第30話 十二の紋章
一室、獅子。『王』の座。
二室、乙女。『黄金』の座。
三室、天秤。『芸術』の座。
四室、蠍。『教育』の座。
五室、射手。『遊戯』の座。
六室、山羊。『工業』の座。
七室、水瓶。『農業』の座。
八室、魚。『瞑想』の座。
九室、牡羊。『異国』の座。
十室、牡牛。『大臣』の座。
十一室、双子。『交易』の座。
十二室、蟹。『女王』の座。
アイラたち王族や位の高い貴族は獅子の紋章を掲げる一室に住んでいる。だが惑星武器の使い手や軍隊の目的は、全ての座を泥の侵攻から守り抜くことだ。そのためには、「主」と呼ばれる強力な個体を早期に潰すことが重要である。
「強い個体がいると、他が活気づく」
「そして侵攻自体が長引くと統計で出ていますわ」
「んで、査定に有利だしね」
「下衆な言い方は控えろ」
リディがアイラをにらんだ。しかし自分の発言が事実だと分かっているアイラは、軽く受け流す。
王にふさわしいかの裁定は全ての行いを見てなされる。が、巨大な敵をいくつも倒すというのは傍目に見ても成果としてわかりやすく、評価が上がりやすい。そのため、「主」を巡って毎回、候補者同士の間に火花が散るのだ。
「……今回はどの形の『泥』が来るか不明ですが、過去の出現例をまとめました。各自、目を通しておくこと」
全員、手元の紙束を見た。まだわからないことは多いが、過去の事例は大事である。詳しいことは「水星」の中に入っているため、戦闘が始まって型が判明したらラニから捕捉がもらえるらしい。
「嘘つかないでよ」
「しないよー!!」
アイラが牽制しておくと、ラニは明らかにうろたえた。これなら嘘をつかれてもわかるか、とアイラは安堵の息をつく。今のところ、助力は頼りになると考えてよさそうだ。これで、安心して次の重大な情報にとりくめる。
「では、官が計算した星の動きから各人の初期配置を出します」
ケートゥがすらすらと、紙面に硬筆を走らせる。程なく、全員の名を書き込んだ略図が出来上がった。
「七室、火星。九室、水星。十室に太陽と金星、ラーフ。十一室、土星。十二室、木星。最後に私、ケートゥは四室にいます。複数名が同室にいる場合、同じ場所に落とされることもあるので努々油断なさいませんよう。戦う前から怪我していたら、話になりませんからね」
組み合わせを聞いて、一同からため息のような声がもれた。アイラは各人の配置を、記憶に刻み込む。トリシャだけが、状況が読めないようで目をしばたいていた。彼女だけ宮殿内につてが少ない弊害が、こんなところにも出ている。後でケートゥが教えてやるのだろうな、と思いながらアイラは話に聞き入った。
「私ははじめから『主』と対面ですね。皆さん、張り切って助けに来てください」
「助けるも何も」
テルグが面白くなさそうに言った。
「お前に手柄を独り占めされねえようにしないとな」
「せいぜい頑張ります」
「かわいくねえの」
テルグは不満そうだが、アイラはケートゥが活躍してくれても構わない。彼は王位継承に絡まないからだ。厄介なのはすました顔で横に座っているリディである。最初から「高揚」の室にいるというのが気にくわない。
それに対して、自分は「敵対」の室だ。お世辞にも居心地がいいとは言えない。邪魔しようにも、隣の室でないので移動にも時間がかかる。
アイラが困っていると、わずかに椅子がきしむ音がした。
「……発言を」
トリシャだった。発言に相当勇気がいったらしく、顔がわずかに赤くなっている。室内の視線が、一気に彼女に集中する。ケートゥが、穏やかに笑ってトリシャに水先を向けた。
「どうぞ、トリシャ姫」
「教えてください。まず、『主』を討つのが目的ということに間違いはないですか」
トリシャは意外にも滑らかにしゃべった。いつも無口なのは、ぼろを出してつっこまれないようにするための、彼女なりの自衛かもしれないとアイラは推測する。
「はい、その通りですよ。さっき姉君もおっしゃっていたように、主を退治すれば『泥』の侵攻自体が短くて済みますから」
「それならどうして、こんなにバラバラの配置に? 全員が最初から四室に集まって、『主』を集中攻撃すれば良いことでは」
彼女の疑問はもっともだった。最初に主を叩くのが重要なら、一斉に惑星武器で攻勢をかければいい。何も知らなければ、アイラも同じ事を考えたに違いない。
「そうできたら楽でしょうね。しかし、これは変えられないのですよ。『泥』の侵攻時に惑星武器を持つと……何故か、天空でその惑星がいる室に飛ばされてしまうのです。これが惑星武器の初期配置と呼ばれています」
「天空? いる?」
「実際の星は、空に浮かんでいます。この国と同じように、空もまた十二に割ることができ、星はいずれかの室に属することになる。使い手は、有無をいわさず自分の持つ武器の星と同じ室に飛ばされてしまうのです」
「どうして?」
「原因は不明です。泥と戦うためには、大量に星の力を借りることになる。そうなる以上、ある程度、彼らの動向に左右される制約も負うのだと私は解釈しています」
トリシャの眉間に、深い皺が刻まれた。
「……じゃあ、ずっとそこにいなくちゃいけないの?」
「それでは戦が終わりません。決まっているのは初めの位置だけ。そこから最も効率良く敵を屠れる位置に移動できるかは、各人の腕ですね。なにしろ室は広いので、いくら速い獣に乗っても、もたもたしていると移動だけで終わってしまいます。それに関する手際よさも、常に見られているとお思いください」
ケートゥはそう言って、耳元にとまっている蛍を指さした。
「各室の情報は、この蛍を使ってやり取りします。簡単な音声や図面の記録が可能ですから。といっても、『水星』の情報量とは比べものになりませんけれど」
トリシャが一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐ元に戻った。何故性能の劣る蛍を使うか、疑問に思ったのだろうとアイラは当たりをつける。
その答えは単純。さっきアイラが勘ぐったように、水星だけに頼ると違う情報を流された時に判別がつかない。一人だけ、圧倒的に有利になってしまうのだ。
「……どこを目指して移動すれば?」
「原則、自分の星と相性のいい室へ行くことになります。星は縁の深い星座があり、その名を冠した室へ行けば強い力が得られる」
またケートゥが話し出す。その横で、ラーフは完全に船をこいでいた。
「トリシャ様はご存じないようですから、おさらいしておきましょう。星の力が最も強くなるのが『高揚』と呼ばれる星座にいるとき。これは各星ひとつしかなく、例外はありません。ここにいる間は、星は喜んでいます。武器が持っている『隠し技』が出せるとも言われていますね」
「それは出せるかどうかもわからず、単なる『暴走』と考える者も多い。喜ぶというが、本来の姿を見失ったともいえる。安易にすすめるべきではなかろう」
リディはあくまで、慎重な立場を貫く。
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