[SS]五山送り火

【はじめに】

 お盆休みなので書きました。

 三人称単元視点(将平視点)で書いています。

 

 ■ 田中桃香とうか

 将平は田中君と呼び、ミミルはモモチチと呼びます。

 文中は第三者なので桃香とうかと書いています。



【本文】


 お盆休み。

 観光客も多いこの街に、特に人が多い時期の一つと言えるだろう。

 年に一度、この時期だけ隠り世かくりよから現世うつりよへと先祖が帰ってくるというが、帰ってくるのは先祖だけではない。仕事や大学で普段は首都圏や地方で暮らしている人も同じように帰ってくる。そして、昼間は子どもや孫を連れて観光地へと繰り出す人、夜は同窓会やクラス会で集まる人で繁華街は溢れ返る。

 ここ数日、羅甸ラテンは客が多くて忙しい。


   ◇◆◇


「オーナー、よかったらこれ行ってきて下さい」


 出勤してきた裏田が将平に一枚の葉書を差し出していた。

 将平はその葉書に書かれた内容を見て目を丸くした。


「い、いいのか?」

「ええ、下の子が熱出してしもたさかい、無駄になりましてん。ミミルちゃんと一緒に行って下さい」


 その葉書の意味を知る将平は、困惑した表情を見せる。


「でも、夕方になったら熱が下がるかも知れないだろ?」

「いやいや、こうなったら上の子もじきに熱出しますよって、かましまへん」

「店の方も一番忙しい時間帯だろ?」

「いや、今日は宴会系の予約客で埋まってますし、その時間帯は皆んな外に出てますって、大丈夫ですわ」


 将平は、「そうか」と小さな声を出しつつ、少し遠慮気味に葉書を受け取った。


(うちは神道なんだけどなあ……)


 とはいえ、将平の先祖を祀る錦天満宮も元を辿れば歓喜寺という寺だ。江戸時代以前は神仏混淆は当たり前のように行われていたし、現代日本でもそこにこだわる人も少ない。


「楽しんできて下さい」

「うん、ありがとう。そうだ、田中君」


 裏田に礼を言った将平は、思い出したように桃香に声を掛ける。


「――はい」

「夕方の六時半くらいになったらミミルに浴衣を着せてやって欲しいんだけど、いいかな?」

「え、いや、もう喜んで!」


 桃香は満面の笑みで両腕で大きな胸を挟み、気合を入れた返事をする。

 ミミルと絡めることに喜ぶ桃香の様子を見て、将平は苦笑いをしながら二階へと向かう。


 二階の自宅に入ると、そこにはまだ朝食代わりの日替わりランチを食べているミミルがいた。

 今日の日替りランチは裏田がつくったポルペッティーノのグラタン。表面に焦げたパン粉とチーズ、スプーンを差し込んだところには少し小ぶりに整えた肉団子と、マニケというとても太い筒状のショートパスタが入っている。

 ミミルはそれを美味そうに頬張り、またハムスターのように両頬を膨らませていた。


「ミミル、今日の夜は二人で出かけることになったんだ。夕方に田中君が浴衣を着せてくれるから十八時頃にシャワーを浴びておいてくれるかい?」

「――!」


 恍惚こうこつとした表情で口の中に入れた肉団子を味わっているところに突然声を掛けられ、ミミルは一瞬硬直する。

 まるで食べている途中に突然動かなくなるハムスターのような仕草に将平は相好を崩した。

 数秒で我に返ったミミルは少し慌てるように顎を動かし、口の中のものを喉の奥へと飲み込む。


「……どこにいく?」

「まだ内緒だ。でも、いいものが見れるのだけは約束しとくよ」

「ん、わかった」

「祇園祭のときに着た浴衣を用意しておいてくれ。あと、巾着と下駄な」

「……ん」


 ミミルはその場で空間収納から言われたものを取り出し、ソファーの上に並べていく。将平が言わずとも髪飾りまで出してきれいに揃えてみせた。


「ダンジョンに入っても、その時間には戻ってきてくれよ」

「ん、だいじょうぶ」

「じゃあ、仕事に戻るぞ」


 多少慌てた様子で部屋から出て行く将平を尻目に、ミミルは残りのグラタンにスプーンを差し込み、食事を続けるのだった。


    ◇◆◇


 ダンジョンから戻ってシャワーを浴び、ミミルは二階の部屋に入った。それを待ち構えていたのは桃香である。

 普段は誰もが京女に持つおっとりとしたイメージの通り、ほんわかとした話し方をする桃香なのだが、珍しく大きな声でミミルへと声を掛けた。


「待ってたえ!」

「――!」


 部屋の扉を開けると中に桃香がいたのだ。

 ミミルも驚いて声がでない。


 とはいえ、桃香は将平に言われた通りの時間に二階の部屋にやってきたに過ぎない。

 一方、ミミルは将平から「十八時頃にシャワーを浴びておくように」としか言われていないのだ。

 この状況を作ったのは将平なのだが、ミミル、桃香も知らないことだから仕方がない。


「さあさあ、浴衣着ましょ」


 ミミルに駆け寄り、手を引いてソファのある場所まで連れてくると、桃香がミミルの服を脱がせていく。


 何やら観念したかのようで虚ろな目をしたミミルは、既にもう桃香のしたいようにさせている。


 といっても着ているのはいつもの部屋着――ワンピースだ。スッポンと音が出そうな勢いで脱がされ、浴衣の袖に手を入れさせられる。


「やっぱり、ミミルちゃんにはこの浴衣が似合うわあ」


 ミミルは何も言わないが、桃香の褒め言葉を聞いて少し頬を緩める。明らかに嬉しいのを隠そうとしている顔だ。


 僅か数分で生成り色の生地に赤い金魚が描かれたシンプルな浴衣を纏い、赤の着物帯と臙脂の兵児帯へこおびを締めたミミルが出来上がる。

 続いて耳先を隠すように髪を編み込み、浴衣の金魚と同じ赤い髪留めをつけて着替えは終了だ。

 透き通るように白い肌。カラコンでワインレッドに変わった瞳の色に赤い金魚柄がとてもマッチしている。幼い体型をしているが、その顔立ちは見事に整っているので少し大人っぽくも見えるのが不思議だ。


「いやあ、ほんまかいらしいわあ」

「……あたりまえ」

「ほんま、塩……」


 桃香はミミルの冷たい反応に胸元を押さえてうずくまる。

 それを横目にミミルは姿見の前に立った。


「……ん、かんぺき」


 ポツリと漏らし、ミミルが部屋の入口の方へと目を向けると将平が入ってくる。

 姿見の前に立つと同時に将平へと念話を送っていたのだろう。


「お、終わったんだな。田中君、ありがとう」

「モモチチ、ありがとう」

「いえいえ、大したことしてまへん。ほな、うちは仕事に戻りますね」

「おう、ありがとな。って、俺も用意しないと……」


 桃香が手を振って出ていくのを見送り、将平はウォークインクローゼットに入る。


 二分ほどで着替えを済ませた将平は、いつもの白いTシャツにデニムパンツという出で立ちだ。今日は頭に野球帽型の帽子を被っている。


「行こうか」

「……ん」


 将平とミミルは手を繋いで店を出ていった。


    ◇◆◇


 店を出て三十分。二人は地下鉄で移動し、京都駅ビルにいた。

 東広場のエスカレーター前に立つ係員に将平が葉書を見せる。今朝、裏田から将平が受け取ったアレだ。


 二人は長いエスカレーターに乗って上へと進む。

 日が沈んだとはいえ、京都の街も夜遅くまで明るい。

 京都市街の夜景が見え、高さが上がるほどに遠くまで見渡せるようになってくる。

 二分近く掛けて到着したエスカレーターの終点。そこから先はまっすぐに伸びる一本の通路――百四十七メートルもある「京都駅ビル空中経路」だ。途中、三つの展望台がある。

 中央の展望台に到着すると、将平は左手の先に繋がるミミルの方へと視線を落とし、声を掛けた。


「今日の目的はここだよ」


 既にたくさんの人が集まり、期待に満ちた目で展望台から北を眺めている。

 ミミルはその様子を見て、不思議そうに首を捻ると将平に向かって訊ねる。


「やけいをみる?」

「いや、今日は『五山送り火』の日なんだ。前に教えただろう?」

「ん、『大』の字」

「そう。このお盆の時期に現り世うつりよに戻ってきたお精霊しょらいさんが隠り世かくりよに帰っていくのを見送るための行事なんだ」


 葵祭、祇園祭、時代祭の京都三大祭りに加え、京都四大行事に数えられる有名な行事――夏の風物詩だ。


「ほら、こっちに来て、手摺りを持って」

「……ん」


 ミミルが手摺りを持ち、後ろに将平が立つ。


(ここは全部が見えるから、テレビ局も取材に来るんだなあ)


 少し離れた場所にテレビ局のカメラマンや撮影クルー、レポーターらしき人が立ってスタンバイしていた。


「そろそろだ……最初はこっちの方角だな」


 将平が時計を確認して、方向を指し示す。


 時刻は二十時になり、山肌に〝大〟の字が浮かび上がる。右大文字だ。


「おおー」


 遠くにぼんやりと小さく見えるだけだが、ミミルには身体強化の魔法がある。かなり近くに見えているのかも知れない。

 現場近くで見れば薪木が燃え上がる音まで聞こえてくるというが、さすがに音までは拾えないだろう。


 将平はミミルが遠くに燃える大の字を見る姿を見て、満足そうな表情をみせ、視線をまた右大文字へと向ける。


「次はあっちだ」

「……ん」


 次に点火されたのは二十時五分。宝ヶ池方面、松ヶ崎地区の〝妙法みょうほう〟の文字だ。

 五分間隔で次の文字が点火されていく。

 北区西賀茂の船山は、名前の通り船の形。

 金閣寺の北側にある左大文字。

 最後は嵯峨鳥居本にある鳥居形。


 テレビの方もレポートが始まったようだ。


「こちら、京都駅ビルの空中経路にやってきています。京の夏の風物詩、五山送り火が始まりました。最初は銀閣寺の東側、右大文字。そこから五分間隔で妙法、船形、左大文字、鳥居形の順で点火され、先ほど最後の鳥居形が点灯し、すべての文字が浮かび上がりました……」


 少し離れた場所とはいえ、レポーターの声は大きい。

 それを聞きながら、将平はミミルの耳元で囁く。


「レポーターの人の解説を聞くといいよ」

「ん、わかった」


 レポーターの説明は将平がしようと思っていたことを完全に代弁していた。

 一説には平安時代から続いているとされているが、江戸時代以降に行われるようになったと見られていることや、他にも火を焚く山があったことなどだ。


「なんねんつづく?」

「ん? ああ……四百年くらいかな?」


 とても感心したような様子でミミルが「よんひゃくねん」と反芻する。


「どうした?」

〈チキュウのヒトは精々百年しか生きられないというのに、四百年も引き継ぎながら毎年行事を続けていることに畏敬の念を感じたのだ〉


 ミミルは将平の方へと顔を向け、エルムヘイム共通言語で話した。

 内容が長命なエルムの視点なので、わざとそうしているのだろう。


〈うん、そうだな。すごいことだよな〉


 将平とミミルは暫く遠くに見える送り火を眺め続けていた。


 燃える文字を見つめるミミルの横顔をテレビ局のカメラが撮影していたことに気づかずに……。


    ◇◆◇


 その頃、五山送り火を中継しているニュース番組を見ていた男がいた。


「おおっ、この女の子、すげえ可愛い! 絶対にどこかの事務所に頼んで仕込んだんだろうな。キャプチャ撮ってネットで情報募集してみっか」


 早速録画から何枚かキャプチャし、画像を厳選する男。


「これ、最高じゃん。このキャプチャ画像を使ってと……」


 男が選んだのは、ミミルが将平に話しかけるべく顔を将平に向けたときの画像だ。


『この女の子、どこのタレント事務所? 情報提供ヨロ』


 書き込んでテレビ画面のキャプチャ画像と共にSNSに投稿した。


 男のフォロワーは数少ないとはいえ、ミミルの画像はとてもかわいく映っていた。

 あっという間にいいねが増え、投稿が拡散されていく。


『俺も気になってました。モデルなんですか?』

『可愛いですね、これは将来大物になりそうな予感』

『銀髪赤目とか、本当にいるんすね。よく見るとカラコンっぽい?』

『この見た目で髪染めてカラコンって、相当だけどマジ可愛いな』


 幸いなのは桃香が耳先を隠すような髪型に仕上げていたことだろう。

 最初は画像に対するコメント程度の内容が中心だが、拡散されるに従い、情報が寄せられるようになってくる。


『私の撮った写真に写り込んでた子かも! 可愛いと思ってたんだよねえ』


 コメントに貼り付けられているのは自撮り写真。しかも本人は顔にスタンプを貼り付けて隠し、写り込んでいるミミルは保護されていない。


『烏丸駅で地下鉄に乗り込んでくるのを見たよ』

『半年くらい前かなあ、烏丸のデパートで買い物してるのを見たでえ』

『市場で豆乳ドーナツを並んで買ってた子だ!(写真付)』


 他にも同様に偶然写り込んだ写真や、目撃情報などが増えていく。


「うーん、どうやら四条烏丸駅周辺にいるってことかねえ。でも事務所情報とかないところを見ると、完全に素人さんか?」


 肖像権云々についてはもうテレビ局の方が問題になると思うが、無断で画像をキャプチャしてネット拡散するのも問題だ。


「こりゃヤバいかも……削除するか」


 男は慌ててSNSへの投稿を削除したが、時既に遅し。

 ネットの情報というのは削除されても一定量は必ず残ってしまう。彼が掲載した画像を複製し、同じように情報収集しようとした者もいて、既に拡散され続けているのだ。

 また、芸能事務所の人間たちの目にも入っていたようで、スカウトするべく動き始めた者もいた。


 男による最初の投稿は一日もしないうちに削除されたものの、複製されたキャプチャ画像、それに返信された映り込み画像からミミルが四条烏丸界隈で目撃されていることが多いことがわかると、ネット住民達は「烏丸の妖精」という名をつけて呼ぶようになっていった。

 わずか一日の出来事だった。




【あとがき】

このあと、ニュースを見ていた近所の常連さんや、近所の店からテレビに映っていたこと、ネットで既に話題になっていることなどが知らされた将平は、独り頭を抱えたとか……。


次回のSSに関係する内容なので先にこちらを掲載することにしました。

二十年ほど前ならネットの掲示板に書き込むような内容かも知れませんが、今なら間違いなくSNSを使うだろうと、SNSにしてあります。


2021年の五山送り火は本日(8月16日)に行われるので、日程を合わせて投稿しています。


この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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