第249話

 購入する文房具をカゴの中に入れ、ミミルと二人で革細工用品売場へとやってきた。

 俺も加工された革を切り、糸で縫い付けたり、ハトメやカシメを打つくらいの加工方法は欧州生活で教わっている。まあ、観光客が体験教室で教わるよりは少し難しいことができる――という程度のものだ。

 ミミルに作って貰ったカードでも「皮革加工Ⅰ」の技能があったはずだ。最低限の「切って、縫う」くらいはできるという程度の評価なのだろう。


 売り場に並んでいる商品を見渡す。

 もちろん、生皮などは売っていない。ここで買えるのはなめされたあとの皮革のみだ。

 早速ミミルは色々と並んだ革細工道具を手に取り、めつすがめつ眺めている。


「しょーへい、これ、なににつかう?」

「これは〝別立ち〟といって、革を切ったり、いたりするのに使うする道具だね」


 かなり専門的な言葉だ。ミミルの中に流れ込んだ日本語の知識には入っていないかも知れないので、ミミルが覚えられるように名前も合わせて教えておく。プラスチック製と鋼を使った本格的な商品が並んでいるが、個人的には切れ味の違いや、多様な刃先の扱い方ができる鋼の方がいいと思う。


「これは、何に使う?」

「これはコーンスリッカーだったかな。床面とこめん木場こばを磨くための道具だよ」


 とうもろこしのような――ツボ押し棒のような形をしていて、いくつか溝が切られた木製の道具だ。


「……床面とこめん、なに?」

「鞣した革の表のことを銀面、裏を床面と言うんだ」

「……木場こば、なに?」

木場こばは、革の端の部分のことだ」


 コーンスリッカーは床面とこめんに薬剤を塗って乾かしたあとに磨き上げたり、木場こばの毛羽立ちを防ぐために磨くための棒だ。

 俺は白いゲル状の薬剤が入った容器を手にとってみせる。


「これが床面とこめんを固めるための薬剤。毛羽立ちを抑える糊のような効果がある。硬くなるので切断も簡単になるんだ」

「……すごい。エルムヘイムにない。ほしい」

「じゃあ、スリッカーと……」


 薬剤を塗ると床面とこめんが固くなって伸びにくくなる。別立ちを使って切るにしても、切りやすい。


 このゲル状の薬剤が入った容器にもいろんなサイズがある。

 ミミルと俺が手に入れた生皮の数を考えると、最も大きな容器に入った薬剤でも足りないはずだ。


「お試しで、この一番大きなのを買ってみるか?」

「……おためしのおおきさ、ちがう」


 確かに三キロくらい入っているから、お試し感はないが、これくらいは間違いなく使うだろう。


「他は……」

「……これもほしい」


 大量生産されたハトメやカシメ、フックなどの金具類がたくさん並んでいる。用途に応じてサイズが変わるので、いろんなサイズが必要だ。

 ミミルが作ってくれたジレは革で補強が入っているが、ハトメのような金具類もしっかりとしたものが使われている。


「ミミルもハトメ作ってるんだろ?」

「……ん。たくさん作る、めんどう」

「ああ、たしかに……」


 一つひとつ手作りのハトメやカシメを用意していたとなるとたいへんだ。同じものを安価でまとめて買い込む事ができるならその方がいい。


「じゃあ、工具は?」


 ハトメやカシメ打ち、穴を明けるポンチなども必要になるだろう。


「……ひつよう」

「じゃあ、セットになってるものを探そう。面倒だ」


 店員に声を掛け、必要なものを一式揃えてもらう。

 文具類に加えて、菱目打ちや、縫い針、糸に蝋、ポンチ、ハトメ・カシメ打ち、皮革用接着剤、木槌等々……結構な数になっている。


「……しょーへい、このかわのいろ、どうつくる?」


 ミミルが見ているのは赤や緑、ピンク、パステルブルーなどの珍しい色の皮だ。


「クロム鞣しという技法で鞣した革を染料に漬け込んで色を着けたものだ。昔ながらのタンニン鞣しでは出しにくい色が出る」

「……クロム、なに?」

「重金属だ。大規模な工場などで作るんだよ」

「むずかしい?」


 タンニン革鞣しはイタリアにいたときに見せてもらったことがある。職人たちが濃度の異なるタンニン液に漬け込んでじっくりと鞣していく方法だ。

 一方のクロム鞣しは巨大な樽の中に入れ、撹拌して内部で皮を叩きつけながら塩基性硫酸クロム塩という薬剤を入れて行う。叩きつけるので柔らかく仕上がり、薬剤の色のせいで青みを帯びた明るいグレーになる。

 タンニン革鞣しでもドラムを使う方法もあるが、ドラムを使うほうが早く仕上がるのは間違いない。


「特別な道具が必要だからなあ。難しいんじゃないかな……」

「どうぐ、あればできる?」

「ドラムというとても大きな道具を使うんだ。そうだな――直径三メートルの樽くらいといえばわかるか?」

「おおーっ」


 ミミルは両手をいっぱいに広げてみせる。恐らくイメージしているんだろうが、その倍の大きさはあるってことだぞ。


「……むり」


 俺の返事を聞いたミミルは肩を落とし、俯いてしまった。

 恐らく、空間収納に仕舞える大きさじゃないと判断したのだろう。


 さて、これでこの店で買うものは終了だ。会計を済ませ、本屋に行ってミミルの漢字ドリルでも探すとしよう。


【あとがき】

 鞣しについては「ミミル視点 第43話(下)」で登場しています。将平がデパートにパン酵母用のガラス瓶を買いに行っている間の出来事ですね。

 その際に説明しているのはタンニン革鞣しです。


 クロム鞣しで鞣すと、色は青みを帯びたブルーに変わり、皮から革になったことがわかります。その色のことをウェットブルーといいます。

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