5.教室の石ころ

5-1

 喧騒に包まれた刑事部屋ではスーツ姿の私服警官達が各々の仕事に従事していた。

 それを他人事のように眺めながら前野まえの陽平ようへいは熱い緑茶をすする。

 隣のディスクでは後輩の大迫おおさこ猛継たけつぐがパソコンで調べものをしていた。

 前野は手帳を開くと、此乃町このちょうで発生している連続殺人事件の情報を確認を始めた。



 ※



◾️第一の被害者、天川あまかわミチル(二十二歳)、大学生(K県・何処夏どこか大学文学部在籍)、都市伝説研究サークル(活動内容がまったく想像つかない)に所属していた。


 昨年の12月9日(月曜日)22時28分頃、何処夏大学から少し離れた場所にある雑木林で死体になって発見される。


 発見者は同大学の男子学生で被害者とは学部も学年も違い面識はない模様。

 死因は首を紐のような物で絞められたことによる窒息死。死亡推定時刻は彼女が最後に目撃された前日の23時から9日の13時まで。財布などは盗まれていなかった。


 死後、短刀ナイフによって遺体の損壊(胸元に突き刺す)が行われている。

 損壊に使われた短刀は刃渡り10センチほどのステンレス素材のもので、ホームセンターや通販で容易に購入可能。

 

 天川は、特に深い恨みを持たれていた様子はなく、殺された動機は不明。現在、捜査中。



◾️第二の被害者、飯田橋いいだばし綺羅良きらら(二十五歳)、K県のアパレル店勤務。


 今年の2月2日(日曜日)午前5時頃、自宅マンションの裏側のゴミ捨て場で死体が発見される。


 発見者は近所の主婦で被害者とは顔見知り。マンションの管理人である老人が午前四時頃にゴミを出したときには死体はなかったそうだ。


 死因は天川と同じで紐状の凶器を使い窒息させられた。死亡推定時刻は1日の午前10時から同日23時まで。金品の強奪はなかった。


 飯田橋も、死後、胸に短刀を突き刺されている。

 短刀は天川の事件で使われたものと同じく、刃渡り10センチ程度のステンレス素材ものだった。

 

 飯田橋は友人の恋人と隠れて交際しておりその件が明るみに出て恨まれていたが、友人のアリバイは確認されている。


 他にも複数の友人・知人から不興を買っていたようだが、それが犯行動機になるかは疑問が残る。捜査、継続中。



◾️第三の被害者は、持ち物(ハンドバッグに入っていた免許証とパスポート)および背格好から松本まつもとかお(二十六歳)とされていたが、後の捜査ではた千鳥ちどり(二十五歳)だと判明する。


 松本かお理は二年前に当時の職場から何も言わずに消えていた。元同僚によると多額の借金があったようだ。松本は借金取りの追跡から逃れるために、偶然発見した死体を自分のものに偽装して新しい人生を歩もうとしたが、約二ヶ月後にその偽装が発覚する。


 短期間とはいえ入れ替わりが成立したのは、免許証とパスポートの存在に加え、松本と畑の顔つきや背格好が酷似していたこと(血液型も一致していた)、畑には身寄りがなく遺体を確認した高校時代の担任教師も彼女のことをはっきり記憶していなかったことがあげられる。

 

 学生時代の畑は空気のように存在感がなかったそうだ。友人も片手で数えられるくらいしかおらず、ほしあおいはそのひとりだった。


 畑は高校卒業後に隣県の大学に進学したようだ。元担任によると畑には生活の面倒を見る後見人的な存在がいたらしいが、詳しいことは不明。学生のプライベートにはあまり深く踏み込まない方針を取っていたとのこと。


 畑の死体が発見されたのは隣県のキャンプ場「クリスタル・レイク」。うらぶれたキャンプ場だ。借金取りから身を隠す松本が住み込みで管理人として働いていた。松本は今年の3月13日(金曜日)の23時すぎにキャンプ場内のボート乗り場に遺棄された畑の死体を発見。このあまりにも杜撰な入れ替えトリックを思い付き実行した(松本は推理小説マニアなのだろうか?)


 畑の死亡推定時刻は同日の午前5時から17時。死因はやはり絞殺による窒息死。そして、胸に突き刺さった短刀。短刀は天川、飯田橋の事件と同種のものだった。


 畑は大学卒業後は就職せずに新興宗教の手伝いをしていたようだ。事件と関係あるかは現在調査中。


 高校時代に彼女と接点のあった人物数名に話を聞いてみたが、目ぼしい情報は得られず。彼女は人々の記憶から忘れ去られていた。



◾️第四の被害者、神岸かみぎしすみれ(二十歳)。専門学校生。


 5月28日(木曜日)18時30分頃、K 県の公園で発見される。発見者は地元の高校生。


 死因は例によって絞殺、窒息死。

 やはり、胸にはナイフが刺さっていた(このナイフは過去の事件と違い折刃式のカッターナイフだった)


 殺害された動機諸々は現在調査中。


 神岸を発見した高校生は畑の件で聞き込みを行った星葵の妹、美朱みあかである。


 殺害方法、被害者の性別(年齢も近い)、ナイフを用いた死体の損壊などの共通点から、四件の犯行を全て同一犯のものとする意見が最も有力。尚、被害者四名にはいずれも性的暴行の形跡はない。


 ナイフによる遺体損壊の件は犯人を特定するための重要な手掛かりとして非公開にされていたが、情報を嗅ぎ付けた一部マスコミの勇み足で一般に情報が漏れてしまった。

 警察内部でも情報管理体制の杜撰さとマスコミの暴走を問題視する声があがっている。


 

 ※



 前野は手帳を閉じるとすっかり冷めてしまった緑茶をまずそうにすする。


「大迫、新しいお茶淹れてくれや」

「ご自分でどうぞ」


 後輩のにべもない態度に肩をすくめる。


「さっきから、何を熱心に調べてるんだ?」

「噂話、ですよ」

「噂話……?」


 大迫の言葉に前野は怪訝な表情を作る。


「ええ。学生を中心に流行っている噂話――都市伝説とも言うらしいんですが、少し事件と関連がありそうなので」


 そういえば、被害者のひとり天川ミチルは大学の都市伝説研究サークルに入っていた。


「ふむん。それはどんな話なんだ?」

「ブギーマン、ですよ。不気味な男とも、人殺しの王とも呼ばれる、殺人鬼の噂です。幾つものバリエーションがあるみたいですが、最新のバージョンは興味深いことに、あの都亜留とある高校が発端になってるようなんです……」


 大迫の発した単語に前野の目が鋭い光を放った。


「都亜留高校、ね……」


 それは、神岸菫の死体を発見した少女の通う高校の名前だった。

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