第6話:生き恥・ニルラル公爵家騎士団長

 眼を開けると、先代の奥方様そっくりの女性がおられた。

 一瞬夢を見ているのかと思ったが、女性らしい香りにハッとさせられる。

 直ぐにカチュア様だと分かったが、何も言えなかった。

 自分のやってきたこと、やらなかった事を思えば、何も言えない。

 ただ自然と涙が流れるだけだ。


「大丈夫ですか、直ぐにお薬を飲ませてあげますからね。

 必ず助かりますから、気をしっかり持つのですよ」


 カチュア様はそう言ってくださるが、私には分かっている。

 もう絶対に助からないし、助けてももらえない。

 カチュア様の後ろにいる、神々しいまでに光り輝く金色の聖獣を眼を見れば、何故自分が命永らえているのかが分かった。

 金色の聖獣は、私に全てを話せと言っているのだ。


「カチュア様、治療は結構でございます。

 それよりも、お話ししなければいけない事があります。

 大切な、とても大切なお話です、どうか驚かずにお聞きください」


「何故私の名前を知っているのですか?

 貴男はどこのどなたですか?

 私はニルラル公爵家の者だと聞かされましたが、それは本当ですか?」


 カチュア様が少し驚いた声で質問される。

 カチュア様の肩にとまっているフェアリーが、殺意の籠った眼で私を見ている。

 先代の奥方様が可愛がっていたフェアリーなのだろうか?

 だとしたら、私の顔を覚えていても不思議ではないし、殺意を向けられるのも当然だが、このフェアリーはどこまで話したのだろう。

 凄惨な所までカチュア様に話しているのだろうか?


「本当でございます、カチュア様は正真正銘の公爵令嬢でございます。

 悪女ビエンナに、母親である先代の奥方様ロジーナを殺され、ご自身は大魔境に捨てられたのでございます」


 嘘偽りなく、私の知る限りのことを話そう。

 どうせ話し終えたら消えてしまう事は分かっている。

 聖獣様の力で、魂だけが人型を取ってカチュア様と話しているのだろう。

 聖獣様はよほどカチュア様を気に入られているようだ。

 醜く無残な遺体をカチュア様の目に晒したくないのだろう。


 同時に、私のような性根の腐り果てた人間は、苦しみ抜いて死ねばいいと思っておられるから、魔蟲に徐々に身体を喰い殺される苦痛を与えられたのだろう。

 生きて犯した罪悪に応じて、苦痛を与えて殺されたのだ。

 だから罪の浅い者は、早々に狂気に侵されて楽に死ぬことができた。

 私と同じように罪深い連中ほど、なかなか死にきれずに苦痛に苛まれていた。


「カチュア様、お逃げください。

 悪女ビエンナがカチュア様を探しております。

 あの者なら、どのような手段を使ってでもカチュア様を探し出します。

 探し出して、自分の利益になるように利用しようとするでしょう。

 人の世は恐ろしく汚い所でございます。

 どうかこのまま大魔境の奥深くに隠れられ、心静かにお暮しください」


 最後はなんだか支離滅裂な事を口にしてしまったが、全てを話せてよかった。

 悪女ビエンナは人間の常識や良識では測れない悪行を平気でやる。

 近づかないのが一番だという事を伝えられたのなら、それでいい。

 皇国が聖女を欲しているようだが、そんな事は知った事ではない。

 本当に聖女が大切だったのなら、あの時助けに来てくれれば、ロジーナ様も忠義の者達も死ななくてすんだのだ。


 だが、それは、俺が口にしていい事ではないな。

 どうやら生き恥はさらさずにすむようだ。

 今まで行った事の償いに、公の場で全てを証言させられるかと思っていたが、聖獣様のご慈悲で、これで死なせてもらえるようだ。

 お別れでございます、カチュア様、どうかお幸せに。

 


 

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