11日目 夜
人探しのために、“奈落の大浸食”まっただ中のコルガナ地方にやってきて、2週間程が経った。これから、毎日とはいかないが、こまめに日記を書こうと思う……“アタシ”が“アタシ”であることを記録するために。
“もう1人のアタシ”――――――認めたくは無いが、そう表現するしかあるまい――――――は、ここしばらく表に出てきていない、はずだ。こちらに来て奇妙な縁で同行することになった仲間達とも、おおよそ良い関係が築けていると思う。
“もう1人のアタシ”は、アタシが軍を辞め、恋人との婚約を破棄することになった原因だ。彼女は、酷く短絡的で、暴力的で、快楽主義らしかった。普段のアタシだってお世辞にもお淑やかとは言えないが、それとは比べ物にならない程に。
最初に彼女が表れた時、アタシは最早死に体と化した蛮族に何度も何度も拳を振り下ろし、高笑いしていたという。彼女が表れた時の記憶は決まって消えてしまうから、部下からの又聞きだが、その時のアタシは蛮族より恐ろしかったと、部下は震えながら報告してくれた。
次の時は、恋人を裸にさせ、殴り倒し、腹に何度も蹴りを入れたらしい。アタシが“アタシ”に戻った時には、彼は血の混じった唾液を吐き出していて、アタシは大慌てで神官を呼び、彼を治療して貰った。その時の神官が言うには、アタシは『自分の魂が自分の物ではない』ということだった。前世か、あるいはもっと前の生で、アタシは残忍極まりない蛮族で、その魂がどういうわけかアタシの肉体に宿り、アタシを狂わせ、時に暴力を振るわせ、男を犯させるのだという。アタシはその晩、子供のように泣きじゃくった。どうしてアタシだけがこんな目に、と。
三回目の時、ついに上官を殴った。止めに入った周囲の同僚も流血させ、中にはアタシに指を食いちぎられた者もいた。軍はアタシを許さなかったし、アタシもアタシを許せなかった。何よりも、自分の体を乗っ取る忌まわしい魂が許せなかった。
そうして軍を辞め(辞めるだけで済んだのは、殴られた上官がアタシを擁護してくれたからだった。彼にはいくら感謝してもし足りない)、前々から頼まれていたドッグタグの受け渡しを達するため、そして誰もアタシを知らない場所でひっそりと暮らすためにコルガナ地方にやってきて、今に至る。
自分のことをだらだら書いていても仕方が無い。仲間達のことと、これまでの冒険のことを書き記そう。
ボルトザール……ボルツとは久方ぶりの再開だったが、相変わらず気安く、そしてやはり、仇討ちに執心しているようだった。このコルガナで彼の仇が見つかり、討伐出来ることを願いたい。
ルーというリカントの女性は、中々にエキセントリックな経緯でここまで来ているらしい。少し前なら彼女の男性遍歴を聞いて楽しめたかもしれないが、今はかつての恋人のことが頭を過ぎって、純粋には笑えないかもしれない。
セリーナは、どうにも何かに納得していないような―――――仲間達への不満ではなく、内面的な部分だろう――――――雰囲気を感じる。しかしそれを正面から聞くのは、アタシに対して“もう1人のアタシ”のことを喋れと言うのと同じかそれ以上に、彼女のプライドを傷つけるのだと思う。
トゥルゥは、実に幸せそうな少女だ。彼女の故郷の問題はどうにかしてやりたいし、そのためにコルガナ地方での滞在期間が延びるのは吝かではない。あんな穢れを知らない少女に、悲しい現実を見せたくはないから。
モッスは……アタシが言うのもなんだが、あの真っ直ぐさが眩しく、また危なっかしさも感じさせる。彼が並々ならぬ情熱を傾ける壁の守人の遺品の中には、ともすればアタシの魂の問題を解決するようなものがあるだろうかと、儚い希望を抱いてしまいそうになる程、彼は純粋で、それ故にアタシが近づきすぎてはいけないだろう。彼に“もう1人のアタシ”が暴力を振るったが最後、アタシはもう“アタシ”に戻れないだろうという確信めいた予感があった。
ここ十数日の冒険は凄まじいものだった。出会う敵はほとんどが格上か、凄まじい物量を持っていた。なんとか対処出来てはいたが、もし何か一手間違っていたら、全滅はせずとも死人は出ていたに違いあるまい。多くの依頼を一遍に受けたのは失敗だった……とは結果論的には言い切れないが、しかし無理はしていた。いくら魔域の中ではアレクサンドラの助けがあるとて、エリアの主を倒してすぐに魔域に突入するというのは無謀が過ぎた。英雄譚だったとしても、手酷い失敗をして反省を促される場面だ。アタシ達は何故か成功してしまったから、逆に物語的には映えないかもしれない。
これから向かおうとしているイーサミエ方面は、森林や山岳と比べれば道も穏やかで、野生動物などもあまり凶暴ではないらしいが、想定外のハプニングに見舞われないことを願うばかりだ。
また、探し人であるヴィルマの情報もいい加減に掴みたいところである。アタシは情報収集が致命的に下手なようで、どこで聞いても箸にも棒にもかからないのだ。イーサミエで有用な手がかりが掴めれば良いが……
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