どうやったら彼のためになるだろうか。一日中考えていたがあまりいい考えが浮かばなかった。本人じゃないのだから気持ちは分からないし、包み隠さず全てを話すのはしんどい作業だ。


 友達に知られるのが嫌。なのに知られて友達と距離ができた。


 自分のセクシャリティが暴露された時、一番怖かったのは普通に生活できなくなる事だった。


 実際当たり障りない話しかされなくなったし、違う目で見られているような気がした。いつか大城が話していた感情のフォトンというものがはっきり見えるような感覚。感じたからと言ってどうなるわけではないが、心は揺さぶられてつらかった。孤独だった。誰かに話したくても誰にも言えなくて。


 穂高は単身で祖父母の所へ来ていると浩輔から聞いた。一緒にずっと暮らしている間でも話しづらい事はある。血がつながっているからと言って何もかも話せるわけでもない。穂高も孤独かもしれない。同じつらさを今味わっているのかもしれないと思った。


 病気の事を皆に話すのは嫌かもしれない。でも既に知れ渡っているなら病状が悪化したときにどう対処したらいいのか、みんなが分かっていて助けてもらえる状態がいい。病気なのにあの年で一人で抱え込むなんて荷が大きすぎる。いざという時には誰かに頼れる、そう思えるだけで心は軽くなるものだ。


 農作業を終えてお風呂に入った後、またジーンズとシャツを着て田んぼへ向かった。先に着いたようだったが、案山子の白いシャツに汚れが着いていた。恐らく飛んでいた鳥のフンだろう。


「他に着せる物もっとあったじゃろに」


 白いから汚れがくっきり目立つ。案山子に着せるには適していない。けどすぐに稲刈りが始まる。着せたジーンズとシャツは諦める事にした。これは大城がくれたものではないから。汚れを取るためにそっと稲の中に横たえてシャツを脱がした。穂高が来るまでに側溝で少し汚れを落としたらまた着せればいいと思ったが穂高の歩く様子が遠目に見えたのでベンチで座って待っていた。


 穂高の話を聴いて、クラスメイトに病気の事を知ってもらうのがいいのではとアドバイスした。思い出したフォトンの話もしてみた。でもちゃんと勉強したわけじゃないから上手く伝わらなかったかもしれない。失敗したと思ったが頑張ってみると言っていたので、とりあえず背中を押せたのだろう。 


 返してくれたスカーフは案山子のポケットに入れた。少しずつ大城との思い出に縋るものは減らしていきたい。今付けている香水も大城が付けていたものと同じものだ。使い切るまで、と考えていたが手放さなければ。前に進むためにここへ戻ってきたのだから。穂高も前に進んでいけると良いけれど。


 帰って浩輔に報告した。


「頑張ってみるって言ってた」

「でも兄ちゃん、案山子やと思われてるかも」

「え? どういう事?」

「夜に案山子が人間になったって、泉川が言ってた」

「そういえば案山子さんて呼ばれた。案山子の服着せ替えようとして田んぼの中から出て行ったから」

「兄ちゃんの事お化けか何かと思っとるんやないじゃろか」

「まさか」


 そういえば案山子さんと呼ぶ割に穂高は崇の名前を聴いて来なかった。神様は名前を相手に教えないってあったなぁと昔話を思い出す。孫悟空が名前を呼ばれて返事をしてひょうたんに入ってしまうように、名前を知られる事は相手に支配される事とされていたとどこかで読んだ事がある。


「神様だと思われてるってことか。それは都合がいいかもしれない」

「何が都合いいん」

「だってそうしたら俺の言葉を信じてくれるやろ」

「泉川は中二病やないしそんなにアホじゃないけど……俺はじゃって事がバレずに泉川が皆と打ち解けられるようになるならなんでもええが」

「ちょっと騙すみたいで可哀相だけど」

「でも今の泉川はそういうのがないと勇気が出んのかも知れん。俺やとうまい事相談に乗ってあげられんし」

「そんな事ない。浩輔はこうして俺に話してくれてる。それが穂高君を支える事になるかもしれないんだから。ほんと、頑張った」

「うん、兄ちゃんも頑張ったし、俺も頑張った」

「この褒め合い。気持ち悪いな」

「うん。とりあえず泉川に兄ちゃんの事バレんように訊かれたら話合わせる」

「そうして」


 *


 穂高がまた案山子の事を話してくれたと浩輔から聞いた。座敷童という設定にしたらしい。願い事を叶えてくれて、叶えたらいなくなるという都合のいい話を穂高はにわかに信じたようだった。穂高の反応に浩輔は少し引っかかるものがあると話した。


「願い事叶えたら神様はおらんなるって言うたらすごい残念そうな顔した」

「そうなの……」

「兄ちゃん、泉川に何話したの」

「何って、別に」

「兄ちゃんは人たらしやから」

「なんだそれ」


 若干の斜め下からの発言でよかったと崇は胸をなでおろした。もしかして浩輔は自分がを知っているけど知らないふりをしてくれているのかもしれない。


「稲刈りの時に案山子は撤去するし、それまでにうまく進めばいいなぁ」

「うん」


 二人はそうやって穂高を見守っていたが穂高は一歩が踏み出せずにいた。稲刈りは土日に行われるから案山子が立っていられるのは稲刈りまでだ。案山子として相談に乗ってあげられなくなる。穂高がこのまま前に進めない状態だと心配だ。今日行ったら強めに背中を押そう。そう思って穂高に逢ったが、浩輔に言われた通り穂高は崇に興味を持っている様だった。


 「僕、案山子さんと会いたいです」


 綺麗な顔してなんて可愛い事を言う子なんだ。いやいや、今はそういう事じゃなくて。相手は中学生なんだから真に受けて喜んでる場合じゃない。自分はいなくなる案山子の神様としてここに居て、穂高にアドバイスをしに来たんだ。一歩を踏み出す勇気をこの子にあげたい。どうしたら……。


 「病気であることは悪い事じゃない。恥ずかしい事じゃない。自分をちゃんと大事にしてやれ。きっと大丈夫。友達が手伝ってくれる」

 

 浩輔、後は頼んだ。突き放す様に言ってしまったけれど、自分に飛び込んできそうな彼を受け止める余裕が、今の自分にはないような気がした。あんなに真っすぐ自分の気持ちを言えるんだ。きっと大丈夫。自分に言い聞かせるように崇は山側から家へ帰った。


 

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