025 冒険者物件

 きょとんとする龍斗に対して、仁美が説明する。


「冒険者物件っていうのはね――」


 この国には、事故物件でもないのにもかかわらず法外に安く売られている物件が存在する。ただし、その物件を買うには条件をクリアしなければならない。その条件とは、大抵の場合が指定された魔物の討伐だ。もちろん生半可な覚悟で勝てる相手ではない。倒すには相当の実力が要求される。


「――とまぁ、そういう物件があるわけですよ」


「それが冒険者物件……」


「一種のクエストみたいなものね。仮に家を買う気がなかったとしても、倒せば報奨金がもらえるから。ま、家のディスカウント価格に比べると報奨金の額なんてちっぽけすぎて割に合わないし、まともな人間なら手を出さないね」


「なるほど」


「龍斗は傍から見て富豪に見えそうな家――豪邸が欲しいんだよね? いい感じの場所にあって、しかも広くないといけない」


「そうだ」


「で、予算は数千万なんだから、これはもう冒険者物件しかないわ」


 ということで、二人は冒険者物件専用の不動産屋にやってきた。


 冒険者物件はえてして高額であり、手を出す冒険者もまた名の知れた人間が多いことから、店構えはそこらにある不動産屋とはまるで違っていた。壁に物件の情報を書いた紙が貼られていることはなく、内装にはエレガントさが漂う。


「いらっしゃいませ、当店は冒険者物件専用となっておりますが、その点はご承知いただけておりますか?」


 龍斗たちの相手を務める男は、彼らが冷やかしか勘違いしている客だと誤解した。それもそのはずで、龍斗と仁美の格好からはお金の匂いがしておらず、実際、彼らの資産はこの店を利用するレベルになかった。


「もちろん分かっているわ」


 ここから先は仁美が担当する。龍斗が黙って見守る中、彼女は慣れた様子で物件を物色していき、龍斗の希望に合うものを見つけた。


「ここなんかどうかな? 大田区の久が原にあって、土地面積850平方メートルの建物面積570平方メートル。築20年で、見た目や広さは申し分ないと思う。普通だと7億くらいはするけど、冒険者物件だから龍斗の予算内だよ。他の冒険者物件と比べてもディスカウント率も高いからお得だと思う」


「ならそこにしよう」


 龍斗はよく分からないので即決した。仁美が言うなら間違いないだろう、などと考えていた。餅は餅屋というやつだ。


「ということなんで、この物件をお願いします」


 担当の男――安田は顔を引きつらせた。


「そちらの物件、対象となる魔物は鳥取砂丘のジャイアントサンドワームですが、本当に大丈夫ですか?」


「それは無理でしょ」


 仁美は即答だった。


 ジャイアントサンドワームは〈鳥取砂丘の王〉とも呼ばれており、一度倒すと数年間は現れない特殊な魔物だ。しかし、倒すのはこの上なく難しく、まともに戦って倒そうものならおびただしい犠牲を覚悟しなければならない。砂丘から決して出ない性質も相まって、近年は挑戦者もおらず放置されていた。


「ジャイアントサンドワームか……」


 龍斗は脳内のデータベースにアクセスして文献を漁る。すると、過去にレベル80代の人間が倒したというデータが見つかった。50年近く前の話で、3000人近い人数で挑み、その内の8割が死亡ないしは再起不能の重傷となったが、結果的には勝利している。この他にもいくつかのデータを発見した。


(火力的には問題ないな。試したい戦い方もあるし……)


 龍斗の顔付きが変わる。


「ちょっと龍斗、あんた、まさか……」


 嫌な予感がする仁美。


 龍斗は満面の笑みを浮かべた。


「よし、ジャイアントサンドワームを倒しに行こう! 仁美、協力してくれ! 二人がかりならあいつに勝てるはずだ! たぶん!」


 仁美の予感は的中した。


「無茶ですよ、二人なんて。無理無理! 絶対にやめたほうがいい!」


 安田がどれだけ言おうが、こうなった龍斗は止まらない。


「ちょっと遺言メールを書いてくるから待ってて」


 仁美は今日が人生最後の日だと覚悟した。

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