ただ一人の英雄でありたい

ジーニー

第1話 英雄たち

 地球は病に罹った。その病は地球にいるありとあらゆる生命体を滅ぼし、地球そのものさえも蝕むものだった。ベノムと名付けられたその異形の生物たちは世界各地に同時に現れ、世界に暗雲をもたらした。

 無論、人間や動物も抗おうとした。しかし、全ては通じることなく、人間の生み出した兵器も無意味だった。建造物は破壊され、自然も蹂躙される。全ての生命は破滅の運命を目の当たりにし、絶望の淵に叩き込まれることとなったのだ。

 だが、病に罹ればそれを分析し、抗体もまた生まれる。それは一見するとただのベルトだが、ライザーと呼ばれる選ばれし者にのみ装着することができる身体能力を向上させ、べノムに対抗することができる唯一の装備であった。

 世界各地にライザーは現れ、ベノムたちを次々に打ち倒し、一時的に平和が訪れた。世界各国はライザー達を保護し、部隊を設立し、ベノム対策に奔走することとなったのである。

 これが今から2年前の2028年の出来事である。




 2030年、4月 東京


「そこまでだよ、ベノム達!」

「こ、これ以上の好き勝手はさせません!」

「そうね、さっさと始末しましょう」


 赤、黄、青のスーツを身に纏う少女達が建造物に襲いかかる異形の生物に叫ぶ。周囲に人影はなく、速やかに避難したことが窺える。しかし、ビルは無惨に破壊され、その周りの建物も崩壊させられていた。

 ベノムは破壊活動を止め、ゆっくりと少女達の方へ顔を向ける。

 その姿は醜悪の一言に尽きる。大きさは大柄な男性よりも少し背が高いくらいだが、その顔には目や鼻はなく口のみが縦に裂けて張り付いている。全身を毒々しい紫に染めて、その爪や牙は鋭く尖っている。全ての生物が本能的におぞましさを感じるようなその姿は、しかし大半のベノムの共通した容姿である。


「相変わらず、本当に気持ち悪いね……」

「これだけは慣れないね……」

「全くね………ってあれ何かしら?」


 少女達はその醜悪さに顔を顰めながらも構えは崩さず、いつでも動くことができるように準備する。一人横目で青のスーツを着た少女が違和感に気付く。

 少女達を目のない顔でベノムが睨みつけ、雄叫びをあげた。


「ヴェギィィィィィィィィアァァァァァァァァ!!!!!」


 そのまま少女達に突進し、その牙や爪をもって引き裂かんとする瞬間、バイクが側面から凄まじいスピードで衝突した。


「ゲェッ!!?」

「おっ、死んだか? ざまぁみろ」


 ポカーンと少女達は呆気に取られる。今、目の前で起きた出来事に脳が追いつかず目の前に現れたバイクを見つめることしかできない。

 そんなフリーズから真っ先に戻ってきた赤の少女は、バイクの運転手に叫ぶ。


「ちょ、ちょっとあなた! どうして避難するどころかベノムのいるところに突っ込んできてるの!?」


 その叫びを横で聞いた黄と青の少女達が我に返り、赤に続いて運転手に声をかける。


「あ、危ないので逃げてくださ〜い!」

「民間人は警報が出たら、地下シェルターに避難する決まりのはずよ」


 運転手に叱り付けるように話すが、その男はガン無視だった。


「無視しないで、逃げなよ!!」


 赤い少女の言葉も無視し、それどころか男はバイクのエンジンを止めてサイドスタンドを下ろした。

 ヘルメットをつけたままなので顔は見えない。黒のスーツ、黒のシャツ、黒のネクタイと黒づくめの明らかに怪しげな格好だ。その男はグイッと伸びをして、準備体操のようなものを始める。


「私たちユニオンナイトを挑発してるのかしら、それ」

「いや、そういうわけでもないんだがな」


 無視し続けていた男が当たり前のように返事をするので、少女達は再び驚き固まる。そのままなんてこともないように男は続ける。


「むしろ、お前らが逃げてろよ。弱いんだし、危ねぇだろ」

「えぇ……」


 あんまりにもあんまりな言葉に咄嗟の反論さえできない。

 そんなことをしていると吹っ飛んだベノムが起き上がり、再び突っ込もうとしている姿が見えた。


「ちょっと、本当にやばいから逃げて!」


 赤の少女がいよいよ焦り叫ぶが、ヘルメットの男はまるで意に介さずに少女達にもう一度言い放つ。


「むしろ、お前らが逃げてろ。危ねぇだろ」

「戦う力もない人が何を言ってるんですかぁ!」

「あるから言ってるに決まってんだろ」


 平然と何のことでもないように言った内容に3人が固まる。そして、その言葉に反応する間も無く、男はいつの間にか握っていた剣を納刀するように腰の横に当てて呟く。


『RISE』


 瞬間、世界が弾けた。

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