第6話 アルフェリア 4
木々の手前で周囲を警戒する魔獣にクリスは、地面に転がるこぶし大の石を拾い魔獣目がけて投げつける。
背後からの攻撃に気が付いた魔獣が振り向くと、間合いを詰めたクリスが目の前に現れた。
「ウォォォォォ・・・」、雄叫びを上げる魔獣は、前足を上げてでクリスを払おうとした。
軽快な身のこなしで魔獣の攻撃を避けると、クリスはボソッと呟いた。
「創造神の祝福、ハードネス」、淡い光がクリスの体を包むと、ポッと弾けた。
クリスの体は、この世界で一番固い物質へと変化する。見た目は変わらないのに、傷付けられないのは反則に近い。しかも、硬質化した拳で殴られると魔獣でも激痛が走り、下手すると殴り殺されかねない。
「大人しくしろよ!」と、クリスは魔獣の頭上に飛び上がりそのまま脳天にゲンコツを入れた。
「ギャゥゥゥゥ――――・・・」
ドスンと地響きを上げて顎を地面に叩きつけ魔獣は、地面に伏せた。
クリスが洞窟の入り口を見ると、丁度、アルフがメルの手を取り森の中へ走って行く。
「上手く行った」、安堵するクリスが前を向くと牙と舌が見える。
へぇ? そのまま頭からクリスは魔獣に食いつかれた。
魔獣は、口を閉じたままモゴモゴとクリスの首から下の体をブラブラさせながら左右に振る。幾ら噛み切ろうとしても首から頭が離れない、それどころが牙が数本折れてしまった。
「グッガァァァァ」と、魔獣が口を大きく開けると、ボトリとクリスが地面に尻もちをついた。
自由になったクリスは、魔獣の唾液でずぶ濡れになっていた。
「うわぁ・・・、くっせー、何だこれ臭いよ」
何てことするんだと、クリスは魔獣の腹を蹴りつける。魔獣は、激痛に耐えられなかったのか大きな舌を口から垂らし横向きに倒れた。
「魔獣の唾液は、強烈な匂いなんだな」と、クリスは魔獣の尻尾を掴みそのまま地面を引きずり洞窟の前に連れて行く。
もう一発頭にゲンコツを入れると、魔獣を持ち上げて洞窟の中へ抛り込んだ。
クリスはギルド会館へ戻る途中、森の中の小川に服のまま飛び込んだ。あまりの匂いに、このまま帰るとみんなに何を言われるか分からない。せめて匂いだけでも取りたかった。
「ぷっはぁ、気持ち好い!」、飛び込んだ後にしまったと言葉が脳裏を過った。
この小川を利用する人は多いのだ。森で害獣駆除をする冒険者、木こり、山菜や薬草を取りに来る人など、ひざ下ほどの深さの小川は使い勝手が良いのでみんなの憩いの場なのだ。服のまま川に飛び込んでしまい、周りに迷惑をかけていないか心配になった。
クリスは周囲を見渡したが、誰も居ない。
良かったと、ほっとしたのも束の間、木陰から音が聞こえた。
「誰かいるのか? 居るんだったら、服のまま川に入ってしまって申し訳ない」
返事は無い。しかし、クリスは身に染み付いた警戒行動をとる。音のした木陰へ足音に気を付けながら近づいた。
ガサッ、ガ・ガサガサ。音が大きくなり目の前の枝をはらうと、裸の少女が立っていた。
クリスの視線に気が付いた彼女は、「キャ、キャァァァ―――・・・」と、悲鳴を上げた。
綺麗に整った顔立ちの彼女、腰まである長く黒い髪に赤い瞳で十六、七歳に見える。濡れた張りのある白い肌。手のひらに収まる小ぶりの乳房がクリスの目に映る。
瞳の色からして彼女は魔族のようだ。魔族に角など生えておらず、人間族と見た目はほぼ同じ。彼らの方が、少し身体能力が高いぐらいしか違いは無い。
「す、すまない。水浴びをしていたのか」と、クリスは慌てて背を向けた。
「ひ、ひ・・・酷い。覗かれていたなんて」
「誤解だ、俺は覗いていない」
「でも、私の裸・・・見たでしょう?」
「ああ、綺麗な体しているな。って、・・・見てしまった事は謝る。ごめん」
「ぐすん、服を着るまでそのまま、こっちを見ないで」
泣いているのか、彼女は鼻をすする。ゴソゴソと服を着る音がしなくなると、キンと金属音がした。
「こっち向いて良いわよ」
クリスが振り向くと、彼女は鋭い切っ先を彼の喉元に向けていた。
白いブラウスの上には、赤色の胸当てをしている。細くしなやかな腕と足には籠手と脛当を装備する。短いスカートからは太ももを覗かせ、スカートの下には黒いスパッツを穿いていた。
「あ、あああ。謝るから、その剣をしまってくれ。俺はクリス、アルフェリアから来た。君は?」
「これからあなたは死ぬのに、名乗る必要あるの?」
冷たい視線をクリスに浴びせる彼女は、ピクリとも動かない。
「剣士なんだね君は。ちなみに人殺しは、良くないよ」
「うるさい、覗き魔!」
どうやら彼女は、本気でクリスを殺めようと考えている様だ。乙女の裸を見た代償は、死をもって償わなければならないのか。女性には重い両刃の剣を微動だにさせず構える彼女は、自分の腕に自信があるようだ。
クリスは、一歩後ろに下がった。
慌てた彼女は、そのままクリスを剣で突こうとする。
刃先から離れられれば、勝機は格段と上がる。
クリスは、軽く手で剣を払うと剣を握る彼女の手を掴む。
真横に立つと彼女は、クリスの鼻先に頭が来るぐらいの背丈だった。
クリスは少し頭を傾けて彼女の耳元に、顔を近づけた。
「謝っているだろ。許してもらえないのか?」
「嫌だ。あなたの身のこなし、何処の騎士なの?」
「どうして、俺を騎士だと思う?」
「・・・、しょうがないわね。私は、ダンディルグ王国から来た、カレン・レーシアズです。剣術と体術を騎士団で教えてもらいました。だから、あなたの身のこなしがただの冒険者ではないと分かります」
「元騎士だ、今はギルドに所属する冒険者だよ」
「痛い、もう襲わないからその手を離してくれる?」
クリスが手を離すと、カレンは不思議そうに痛みを感じた利き手を擦る。クリスに掴まれていた間、剣どころか体を動かすことすら全くできなかった事に驚いた。
カレンの動作にクリスは、首を傾げた。
普通に痛みを感じるのが不思議な事なのか?
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