第43話 俺が始めた戦い

 食堂には意外と多くの顔がそろっていた。


 夢原、東堂、吉里、そしてアジトリーダーのレオン、天城の御曹司が話をしている。傍から聞く限りこれまでの流れを来人が聞いている様子だった。明日の会議で知識の差がないように情報を集めているようだ。


「お、クソガキじゃん」


「お前に言われたくねえよ。多分年上だぞ」


「弱いならクソガキなんだよ。天江。そして隣が歩家の娘か」


 来人は一緒に来た季里をみてその正体を普通に宣言する。


 あまりに唐突なカミングアウト。それも一番隠し通さなければいけないところ。昇は、今思えば、〈人〉である天城家が隣の領地の令嬢の情報を知らないということは考えにくい、ということをようやく理解する。


(ヤバイヤバイ! 反逆軍の前で言いやがった! てかなんで知ってんだよ! えええドウシヨ)


 昇は急に後ろめたいことを追求されフリーズしてしまうが、東堂も、夢原も、吉里もそれほど驚いていない。


「別にいいですよ。知ってますから」


「へ? なんで?」


「明奈っちが、事情を全部事情をメッセージで送ってくれたのよ。後で隠し事があることを言及されて私たちと険悪な関係になるのを防いだのでしょうね。メッセージの内容に嘘偽りなく、その代わりに人質を殺すのは少し待ってほしいって」


 隠し事が苦手な昇でもそれだけは最大限努力して隠そうとしていたのだが、それも無駄だったようで、自分の虚しい気遣いにため息をつく。


「まあその話は今はいいだろう。座ってく。天江昇、お前の話も聞きたいんだ」


 天城来人が指さした席に、デバイスでコップが創られる。一番近い吉里が2人分のお茶を注いだため、誘導通り昇と季里はその場に座る。


「で、俺お前に自分の名前言ったっけ?」


「いいや。でもお前の名前は知ってる。途中で寄った廃校にお前に似た男が写った写真と名前を見たからな。俺は一度見た名前は、なんでも1日は覚えているんだ。天才だから」


「てか、寺子屋行ったのか」


「誰も使ってなかったからちょっとそこで休憩をしてたんだよ。廃街だともう歩家のテリトリーだからリラックスできないからな。だから驚いたぞ。そこで見てもう死んでるだろう男が〈天使兵〉と戦ってたんだから」


「あの態度で驚いてたのか?」


「態度には見せる必要がないから見せなかったまで。その後のことはこの人たちに聞いたよ。なかなかの問題児だな。歩季里を記憶喪失にしちゃったから何かに使おうという強かなことを考えている割には、たいして強くないからそのタイミングまで生き残れない雑魚。なのに夢は大きく無謀な」


 メッタメタに侮られさすがの昇もいい気分ではない。さらには季里を何かに使おうという本人に言えない後ろめたい意図を明らかにされて、立場も悪くさせられそうだ。


 昇は季里の様子を窺う。季里は意外にも、

「私の命も武器にしてもらっても文句はない。私は人質である自覚は正直ある」

 何もかも隠しきれていない昇、自身の情報隠匿能力の低さを自覚させられうなだれた。


「でも、悪くない。記憶もないから、自分の立場が悪い自覚はないし、天江昇という男を見られて飽きないので」


「ほう。よほど面白い捕虜生活だったようだ」


 季里は頷く。


 3人の隊長もクスっと失笑した。


「様子を見る限り、嘘をついているようでもない。どうやら季里さんについては今は心配いらないみたいですね」


「記憶がないままだったらな」


 とりあえずこの場で季里をどうにかされることはないと一安心。昇は安堵して息を吐いた


 来人はそれを見て、ますます昇に興味を持ち、いよいよ来人は天江に対する本来の目的である問答の時間を始める。


「天江。弱いのは自覚しているくせに、無謀だと思っているくせに、お前の蛮勇を支える原動力はなんなんだ?」


 昇に向けて前のめりに来人は顔を寄せてプレッシャーをかける。


「答えろ。何が望みで、そこまでできる?」


「馬鹿な答えだぞ」


「構わん。死ぬと分かっているのなら逃げるのが生物的に普通だ。俺は天城家でもそう教わった。死ぬだろうこの戦いに、お前は何を見出して命を賭ける? これまで何をやったかはどうでもいい。お前の原動力に俺はとても興味がある」


 これまでとは違い、来人がすこし真剣に訊いていることを察して、昇も真剣に答える決意をする。


「仲間を救うためだ」


「ほう? 正義のヒーローごっこか」


 子供の馬鹿な夢を内心であざ笑う大人がするような顔。来人は年下であれ、それでも昇より非常に大人びていることがうかがえる。


「……否定はしない。助けたいのは事実だ」


「馬鹿な男だ。それだけのために、命を捨てようなどと。自殺したければ今ナイフ胸に突き刺せばいいだろう」


「俺は負けず嫌いなんだよ。俺は故郷を破壊したあいつらに負けたままなのが許せない。だから、仲間を奪い返す。今度はあいつらに、奪われる苦しみと悔しさを味あわせてやる。それまでは俺は諦めない。それが、先生との約束だからな」


「すでに死んだ男との約束……?」


 来人はピエロを見ているかのように、昇の方を見て愉快な笑みを浮かべた。


「馬鹿なんだなぁ、本当に」


「馬鹿で結構。仲間を救うなんて言っても、それをあいつらが望んでいるかなんて分からない。これは俺の自分勝手だ。それを貫いているんだから、それくらい自覚はしてるぞ」


「ほう?」


「それでも俺は、そうしたいと本気で思ったからこの戦いを始めた。仲間を、俺の将来のパートナーを、まだ生きているのなら必ず救い出す。どんな手を使ってもだ!」


 季里が驚きで目を大きく開く。否、季里だけではない、この場にいる人間はそれぞれリアクションをとっていた。


 来人はまたも笑いをこらえきれない。


「なんだよ……ここで色恋沙汰か? お前、変に事情の多い男だな」


「悪かったな。そこは笑っていいっつっただろ」


「ああ。笑い話だ。だけど、まあ。悪い話じゃないな。復讐ってのはやっている間は気持ちいいもんだ」


「復讐……。今までその言葉を思い浮かべたことはなかったけどそうかもな。俺は自分の命なんてどうでもいい。そんなちっぽけなことよりも、人間に酷いことしやがるあいつらあいつらが許せないって意味なら」


 ここまで、昇は深刻そうな顔をしていなかった。まるでそれが将来の夢を語っているかのように、その顔は笑っていた。


 対して季里の顔が、昇と反比例しているかのように曇る。


(なんか……気に入らない)


 季里がそう思う理由は、この時点では自分でも分からなかった。それが気に入らず、その後の会話を二の次に考えこんでしまう。


 しかし傍から見たらそれも心の声であり、誰も季里の疑問に気が付いた者はいない。


「いいぜ天江。とてもいい。……決めた。天城家本家の心強い味方が、お前に手を貸してやる」

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