第2話 命令により排除
よほど大負けしたのが悔しいのか、銀髪の男が話に乗った。連れに肩をたたかれても、彼の瞳は輝いている。典型的なカモの顔だ。
「試しに、次に出る番号を当ててみろ。五つ全部だぞ。できるのか?」
「お安いごようさ」
霊媒はそう言うと、手を胸の前で組む。なにやらむにゃむにゃと呪文を唱えた後、かさついた指先で何度も卓をたたいた。そして最後に瓶の蓋をあけて、中の液体を紙に向かってぶちまける。
変化はすぐに現れた。紙の一部だけが黒っぽく変色し、数字が浮かび上がる。もちろん、女は水をかけただけで何か書いた素振りはない。見守っていた男の口から、低い口笛のような声がもれた。
「これが、次の当たりか?」
「試してごらん」
霊媒に言われたとおり、男は賭けに赴いた。最初は疑わしそうだったのに、賭けが終わるやいなや、顔を真っ赤にして駆けてくる。
「当たった!」
「どこか一つ当たりましたか。よかったですね」
「違う、全部だ! 掛け金が百倍になったぞ!」
男の言葉を聞いて、周囲がどよめいた。アイラだけは頬杖をつきながら、氷が溶けて薄くなった果汁をすすっている。
「……偶然ではないですか?」
「なら、今度はお兄さんがやってみるかい?」
「いいでしょう。ですがその前に、紙を改めさせてもらって構いませんか」
「ああ、好きなだけ見な」
霊媒はあっさり、紙をさし出す。連れの男は裏を見たり、光にすかしたりしてみたが、なんの文字も認められなかった。
「何してるんだよ」
「裏に書いた文字が、水によって透けて見えているのかと思ったのですが」
「……それはさすがに、俺でも分かるぞ。馬鹿にするなよ」
銀髪の男が頬を膨らませる。その横でふたたび水がかけられ、紙から文字が浮かびあがった。
「ふむ。とりあえず、おっしゃる通りに賭けてみましょう」
連れも同じように、女が示した数字に賭ける。──今度も、的中だった。ますます、店の中が妙な熱気を帯びてくる。霊媒師の卓に、客が群がり始めた。
「お、俺にも教えてくれ」
「割り込まないでよ」
「うるさい、金なら出すからこっちが先だ」
「おい、こっちにもだ」
目の色を変えて喧嘩する客たちを横目に見ながら、霊媒師は不敵に笑った。
「……落ち着いてください。『泥』を滅し、皆様をお守りになったアーユシ様は、肉体こそなくなったものの魂としてここにいらっしゃいます。その御前で、口汚い議論はなさいませんように」
ここで、アイラは机を叩いて立ち上がった。皿が跳ね、満杯近く入っていた水差しから氷混じりの水がこぼれる。矢継ぎ早に、アイラは卓の上にあった果物を放った。よく熟れた橙色の果実は綺麗な弧を描いてから霊媒師の額に当たり、派手な黄色の汁をまきちらす。
同時に、衛兵がひとりの従業員に飛びかかった。やかましかった店内が静まりかえり、視線がアイラに向かって突き刺さる。
「ちゃちな詐欺はそこまでよ、おばさん」
「おばっ……」
詐欺よりおばさん呼ばわりのほうがこたえた様子である。普段ならもう少しからかってやるところだが、怒りが頭に充満したアイラにその余裕はなかった。
「……おや、あなたも疑っていましたか」
儲けたばかりの連れの男が、アイラと霊媒師を交互に見た。
「あら、儲けて喜んでたんじゃないの?」
「仕組みは分からねど、霊媒は典型的な詐欺の手口ですからね。周囲を乗せてカモを引き寄せるために、最初は必ず儲けさせてくれると読んでました。使うあてはないので、孤児院にでも寄付しようかと思っていたのですが」
男の言葉を聞いて、霊媒師が立ち上がった。アイラが投げた果物の汁がまだ身体にしたたっているが、気にもとめず彼女は静かに言う。
「詐欺じゃないわ。霊感よ。何億通りもある数字を二回も的中なんて、そうできることじゃない」
「まあ、本当に読んだとしたら奇跡だけど。それより、こう解釈した方が合理的よね。──賭場の従業員と、あんたが組んでるんだって」
アイラが言うと、店の中にどよめきが走った。
「客に中身を見られないよう、箱は黒塗り。逆に言うと、それに手を入れる従業員なら好き勝手ができる。事前に彼と打ち合わせをして、出したい数字の札を隠し持っていればいい。かき混ぜた振りをして、そしらぬ顔で出せば奇跡の完成」
「……ひょっとしたら、まだ持っているかもしれませんねえ。その余分な札」
「ありました!」
連れの男がつぶやくと同時に、衛兵から声があがった。さっき捕らえられた従業員が今まさに羽交い締めにされている。彼の袖口から、いくつかの札がこぼれ落ちるのがアイラにも見えた。
「はい、証拠発見。おさえといて」
従業員は手に縄をかけられて、ぐったりと頭を垂れていた。あいつに復讐してやりたかった、と何度もつぶやいていた。何故こんなことに荷担したかは調べなくてはわからないが、華やかに見える店でも裏でいろいろあるのだろうとアイラは思った。
従業員が連行された後、連れの男が霊媒師を見つめる。
「わかってみれば単純な仕組みでしたね。さて、あなたも観念しますか?」
「私があの男と組んだ証拠はないはずよ」
「さっきあの男はお前に持ちかけられた、と言ってたぞ」
「苦し紛れの言い訳ね」
この言い方に、気がよさそうな銀髪の男も、怒りのこもった目で霊媒師を見つめる。しかし、彼女は証拠がないのをいいことに堂々としていた。
「……浮き出る数字の仕組みを解明しないと、彼女は吐かないでしょうね」
「みたいねえ」
「なにか心当たりがあるのですか? 紙には、細工はないように見えましたが」
連れの男がアイラを見やった。男の顔に困った様子はない。何もかも見通しているようなのに、アイラに譲ろうとしている様子が見てとれた。食えない男だ、とアイラは内心でつぶやく。
「簡単よ、子供の悪戯。誰でも紙に水さえかければできるわ」
「それならやってごらんなさい」
アイラの台詞を聞いた霊媒師が紙を差し出す。ついでに、霊水の小瓶も一緒にくれた。試しに連れの男が受け取って水を垂らしてみるが、紙にはなんの変化もなかった。霊媒師が勝ち誇って胸を張る。
「ほら、ごらんなさい。アーユシ様のご加護がないと、そうなるのよ」
「その女を捕らえろ。離すな」
アイラが低い声でそう言い放つと、霊媒師の両腕を衛兵がつかんだ。もがく霊媒師を見ながら、アイラはさらに言う。
「……出しなさい。持ってる紙は、それが全部じゃないはずよ」
「ないわ、そんなもの」
「兵よ。そいつの着物と下着を全部脱がせてでも探しなさい。命令よ」
その言葉を聞くと同時に、衛兵が霊媒の腕をねじり上げる。無防備になった胴体を、他の兵が素早く探った。
「ありました」
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