第252話

 店員に注文を通すと、無煙ロースターに火が入れられる。

 ミミルは物珍しそうにロースターを覗こうとするが、ロースター周辺が熱くなっているので俺が制止させるまでもなく、ある一定の距離から近づかなく生った。


 網が温まってくる頃、店員の女性が運んできたのはネギ塩上タン。

 トングを使ってネギが載っている部分が上になるよう、そっと網の上に広げる。


「……なにのにく?」

「牛の舌だ。特に根元に近いところだよ。舌先の方は固くてあまり美味しくないんだ」

「おー」


 たっぷりの九条ネギとごま油、塩などで味付けしたネギ塩を片面だけに載せて焼く。

 ミミルは焼けていく肉をジッと見つめている。

 外側の縁の部分から徐々に焦げ始める。赤い血と肉汁がネギ塩ダレの間に浮かび上がってくる。

 トングでくるりとネギ塩タレを内側に巻き、レモン汁が入ったミミルのタレ皿にそっと置く。


「食べて、いい?」

「溢さないようにな」


 割り箸を割って手渡してやると、ミミルは今日教えた箸の使い方を思い出すように割り箸を握り、恐る恐る皿の上にある焼けたネギ塩タンを摘まみ上げる。そして、一頻り漂う香りを楽しむと、小さな口を大きく開いて迎え入れた。

 いつものように両頬を膨らませ、驚いたように目を見開き、動きが止まる。


「……んんひぃい」

「それは良かった」


 自分の分をトングで巻いて、タレ皿へ移すと、箸に持ち替えて口へと運ぶ。

 ごま油の芳ばしい香り、ツンとくる九条ネギの香りに焦げた牛タンの脂の香りがぱっと口に広がる。顎を動かすと、サクリとした牛タンの身の食感のあとにネギのシャキシャキとした歯ざわり、焦げた身のカリッとした食感のあとに肉の旨味が舌の上に広がると、ネギ塩ダレがその旨味を引き立て、脂のしつこさをレモン汁が洗い流してくれる。

 これはミミルが気に入るのも仕方がない。ただ焼いて塩を振っただけの肉を食べ続けたミミルにとっては、未経験の世界だろう。


 ネギ塩タンを三切れずつ食べたあとは、タレをつけて食べる肉へと移る。

 焼肉では赤身を意味するロース、脂身の多い肉を表すバラ肉、そして希少部位のイチボなどだ。


「……ふぉへふぉんひぃい」

「ハラミは美味いよな」


 口の中に肉を入れたまま話そうとするからわかりにくいが、同じものを食っているから何を言ってるかくらいはわかる。

 タレをつけて食べる肉の中でミミルのお気に入りは現時点で上ハラミ。俺が普通に焼いていると、そればかり掻っ払っていく。


「それ、なに?」

「うん、シマチョウといって大腸の部分だよ」

「……だいちょう」


 網の上にツルツルとした面を下にして焼き始めると、ミミルはとても興味深そうにシマチョウを見つめている。


「……ないぞう、食べるのはじめて」

「いま食べてたじゃないか」

「ハラミ、ないぞう?」

「ハラミとサガリは牛の横隔膜で、内臓だよ」

「――!」


 そういえば、ロースやバラ肉、他の希少部位は説明していたのに、ハラミは説明していなかった。

 しかし、ミミルがいたというエルムヘイムの文化、文明からすると内臓なども保存食などに加工する際に上手く使っていると思っていたが……。


「意外だな、内臓料理なども食べたことがあると思っていたよ」

「……ダンジョン、ないぞうは手にはいらない」

「あ、そうか」


 これまでたくさんの魔物を倒してきたが、一度も内臓をドロップした魔物がいない。


 ――よく考えよう。


 ダンジョン内の魔物たちは魔素を吸収することで活動している。

 実際に生えている草木も魔素で作られたものだから、草食系の魔物ならそれを口にしているはずだ。確かナーマンが草を食べているところも目にしている。ただ、ふんの類は見たことがないからやはり魔素にして吸収しているのだろう――と思う。


「じゃあ、腸詰めみたいなものはどうするんだ?」

「うみのいきもの、つかう」


 俺がキープしていた上ハラミを奪い去り、返事をするミミル。

 あとひと切れしかないんだが……。

 海の生き物で長い腸がある生き物。どんな生物なんだろう。


「ふぉんなふぁたひ……」


 知らぬ間に思案げな顔を俺がしていたのかも知れないが、ミミルが身振り手振りで説明しようとしてくれる。


 ゴクリと口の中の上ハラミを飲み込み、再度ミミルが説明する。


「こんなかたち。海にいる。もっと大きい」

「それは……」


 ミミルのジェスチャーからすると丸みがあって細長い生き物のようだ。ツノが生えていたらアメフラシなんかの可能性があるが、十中八九の確率でナマコなんじゃないかな。

 こういうときに図鑑を広げられるといいんだが、生憎ミミルの空間収納の中だ。ここで取り出したりしたら騒ぎになるだろう。


 ナマコの腸は塩辛にすると「コノワタ」と呼ばれる。非常に上品な海苔の佃煮のような風味と濃厚な旨味があって実に美味い。


〈えっと、エルムヘイム語では?〉

〈スィアギューだ〉


 エルムヘイム語で〝スィー〟は海を意味する言葉だ。後ろについている〝アギュー〟は確かキュウリに該当する。

 イタリア語やスペイン語でも、ナマコは「海のキュウリ」と呼ばれている。

 意外な共通点の発見だが、ナマコで間違いないようだ。

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