やはりというか当然のようにファミレスは混んでいた。入店するのにも順番待ちだし、ドリンクバーもレーンすべてに行列が絶えず、まるでお店の中に、更にお店があるようだった。

 だから食べ終わり、外に出た頃にはいい時間になっていた。帰りには、予約していたクリスマスケーキの受けとりや、夕食の買い出しもした。その都度順番待ちをしたものだから、すべての用事が終わって、家に帰るというときには本当にいい時間になっていた。

 夜走る。走っているのは車。走っているのは自動車。


 この頃は、いよいよ自動運転が実用化か、と盛んに言われている。自動車が自動で走ったならそれは、自動自動車? 機械の自立とは対照的に、人間は、少しずつ運ばれるだけの荷物になっていくのだろうか。

 助手席のヨシヤは、通りすぎる風景を見ながら、あれは何か、あれが不思議だ、と声を上げていた。私はあいにく運転中だから半分も答えてやれない。それでもヨシヤは楽しそうに窓の外を眺めていた。


 ある意味、子供の頃の自動車は、自動運転だ。親が運転してくれるのだから。でもその内、自分でやらなくてはいけなくなる。運転だけじゃない。何だってそうだ。やってもらっていたこと、やらずに済んでいたことを、自分の手でこなさなければいけなくなる。

 しかし、これからすべてが自動になっていくのなら、人はずっと子供のままで、大人になれないんじゃないか、なんて考える。機械が親代わり。死ぬまでずっと、機械が面倒を見てくれる。死なない親。

 ずっと子供のように遊んでいられる世界が来るんだろうか。

 遠くに赤信号が灯るのを見て、我に返る。

 ブレーキを踏み、ゆっくりと車を止める。 

 赤信号の指示のもと停まっていると、度肝を抜くようなエンジン音を響かせたスポーツカーが、後ろから近付いてきた。


「まるで花火みたい」


 ヨシヤが言った。


「花火と来たか」


「花火が来た」


 そう言ってヨシヤは後部座席を一瞬ふり返った。


「ママすごい」


「確かに。ママの肝は絶対抜けないみたいだな」


「きも?」


「何でもないよ」


「ふーん。でも何であんなおっきい音させるのかなぁ?」


「爆竹で遊んでるみたいなもんだよ」


「ばくちくって何?」


「……。いや何でもないよ」


「何でもないばっかり」


「要するに遊んでるんだよ」


「夜遊び?」


「うーん。まぁそうだな」


「大人はああして遊ぶんだね。どうしてみんな遊ぶんだろう?」


「みんな?」


「みーんな。子供も、大人も。みーんな」


「さぁなぁ、ヨシヤはどうして遊ぶんだ?」


 言葉のキャッチボールが途切れる。ボールを落としたんじゃなく、手の中のボールを見ているという感じだ。


「楽しいからだけど……」


「だけど?」


「たまに楽しくなくなるときもあるんだ」


「飽きてか?」


「ううん。それとも違う。次のときは楽しかったりするから」


「父さんにもそういうのはあるけどな、何でなんだろうな」


「わからずや?」


「……分からず屋?」


「どうして笑うの?」


「それも、分からず屋だよ」


 好きなものは、気が付いた時には、もうすでに好きになっている。どうして好きになったかなんてよく分からない。理由を後付けするのは簡単だけれど、本当のところは分からないものだ。

 本当に大好きなものは、夜空の彼方の銀河のようなもの。

 特大の万華鏡。いつまで見てても飽きないくらい変幻自在で、見る度にもっと好きになる。もしも、銀河をオルゴールに入れたなら、どんなに綺麗な音が鳴るだろうか、なんて考える。好きなものだから、いくらでも想像が膨らんでいく。とにかくすべてが特大級で、他のものとは比べられない。


 だけれど、そんな銀河の真ん中はぽっかりと穴が開いている。あるいは穴が閉じている。銀河の真ん中は、決して覗くことのできないパンドラの匣。だからたまに不安になる。正体の分からないものは怖い。好きだからこそ怖い。わけもなく好きになったなら、わけもなく嫌いになりそうで。


「父さんは、分からず屋だ」


 青信号になり、少し走ると、スポーツカーがすかさず横をすり抜けていく。激しい音を連れるその様は、まるでネズミ花火のようだ。

 ヨシヤはまたも後ろをふり返り、嬉しそうに笑った。


「寝かせておいてやれ」


「うん。でも多分、なにしても起きないような気がする。車とぶつかっても多分大丈夫だよ」


「大丈夫って言われてもなぁ」


 やれやれと思いながらハンドルを握っていると、その内にヨシヤも眠ってしまった。

 太陽は遠くの山合に沈み掛けていた。夕方と夜の境目。人によっては夜で、夕方で。たとえ同じ人だとしても、気分によっては夜で、夕方で。そんな曖昧な時間帯。

 そして、本当のクリスマスは日没と共に始まる。

 あの太陽が沈んだその瞬間から、街はクリスマスに覆われる。日没が街を黒く染めるように、音もなく一瞬で。


 遥か昔の風習のなれの果て、それがクリスマス。華やかになろうと現代的になろうと、それは事実であり変更は不可。煌びやかな街並みの暗がりに、大昔のクリスマスが隠れている。起源は決して消えたりはしない。


 街に、もみの木が繁る。作り物、お菓子の木、絵の中の木、歌の中の木、いろんなもみの木が繁る。

 人工的な花を咲かせ、光の花粉を撒き散らし、人為的な実をつける。クリスマスの間、街は密林地帯になる。森には神秘が眠っている。だから何が起こっても不思議じゃない。

 クリスマスはおとぎ話のさなか、奇跡のさなか、さながら魔法の国。だから何が起こっても驚くには足りない。


 クリスマスはほんの些細な日常を、まるごと舞台に上げてしまう。スポットライトに照らされて、突然第四の壁が開き、いつの間にか大勢の観客に鑑賞されている。見られていることに演者は決して気がつかない。

 舞台は終わらない、いつまでも。

 だけど区切りは必ずある。舞台が終わり、次の舞台へ。

 幕は閉じられなければならない。次の始まりのために。

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