第6話 私って何カップあると思いますか?

「先輩先輩。クイズやりませんか?」


 いつもの広報委員会の作業中、俺は後輩の日比乃にそんなことを言われた。

 その突然の提案に、俺は驚きで何も言えなくなる。

 なんなんだ一体?


 日比乃は俺の横に来て、もう一度俺に告げる。


「あれ? 聞こえてなかったんですか? じゃあもう一度聞きますけど」


「いや、いい。聞こえてる。聞こえてますよ」


 別に聞こえてなかったから何も返さなかったわけじゃない。


「聞こえているけど。え? なにいきなり」


「なにって別に。ただヒマなんで先輩とクイズでもしようっかなぁって思っただけですよ」


「記事書けよ」


「書いてますよちゃんと。でも疲れちゃったんでいきぬきがしたいんです」


「いきぬきなら他にも方法があるだろ」


 スマホとか、スマホとか。

 他には、えーと、スマホとか。

 ……昔は息抜きの方法は色々あったと思うけど、今はもうスマホしか出てこなくなってしまったな。


 まあこれは人類がスマホ以外の楽しみを失くしてしまったというわけではなく、ただスマホ側の進化がすごくて大体の暇つぶしや快楽はスマホによって得られるというだけなのだろうが。


 連絡とるならスマホ。本を読むならスマホ。ゲームやるならスマホ。

 体を動かす以外の快楽はほぼスマホに集約されてしまったといっても過言ではない。

 いやそれはちょっと過言だったかもしれない。


「スマホでも見ればいいんじゃないか」


「先輩そういうのはよくないですよ? なんでもスマホスマホって。スマホ中毒になっちゃってませんか?」


「うっ」


 こいつ、たまに随分痛いところをついてくるな……。


「というわけで、先輩のスマホ中毒の緩和のためにも、私のクイズに答えてもらいましょーう」


 俺のスマホ中毒とお前のクイズにはあまり関係がないと思うのだが。


 まあそんなこと言ってもこいつは止まらないから、どうせ大人しく従うしかないんだろうな。

 このまま騒がせていたら作業の邪魔になってしまうだけだろうし。


 ここはさっと答えてさっとクイズを終わらせるのが、大人のやり方だろう。


「わかったわかった。お前のそのクイズとやら。俺が答えるよ。で、なんの質問なんだ? 相対性理論について?」


「違いますよ。そんなの答えられないでしょ先輩」


 確かに。

 全くわからない。

 相対性理論がなんなのかも俺は知らない。

 後輩の前でちょっと見栄を張ってしまった。


「じゃあ、クイズいきますよ」


 まあこいつが考えたクイズなんて大したことないだろう。

 俺はそう思い、日比乃のクイズに臨む。


 デデン、と日比乃が言い、続ける。




「私って何カップあると思いますか?」



「知ぶふぁっ」


 知るか、と答えようとしたら盛大に噛んでしまった。




「あれ? どうしたんですか先輩。答えてくださいよ、私が何カップか」


「知るかそんなもん。興味ないわ」


 俺は努めて冷静に答える。

 なんなんだ、この質問。このクイズ。


 カップ数って。

 ついに日比乃のからかいもそこまできたか。


「興味ないって答えになってませんよ先輩」


 にやにやしながら日比乃は言ってくる。

 ずいぶんと楽しそうだ。

 きっと答えられなくてあたふたしてる俺を見て楽しむつもりなのだろう。

 もしかしてこの間の肩揉みでいいようにやられたことをまだ根に持っているのか?


「ほらほらー。早く答えてくださいよ先輩。私の胸のサイズはどれだけあると思いますか?」


「そんなのわからん」


「えー。そんな答えはだめですよ先輩。胸のサイズなんて有限なんですから、何かしらは答えられるはずです。あ、それとも。先輩は恥ずかしいんですか? とってもおっきい私の胸について考えるのが恥ずかしくて、興味ないとか言って逃げるつもりなんですかぁ?」


「なんだとてめえ!」


 ずいぶんと煽ってくれるなおい!

 恥ずかしくないわ! 

 逃げるつもりなど毛頭ないわ!


 くそ! そんなに言うなら当ててやるよ!

 全力で当てにいってやるよ!

 後悔しろ!


 そう決意した俺は日比乃の体をじっと見る。


 大きい。

 いや体格自体はそこまで大きくない。

 身長は女子の平均くらい。お腹や腰まわりはすらっと細い。

 ただ例外的に、一部分が大きいだけで。

 具体的には、胸が大きい。


「ふっふーん。どうしたんですか先輩? 答えられませんか? まあ先輩は女性経験少なそうですから、わからないのも無理はないですね」


 くっ!

 バカにしやがって!


 確かに女性経験少ないけど!

 少ないっていうか、ほぼゼロだけど!

 彼女もいないしな!


 だが、そんな俺でも推測するくらいのことはできる。


 もういちど日比乃を見る。

 彼女の胸は大きい。

 制服は胸のあたりで山のように盛り上がっていて、布地がパツンパツンになってしまっている。


 この大きさださすがにAやBということはないはずだ。

 Cでもないだろう。

 ならばDか。それとももう一つ上の可能性もある。


 日比乃は自分で胸が大きいとたびたび言うくらいその大きさには自信があるのだ。

 ならばかなりの物のはず。

 こちらも大きく見積もっておいた方がいいだろう。


「Eカップか?」


 俺は解答した。

 答えはE

 かなりいい線いっていると思う。

 さあ、答えは――


「ぶっぶー。残念でした、はずれです先輩」


 嬉しそうに笑いながら日比乃は告げる。


「正解は、Gカップでーす!」


 くそ。外れたか。

 日比乃の胸は思っていたよりも大きかった。


 しかしGか。

 なるほど、想像よりも二サイズ上。

 俺の見立ても甘かったようだな……。



 え!? Gカップ!?



「でか!」


 思わず叫んで、日比乃の胸を見る。


 Gカップって、もうそれグラビアアイドルのサイズだろ!

 高校一年生の胸のサイズじゃねえよ!

 すごすぎないか!

 ていうか、そんな大きなものが俺の背中に当たっていたのか!?


「そんなに大きいのか!? お前の胸!」


 ともすればセクハラになりそうなこと(というか完全にセクハラだった)を言いながら、俺は日比乃の胸をガン見してしまう。


「そ、そんな褒めないでくださいよ。照れちゃいます」


 日比乃は頬を染めて体を恥ずかしそうにくねらせている。

 だが、俺はそんな彼女のリアクションにも反応できない。


 完全にGカップの衝撃で脳がやられていた。

 日比乃の胸から目が離せなくなる。


「せ、先輩。いくらなんでも見すぎじゃないですか?」


 日比乃に話しかけられて、はっとした。


「あ、ああ。すまない」


 さすがにセクハラが過ぎた

 少し冷静になろう。


 そう思って深呼吸する。

 すー、はー、と深く息を吸ったり吐いたりしていくうちに、幾分か落ち着いて来た。


「すまなかったな。さすがにさっきまでの行動はセクハラだった――」


「ねえ先輩」


 日比乃が俺の言葉を遮った。


「私の胸、そんなに見たいんですか?」


 俺の顔を見ながら、日比乃はそう訊いてきた。

 その顔は先ほどまでの俺をからかうようなにやにやした笑い顔ではなく、なぜか真面目な顔つきだった。

 声も真面目なトーンだ。

 彼女の態度の急な変貌ぶりに、俺は面食らう。


「見てもいいですよ」


「見てもいいって」


「先輩なら、いくらでも私の胸を見ていいです」


日比乃は俺の顔をじっと見つめながら、そう口にする。


「えっと……」


 俺も日比乃の顔をじっと見つめる。


 その顔からは、彼女の真意がわからなかった。

 からかっているのか、それとも本気なのか。


 いや本気だとして、それはいったいどういう意味で――?


「意味は、自分で考えて下さいね」


 そう言って、日比乃はパソコンの前まで戻り、作業を再開した。



 今日の日比乃は、よくわからなかった。

 俺のことをからかってきたかと思えば、急に真面目な態度になって。

 意味は自分で考えろと言って。


 この間の日比乃の台詞が思い出される。


『先輩は、私のことばかり考えていればいいんですよ』


 言われなくても、日比乃のことを考えてしまう。

 日比乃のことばかり考えてしまう。


 これはいったい何なんだ。

 日比乃の策略か?

 何の策略だ?


 なぜ俺は、日比乃のことばかり考えてしまうんだ。


 くそ! 作業に集中できない。

 あいつのことばかり考えてしまう。



 その日は、委員会の仕事は全くはかどらなかった。

 それもこれも、あいつがあざといから悪いんだ。


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