019 道具屋筋で短剣
大阪にやってきた千尋と龍斗は、地下鉄の心斎橋駅で下車した。そこから地上に出て、徒歩で難波に向かって歩いていく。
戎橋――通称「ひっかけ橋」――に差し掛かり、クリコ社の出している大きなマラソンランナーの野外広告が見えてきたところで、唐突に千尋が尋ねた。
「そういや龍斗って武器は使わへんの?」
「うん、武器は使わないよ」
龍斗は素早く千尋の装備を確認する。仁美と同じで脇にレイピアを差していた。そういえばドラゴンとはレイピアで戦っていたな、と思い出す。
「えー、勿体ない! 買ったらいいやん、武器!」
「そうなんだけど、あったところでどうせ使わないからな」
「あるとないとじゃ全然ちゃうよ。使う気がなくても使う時があるかもしぃひんし」
「しぃひん?」
「しれないってこと」
「なるほど」
たしかに千尋の言う通りかもな、と龍斗は思った。
彼の攻撃力は桁違いに高い。レベル61の現在に至るまで、全てのステータスポイントを攻撃力に振ってきたからだ。京都駅を襲っていたコボルトなら、そこらに落ちている木の棒で殴っても一撃で倒せるだろう。
「なら護身用に短剣でも買おうかな」
「そうしそうし、せっかく大阪におるんやし!」
「せっかく? その言い方からするに大阪は武器の名所なのか?」
「全国的には有名ちゃうんかな? 堺でええもんがたくさん作られとるから、安くて質のいい武器を買うなら大阪やで」
「そうなんだ。なら今から堺に行くか」
「その必要はないよ。ミナミには道具屋筋があるからね」
「道具屋筋?」
「ちょうどもうすぐ見えてくるわ」
龍斗の視界にとんでもない行列のたこ焼き屋が目に付く。
「あそこのたこ焼きは美味いのか? すごい並んでいるが」
「あー〈わなこ〉か。あの店はたこ焼きやなくてたこせんが有名なんよ」
「たこせん?」
「たこ焼きをえびせんで挟んだやつ。美味しいで。並ぶ? 東京の人って並ぶの好きなんやろ?」
「いや、遠慮しておこう」
「よかったー、ウチ並ぶの嫌いやねん」
千尋が心の底から安堵したように深々と息を吐く。そのままたこ焼き屋を過ぎてまもなく、幅の狭い通りがやってきた。そこに足を踏み入れたころで、彼女は「ついたで」と言った。
「ここが道具屋筋や」
「こんなところがあったのか」
道具屋筋は、左右に職人技の光る店が並んでいる通りだ。剣、槍、薙刀……ありとあらゆる武器が売られていた。それらの価格自体は決して安いとは言えないけれど、質を考えた場合は文句なしに安い。
「ここで売ってるもんを他所で買ったら倍はするよ」
誇らしげに言う千尋。
「たしかにそのようだ」
龍斗は頷き、手前の店から順に入っていく。
店内には壁を埋め尽くす勢いで武器が飾られていた。それはこの店に限った話ではなく、他の店でも同じことだ。全ての武器にでかでかと値札が貼られており、剥き出しに展示されていることから、「まるでおもちゃを売っているかのようだ」と龍斗は思った。
「龍斗は短剣が欲しいんやっけ?」
目をキラキラさせて商品を眺める龍斗に、千尋が尋ねた。
「そうだけど、オススメとかある?」
「あるでー! 短剣なら
千尋が数軒先の店を指す。その店には短剣ばかりが売られていた。漂う「短剣ならウチに任せろ」のオーラが凄まじい。
龍斗は「おお」と感嘆すると、即座に重光へ移動した。
「武器はちょっとええもんを
「同感だ」
店内を軽く物色したあと、龍斗は50万円の短剣を現金払いで買った。豆腐と同じ感覚で石や鉄を切れるという脅威の切れ味を誇る逸品だ。即決だった。
「いやいや、それは高すぎやん! って、なんで現金でポンと出せんの!? 龍斗って大富豪かなにかなん?」
「いや、普通の冒険者だが」
「ほへぇ、東京の冒険者は凄いんやなぁ。大阪のほうが凄いと思ったけどそんなことなかったわ」
龍斗を基準にして東京の冒険者像をイメージする千尋。もしも彼女が東京へ行って他の冒険者を見たら幻滅するに違いなかった。
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