第45話 幼き頃から無鉄砲
虹の水から作られた結晶、そしてそれを転用してできた人工兵士。ヘマントについての話が進めば進むほど、ラニの目がきらめいてきた。サイも横で興味深そうに聞いている。
「すごいよ、それはすごい。発想としては大昔からあったけど、誰も成功してない技術だよ」
「当の本人は、まだ不満足みたいだけどね」
「そんな人がいるんだ。会ってみたいな」
珍しくラニが積極的な意思表示をしたので、アイラは速攻で食らいつく。
「その兵士を倒せたら、開発者も一目おいてくれると思うんだ。そうなったら、紹介してあげてもいいよ」
「本当?」
「太陽、嘘つかない」
へマントが受け入れるかは未知数だが、連れて行くだけならこっちの勝手だ。研究者気質どうし、会ってさえしまえば意外とうまくいくのではないかとアイラは思っている。
「じゃあ僕なりに『剣』について調べてみるよ。分かったら連絡する」
突然の申し出だったが、ラニは嫌な顔をせず承諾した。アイラとカイラは礼を述べ、部屋を出る。
「今日はありがと」
自室の前まで戻った時、アイラは従姉妹に手を差し出した。カイラは迷いなくそれを握ったものの、ふと顔に残念そうな色を漂わせる。
「何が不満?」
「……アイラの問題を完全には解決できなかったけど、今はそれで良しとしましょう」
「そんなに思い詰めなくても」
「そうね。いつかはうまくいく」
カイラはそう言った。それはアイラに言うより、自分に言い聞かせたように響く。どうかしたのかと問いかけたが、なんでもないと言われてしまえばそれ以上は踏み込めなかった。相手の心に土足で入らない、というのは近しい関係でも大事だと思っていたからだ。
カイラはそんな葛藤を見透かしたかのように微笑み、アイラの前に進み出た。
「心配しなくても、私はいつでもアイラの味方です。今みたいに、困った時にはちゃんと頼ってね」
アイラは首を縦に振った。
「わかった。そのつもりでいる」
「じゃ、お休みなさい。アイラからも伯母様に、理由を話しておいてくださいね」
「分かった。またカイラが庭に立ってたら困るもん」
アイラが苦笑しながら言う。それを聞いたカイラは、ゆっくりした足取りで自室へ戻っていった。
☆☆☆
カイラは明け方、うとうととまどろむ中で鮮明な夢を見た。昔の記憶が、ゆっくりと蘇る。
子供というのは純真なもの──というのは、彼らに深く関わったことのない大人の寝言である。本当は子供こそ、動物的な本能で動いている。強い者には尾を振り、弱い者と見れば追い回す。誰のせいでもなく、そういう生き物なのだ。
幼い頃、カイラはその理不尽をよく身に受けていた。簡単に言えば、よく虐められていたのである。
「おい」
棘のある声を聞いて、カイラの身体が強張った。いつももっと素早く動ければいいと思うのに、考えの通りになった試しはない。何度が息をついて、カイラはようやく半身を起こした。長く同じ姿勢でいたせいで、肩についた葉が長椅子に落ちる。
視界が開けた。左右均等に丸く刈り込まれた樹木が配置された、円形広場。ぽつぽつと休息のための長椅子が置いてある以外に、遊具らしきものはない。がらんとした人気のない空間だったが、カイラの前にだけ子供たちがたむろしていた。
いかにも気が強く性格の悪そうな顔をした黒髪の男子を筆頭に、質の良い服をまとった子供たちが集まっている。数えてみると、全部で八人いた。
「邪魔なんだよ。あっち行けよ」
「ここはフェリクス家の広場だ。紋章が見えないのかよ」
確かに、そこここに細い円柱が立っていて、緑地にフェリクス家紋が刺繍された傍がかかっている。しかし、カイラを追い出す権利は彼らにはない。事前にきちんと、父である王から許可を得ているのだ。
しかしそれでも大勢に囲まれて責め立てられると、心臓が早鐘のように打ち始めた。カイラは少し言いよどんでから、心の中で選んだ言葉を口にする。
「でも、王宮の者なら誰でも使って良いとお父様がおっしゃって……」
「なんだ、口答えするのかよ。『第四妃』の娘のくせに」
「そうだそうだ」
ただ広場の隅で糸を編んでいただけなのに、ひどく目の敵にされたものだ。カイラはそっと息をつく。宮殿で会った記憶もない相手に、ここまで悪し様に言われるのは気分が悪い。しかもこの子供たち、フェリクス本家ではない。さすがに本家の人間なら、カイラも顔くらいは知っている。
フェリクスは歴史が長いゆえに、分家の数も多い。中には厳しくしつけられず、家の名前だけを自慢して大きくなった馬鹿な子供もいる。目の前の連中はまさにその典型だ。しかしカイラに対する当たりのきつさは、それだけが原因ではなかった。本家のヴリティカ──第一妃がよほど、母と叔母を嫌っているのだろう。
第一妃はフェリクス本家の出だが、完全なる政略結婚であり、父との相性はあまりよくないと聞いている。うってかわってアイラやカイラの母との関係は良好だ。母も憎ければ子も憎い──というわけで、本来なら諫めるべき分家の増長も放置されているのだろう。それにしたって意味の無い行動だし、やっていることが低劣だ。
文句を言いたい気持ちは、もちろんある。しかし、カイラはそれを無理矢理飲み下した。母と伯母の立場を慮ったのもあるが、根本にはもっと根深い諦めがあった。私が言っても、どうせ聞いてもらえないだろうという思いが。
カイラは性格上、なかなか怒ることができない。どうして自分はいつもこうなのだろうと心の中で憤ったところで、生まれ持った性根は変えようがなかった。カイラができるやんわりした抗議に応じてくれるような相手は、もともとこんな卑劣な真似はしない。
はやしたてる声は、ますます大きくなっている。彼らが足を踏み鳴らした結果、砂利が飛んでカイラの足にかかった。ぴりっとした痛みに、カイラは顔をしかめる。無駄な時間と体力を使うなら、結局は自分が我慢した方がいい──カイラはそう考えて、立ち上がった。
「おっ、立ったぞ」
「早く帰れよ、目障りなんだか──」
はやしたてる子供の声が、不意に途切れた。空間を何かが横切った、カイラがそう実感した直後。一番手前にいた男子の横面に、大きな土嚢がめりこんでいた。どこから土嚢が来たのか見当もつかないが、カイラは思わず身をすくめていた。
周りが悲鳴らしい悲鳴をあげる暇も無く、直撃を受けた男子が倒れる。取り巻きがようやく目を皿にして周囲を探り始めた時、からからと明るい声が広場に響いた。
「はっはっはっ、命中命中。見た? あの素敵な曲線」
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