第132話 騙す

美香を2階に置いたまま、1階に降りると、大高の姿がなかった。


「あいつは?」とケイスケに聞くと、ケイスケは「浩平追いかけたっきり」とだけ。


「そうか… 美香、早退させた」とだけ言い、しばらく作業を続けていたんだけど、大高は戻る気配がない。


『俺、完全に舐められてんだな』


そう思いながらも作業をし、浩平の言葉を思い出していた。


『研修で子会社っておかしくないか? 白鳳でも研修くらいあるだろ? 待遇も良いし年収も倍って、正社員になればバイトより待遇がよくなるのは当たり前だし、あいつ、さぼりまくって月に6万程度しか稼いでないから、まじめに働けば年収が倍になるのは当たり前だろ? 俺より年収が上って、新人にそこまで払うか? なんか引っかかるんだよな…』


そう思いながら作業をしていると、大高がやっと戻ってきたんだけど、大高は謝罪の言葉も何もなく、いきなり浩平の話をし始めた。


「浩平さん、白鳳の子会社に入社って凄いですね! 毎日パティスリーKOKOのケーキと最高級の紅茶がおやつに出て、お昼には最高級のお弁当が出るんですって! 作業が終わった後は、毎日シャンパンで乾杯してるって、凄い生活ですよね!! 再来月は社員旅行でパリに行くって言ってました! 羨ましいなぁ!! 私たちも社員旅行行きましょうよ!!」


「そもそもうちには社員旅行自体がないんだよ。 もしあったとしても、バイトは社員と働き方が異なるから、同じ待遇にする必要はない。 黙って仕事してろ」


大高は「つまんないの」と言いながら、退屈そうに作業をしていたんだけど、昼前になるといそいそと準備をはじめ、事務所を後にしていた。


昼休みの時間になると同時に、ケイスケに一言告げた後、慌てて2階につながるドアを開けると、美香はトレーに乗せた人数分の和風パスタを運んできた。


「あ、お疲れ様です。 暇だったんで、キッチンお借りしました! もしよかったらお昼、召し上がってください」


普段と変わらない美香の態度に、少しだけ呆然としていると、ユウゴとケイスケが美香を追い、休憩室の中に行ってしまった。


慌てて休憩室に行き「お前ら作業は?」と聞くと、「飯が先」とだけ言い、美香の手料理を食べ始める始末。


美香はその様子を見て「あ、社長も召し上がってください。 作業やっておきますよ」と言い、自分のデスクについて作業を始めていた。


「早退したんだからやらないでいいよ」


「迷惑かけちゃったんで。 それより、早く食べないと無くなっちゃいますよ?」


そう美香に言われ、慌てて休憩室に行くと、ユウゴが一皿目を平らげ、二皿目に手を出そうとしている。


「ちょ! お前は食いすぎなんだよ!!」


そう言いながら慌てて自分の分を確保すると、ユウゴは「食べ盛りなんだよ! これって大高の分だから食っても問題ないよな?」と言い、当たり前のように食べ始めていた。


ケイスケはパスタを頬張りながら「美香ちゃん、復活したっぽい?」と聞いてきたんだけど、「わかんない。 無理して普通にしてるだけかも」とだけ。


ユウゴはパスタを頬張りながら「ま、いいんじゃね? やりたいようにやらせるのが一番いいだろ」と言いながら食べ続けていた。


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