第104話

 俺が二〇頭ほどのキュリクスを倒したところで日が傾いてきたため、俺たちは第二層の入口部屋へと戻っていた。


 どうやらミミルの雷魔法で倒したキュリクスは本当に肉をドロップしないようで、俺が倒したキュリクスの半分ほど――九頭分の肉が手に入った。

 多少、休憩を挟んだとは言え、身の丈ほどある草を掻き分けながら進んできたので程よい疲労感を感じる。


 ミミルに簡易ベッドを出してもらい床で広げると、その上にごろりと寝転がる。

 第二層の太陽が沈んだせいか、少しずつこの部屋の温度も下がっていて、少し肌寒い。耳を澄ませば雨音が聞こえるので、ミミルの言っていたとおり朝焼けを根拠にした天気予報というのも間違いではないようだ。地球上では秋や冬になると雨が寒気を運んでくるような感覚があるが、ダンジョン内も似たようなものなのかもしれないな。


〈おなかが空いた。何を食べればいい?〉


 ミミルが折り畳みのテーブルを出して、その上に食事を広げている。

 朝食にも出していたが、各種弁当類におにぎり、サンドウィッチなどの軽食類ばかりだ。もちろん、残り少ないツノウサギの肉も並んでいる。


〈そうだなぁ……〉


 ミミルは朝食に「釜揚げシラス弁当」を食べている。カルシウムとビタミンDを含んでいて、成長期のにはいい組み合わせのはずだ。

 そのことをミミルに話すと恐らく電撃を食らうことになりそうだが、ミミルが「何を食べればいい?」と尋ねてくる以上は身長を伸ばすためにいい食事を選んでやりたい。でないと、唐揚げ弁当かチキン南蛮弁当ばかりを食べるような気がするんだ。


〈これなんかどうだ?〉


 俺が指さしたのは「牛焼肉弁当」だ。

 残念ながらサンドウィッチやおにぎりでは栄養的に見て身長を伸ばすのにいい食べ物はないし、弁当の方もすでにカルシウムとビタミンDがたっぷり含まれているものが残っていない。


〈大きくなる?〉


 ミミルは少し俯いて、そこから頬を赤く染めると、上目遣いで俺に訊ねる。ミミルは双子だったことやアルビノだったこと、ダンジョンに入るのが早かったこともあって身長が伸びなかったのだから、何も恥ずかしがることはないのになぜ赤くなっているんだろうな。

 間違っても恋愛感情ではないと宣言したうえで、ミミルは実に可愛らしいし、美しく可愛い少女――実年齢は別として――なのでそんなに気にすることでもないと思うのだが……。


〈大きくなるコツは、好き嫌いせずに食べることだな〉

〈ふむ、そうか。ではその弁当をいただくことにしよう〉

〈ここが夜の間に地上に戻って食べるのもいいぞ。材料はいっぱいあるからな〉


 野菜の類やチーズなどの乳製品も多数買い込んでいるので、ミミルが食べたいというのであれば作ることもやぶさかではない。

 ダンジョン第二層の十二時間は地上では一時間十二分。

 それだけあれば料理を作って、食べて、食後のコーヒーまで楽しめそうだ。


〈よしっ……地上に戻ることにしよう。私も用事を思い出したからな……〉


 ミミルが態々わざわざ「用事」と言うのだから、それはトイレに行くということだ。



〈すまんな、さっきベッドを出してもらったところなのに……〉

〈気にするな。それよりも、何をつくるのだ?〉

〈そうだなぁ……〉


 地上ではまだ二時間も経過していないから、ツノウサギはそこまで馴染んでいないだろう。

 ピザ生地も一枚分だけ残っているが、釜を温め直す時間を考えると焼くのは厳しい。ピッツア・フリッタにするにも未だ業務用の油が届いていないので先日買ってきたオリーブオイルでは量が足りないな。

 そうなるとまたパスタを打つか、米を使った料理にするかだが……。


 地球の料理に随分と魅了されたのだろう。ミミルは瞳をキラキラと輝かせて俺を見上げている。その視線には興味と期待の双方が籠もっているようだ。


〈それは出来上がるまでのお楽しみだな〉

〈むむぅ……〉


 ミミルは本当に表情がコロコロ変わる。今度は口をとがらせ、眉間にしわを寄せてうなるように声を絞り出した。

 だが、冷蔵庫に仕舞っていたツノウサギの肉も煮込みに使ってしまって既に残っていない。


〈他にキュリクスの肉も焼くつもりだが、要らないのか?〉

〈もちろん食べる。むしろそちらが主菜だろう〉

〈それはそうだが……〉


 キュリクスの肉は大きな塊なので、ローストビーフのように焼き上げるのもいいだろう。だが、香味野菜と共にじっくりとオーブンで焼いているうちにダンジョン内はまた一日過ぎてしまう。キュリクスの肉というのがどのような味わいなのか興味もあるし、ここは、ずシンプルにビステッカにしよう。

 だが、俺もイタリア、スペインと修行で何年も過ごしてはいるが、根っこは日本人だ。どうしても米が食いたくなる。しかし、今から真っ白なごはんを炊くとなると時間的に心許こころもとないな……。


 顎に手を当ててそんなことを考えている間にミミルは先に転移石に触って地上へと戻って行った。


「きのことチーズのリゾットでも作るとしようか」


 ぶなしめじが残っているのを思い出してそう独りごちると、俺は転移石に触って奥庭にあるダンジョン出入り口へと転移した。

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