第173話 挨拶

美香の実家の前についた後、ネクタイを締めなおしていた。


美香は車を降りる直前「やっぱ帰ろ?」と切り出してきたけど、何も言わず、荷物を持ち、車を降りる。


美香は渋々といった感じで車を降り、重い足取りのまま玄関の前に。


玄関のドアを開けると同時に、親父さんがガラス戸の向こうから現れたんだけど、かなりガタイがよく背も高い。


『これに殴られんの? 無理じゃね?』と思いつつも、手土産を足元に置いてお辞儀をすると、親父さんは俺の前に来ると振りかぶり、いとも簡単に壁に叩きつけられた。


「お父さん! いきなりそれはないでしょ!?」


美香が怒鳴りつけながら俺のもとにきて「ごめんね。 大丈夫?」と聞いてくる。


「ああ。 平気」と小声で言いながらも、口の中に血の味を感じ、ジンジンと痛む左頬を摩っていると、親父さんは無言でガラス戸の向こうに消えて行ってしまった。



美香とガラス戸の向こうに行くと、そこには美香の両親がいて、お母さんはアイスノンを手渡してくれた。


お礼を言った後、自己紹介をしたんだけど、美香は付け足すように「私の彼氏で会社の社長」と言うと、親父さんとお母さんは固まってしまった。


その瞬間、親父さんとばっちり目が合ったんだけど、親父さんは「え? 社長?」と言いながらキョトーンとした顔をしていた。


『この顔、美香そっくり』と思いながら「はい。 そうです」と答えると、美香の親父さんは『土下座でもするんじゃないか?』ってくらい平謝りしてきた。


両親に手土産を手渡すと、小柄で背の低いお母さんは、普通にお礼を言い、親父さんは恐縮したように「わざわざ申し訳ありません」と頭を下げてきた。


親父さんに促され、ソファに座ると、親父さんはすぐにグラスを手渡し、買ってきた日本酒をグラスに注いでくれた。


「お父さん、今日、車だから!」


「車? お前免許あるだろ?」


「運転できるかわかんないし…」


「代行呼ぶのでいただきます」


そう言った後、親父さんと乾杯し、グラスの酒を飲んだんだけど、親父さんはいきなり「で、入籍はいつ頃?」と聞き始めた。


「僕はすぐにでもって思ってるんですけど、美香さんが躊躇していまして…」


「え? じゃあまだ先?」


「はい。 今度、大きなプロジェクトがあるんですけど、それが終わるまでは待つしかないんです」


「美香、今すぐ役所行ってこい。 早く孫抱かせろ」


「嫌だ」


「いいじゃない。 お父さんがこう言ってるんだし」


お母さんは笑いながら美香に言ってたんだけど、美香は「まだ早い」としか言わなかった。


その後も飲みながら話をしていると、親父さんは「孫が抱きたい」と俺に訴えてくるように。


「早くご希望にお応えできるよう頑張ります」と答えたんだけど、美香はずっと聞こえない振りをし続けていた。



『今ここで切り出したら、美香もその気になってくれるかも?』


そう思い立ち、ソファを降りて、両親を前に正座をすると、二人は『待ってました』と言わんばかりに姿勢を正す。


一気に緊張が走ったんだけど、拳をぐっと握りしめて切り出した。


「お父さん、お母さん、結婚してください!」


美香がブッと噴出した後、お父さんが「…どっちと?」と、聞いてきた。


「え? 美香さんと?」


「それ『結婚してください』じゃなくて『させてください』だろ?」


「え? 俺、今なんて言いました?」


「『お父さん、お母さん、結婚してください』って言ってたよ?」


「あ! 間違えました! 美香さんと結婚させてください!」


「…美香、この社長大丈夫なのか?」


「仕事はできるよ? たまにおかしくなるけど」


「そうか。 まぁいいや。 こいつで良ければ、好きなだけ持って行っていいよ」


『一人で十分なんですけど…』なんてことは言えず「ありがとうございます!」とだけ。


美香は少しイラっとした表情をし、言葉を飲み込むようにお茶を飲んでいた。

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