わしの背筋に、冷たいものが走る。
その時やった。
「あの、おでこ、怪我してますよ……」
控えめな声で長い髪のかわいこちゃんが、わしにそっと指摘して手を差し伸べてきおった。
その声に、わしははおでこに違和感を覚えた。
え、と思いながら左手で額に手を当ててみる。
しばらくして離し、手を目の前に持ってくると……。
指が、真っ赤に染まっておった。
うわ、わしマジで怪我してる!?
「いけない! 呼ばないと!?」
かわい子ちゃんが、おおげさに慌てた表情で声を上げてきおった!
ほんま余計なことを……!
ロングヘアのかわいこちゃんは、空いている片手でコートについていたリモコンのボタンを操作する。
救急にでも電話するつもりなんやろか?
あるいは、……警察にでも!?
いかん、救急車呼ばれたらアウトや!
わしは当たり屋などをやっている、いわばやくざもん。
チンピラ程度の稼業やがな。
救急車を呼ばれでもしたら、救急隊員が自分の職やなぜ怪我をしたのかなどを根掘り葉掘り訊こうとするやろ。
わしは言い逃れしたり強引に通したりもできるし、その自信もある。
が、もめてさらに警察でも呼ばれでもしたら。
そう思ったとたん、
「いいんや! 呼ばなくていいんやで!!」
わしはかわいこちゃんの差し出した手を振り払い、急に立ち上がるとダッシュする!
そんなわしを見てか、ごりらちゃんは大きな声で、
「芽衣子! 急いて呼んで!! あたしはあいつの後を追うから!」
「ええ!」
と、後を追ってきおった!
こいつ、やはりどこかの組の姐サンかそれともポリ公か!?
わしはダッシュで通行人をよけながら、大通りを逃げる、逃げる。
ライオンから逃げるシマウマのように。
なんで狩人が、獲物から逃げなければならないんや!?
まさにあべこべやで。
街というサバンナを必死に駆け抜ける狩人のわし。
しばらくしてから、
逃げ切れたやろか……?
と、後ろを振り向いた時やった!
「待てえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
ごりらちゃんが、恐ろしい形相で追っかけてくるやんか!!
その足の速さはごりらちゃんというよりも、チーターちゃんや!
まさにサバンナの狩人や!
わしはその様に、心臓が跳ね上がる。
あんなんに捕まったら、ひとたまりもないやん!!
そう思い、わしは急スピードで角を曲がる。
ぎりぎりで人を避け、全速力で走る。
額からは血がどんどんにじみ出てくるが、そんなことはかまわへん。
とにかく、ごりらチーターちゃんから逃げ切ればいいんや。
幾つもの角を速度を落とさずに曲がり、いくつもの路地を駆け抜ける。
ふと後ろを振り向くと、ごりらちゃんの姿は見えなくなっておった。
まいた、か?
大きく息を吐いたわしは、通りに並ぶビル群を見渡す。
そして、しばらく考えてみる。
あのごりらちゃんがわしを見つけないうちに、トイレかどこかの個室とかにこもれば自分を見失うはずや。
女だし、男トイレには入れないだろうやしな。
それから、洋服店かどこかで安物の服などを買って着替えて血をふいてしまえばええ。
そしたら、逃げ切れるやろ。
わしは、足をある場所に向ける。
そこは、大きなテナントがいくつも入った大きなビル。
こういうビルならいくつもトイレがあるやろし、一つぐらいは空いているやろ。
わしはビルの入口に入り、案内板をチラッと見てトイレへと向かう。
へへっ、これで逃げ切れた。
トイレのあるビルの奥の方へと向かおうとした、その時やった!
「待ちなさい!」
聞いたことのある声が、後ろから投げつけられてきおった!
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