[SS]大晦日

クリスマスのSSに続き、12月31日……大晦日のゆるい一日を描いたお話を用意しました。後日、SS部屋に移動する予定です。


岡田 恋茉こまち、本宮 翼の二名は愛称を使わず、それぞれ下の名前で呼ぶ形に変更しています。クリスマスのSSも修正済です。

(自分が読んでいてわかりにくいので……)

また、今回は一部で京都弁を使用しています。


【文中の京都弁】

 いけず    → 意地悪

 うっとこ   → 私の家

 おてまいり  → 手間のかかった

 かいらしい  → 可愛らしい

 ねちこい   → しつこい

 べべ     → 着物

 へんねし   → 拗ねる、眠くなる

 みとーみ   → 見てごらん

 もみのおなる → おいしくなくなる


 ────────────────────



 しょーへいが店の営業に立っている間、私はダンジョンに入っていた。

 ダンジョンの中で何をしていたかというと、最近見ていたアニメに出てきた魔法の再現だ。魔法少女というのが登場する番組で、呪文というものを詠唱して魔法を発現させている。

 実はエルムヘイムの魔法には詠唱など意味がない。だから、をして遊んでいたのだ。しかも地球で学んだ空気中の水素と酸素の化学反応を使い、魔法の威力を高めてある。

 問題は、アニメの中の魔法少女の真似をしてほぼ全魔力を使って爆発させたことだ。魔素の濃いダンジョンで魔力の回復をしなかったので、いまは腹が減って仕方がない。


 店の裏口横にしつらえられた梯子階段を登ってウッドデッキへと飛び移ると、二階の居室への扉に向かって歩きながら、ポケットからスマホを取り出す。

 これはしょーへいからクリスマスに貰ったプレゼントだ。

 連絡用のアプリとかいうものが入っていて、離れていても連絡ができる。

 私としょーへいの間には念話があるのだが、念話ばかりでは何も覚えないから「必ず使用するように」としょーへいから言われている。実際にスマホには地図を表示するものや、辞書として使えるアプリというのが入っているのだから、私も使う癖をつける方がいいと思っている。

 扉に向かって歩きながらしょーへいに「ただいま」と書いたスタンプを送信すると、一〇秒もかからないうちに「おかえり」と書いたスタンプが返ってきた。

 いつもは調理中であったりすることが多いのでなかなか返事がないのだが、珍しいことだ。


 ダンジョン用のブーツを脱いで、居室の扉を開くと同時、玄関側の扉をしょーへいが開いた。


 完全に目が合った状態だ。

 互いにやましいことなどないはずだが、妙に気まずい。


「これから皆で夕食を食べるんだ。ミミルも一緒にどうだ?」

「食べるっ!」


 食べないという選択肢は存在しない。

 たとえ満腹であっても、胃袋の中に隙間を作って食べてみせる。


「じゃあ、着替えて下りておいで」

「――ん」


 しょーへいは部屋に戻ること無く、一階へと戻っていった。


 急いで着替えを終えて一階へ下りると、客席には恋茉こまちと翼が六人掛けのテーブルに並んで椅子に座っている。


 さて、どこに座ろう……。


 できればモモチチから離れた席がいい。

 六人がけのテーブルなので、二人の反対側の席。中央に座れば左右にしょーへいと裏ちゃんが座ってくれる……はずだ。

 私はそう読んで席を決める。


「ミミルちゃんはそこを選ぶのね。いいの?」

「――ん、ここでいい」


 なんとなく心配そうな顔をして翼が問いかけてきたが、こちら側が私と男性陣の席になると考えれば最適だろう。

 しょーへいはこの店の主人だから端の席に座るだろうし、裏ちゃんも身体が大きい。二人の間が私なら楽でいいはずだ。


 私が空いた三席の中央に腰を掛けると、モモチチが厨房からカセットコンロと深めの取皿を持って現れた。

 テーブルの中央にそれを置くと、取皿を配ってさり気なく私の隣に座る。


 その瞬間、ぞぞっと全身に鳥肌が立つ。


 しまった、最初から空いている恋茉こまちの隣に座るべきだったのだ。

 急いで椅子から飛び降りると、恋茉こまちの隣へと移動する。


「ちょ、ちょっと。なんで移動するん?」

「身の危険、感じた」

「んもぅ……まだ何もしてへんやないの。いけずやわぁ……」


 いや、「まだ」ということは何かする気しかないじゃないか。それに、私は全身で感じた直感的な危険に対し、素直に回避行動に出たに過ぎない。


 だが、モモチチは口を尖らせ、プンスコと湯気をだしているかのように怒っている。


桃香とうかさんはミミルちゃんをかまおうとし過ぎなんよ……」


 呆れたような声で恋茉こまちがモモチチをいさめてくれる。

 胸のサイズとしてはモモチチと翼の中間……いつも冷静に見つめているので中立派だと思っていたが、どうやらこちら側の人間だったようだ。


「そやかて、こんなにかいらしいんやからしゃーないやん……」

「私は平穏無事に食事をしたい」

「ほら、ミミルちゃんもこう言うてはるし、落ち着きましょう」


 モモチチは完全に拗ねてしまったようだが、私はこの方がありがたい。

 何よりも美味しいものを邪魔されること無く食べることができるのだから、それを上回る幸せなどない。


「おまたせ!」


 両手に鍋の具が載った皿を持って裏ちゃんが厨房から現れ、続いて大きな土鍋を持ったしょーへいがやってくる。

 テーブルに置かれた大皿には、白菜、水菜、絹ごし豆腐、ぶなしめじ、しいたけ、えのき茸、飾り切りされたニンジンに油揚げが綺麗に盛り付けられている。そして、もう一方の大皿には色鮮やかな赤身に脂身がついた薄切りの肉、叩いた肉とネギを練って作ったつくね、大量の九条葱が盛り付けられている。

 ガスコンロの上にしょーへいが土鍋を置くと、裏ちゃんがすぐに火をつける。


 鍋があたたまるまでの間に乾杯だ。

 今日は特に挨拶とかいうのもなく、ただ簡単に「お疲れさまでした、乾杯!」と言っただけで飲み始めてしまった。


 つまらん……。


 何よりも私の前にある飲み物が今回もお茶なのだ。

 ここにいる誰よりも年上だというのに酒を飲むことを許されないのが残念で、悔しい……。


「ミミルちゃん、これどうぞ」


 唇を噛んで悔しさを我慢していると、隣に座る恋茉こまちが鶏の唐揚げを差し出した。私の好みをわかっているではないか。

 しかもこれは裏ちゃん特製の唐揚げ……至高の逸品だ。

 いまは腹が減っている。酒よりもこの唐揚げの方が大切だ。


 やがて出汁が沸騰する直前まで煮えると、コンロの正面に座った裏ちゃんがつくねと野菜から順に鍋の中に投入し、最後に肉、ネギを入れる。

 野菜の類はまだたくさん残っているが、あとで継ぎ足すつもりだろう。

 醤油と鰹出汁の良い香りが漂ってくる。


「ところで、このあとオーナーはどうしはるん?」


 しょーへいに問いかけたのは、少しアルコールが入ったせいか、頬を赤く染めたモモチチだ。


「そうだな……ミミルにとって初の大晦日だし、今日は夜ふかししてもいいかなと思ってる」

「ということは、アレですね?」


 しょーへいが答えるのを聞いていた翼が指先をくるくると回している。


「ああ、アレね?」


 恋茉こまちもそれが何を意味するのかすぐに理解したようだ。一緒に指を回している。

 指先だけをくるくると回して、それで通じる――だめだ、私には何のことか全くわからない。話の流れからすると、私に関係することだとは思うのだが……。


「ミミルちゃんも行ったらわかるよ」


 裏ちゃんが鍋の蓋を取って様子を見ながら話すと、しょーへいが黙って頷いた。

 自分からしょーへいに話を振ったというのに、他の三人が入ったことに焦ったのか、おっとりとしつつ慌てるようにモモチチが話に割り込んでくる。


「アレに行くんやったら、べべ持ってこよか?」

「お、いいね。でも寒くないか?」


 しょーへいが何やら乗り気になっているようだが……「べべ」って何だ?


「うっとこには羽織もべべもあるよ。桃香さんの家は少し遠いし、うちから持ってきましょか?」

「貸してくれるのかい? いいかな?」

「はい、いいですよっ」

「実家が近所って、けなるいわぁ……」


 私が預かり知らぬところで話がどんどん進んでいくのも困ったものだ。

 べべというのを持ってくる役目を恋茉こまちに取られる形となった桃香は、唇を尖らせて拗ねたようにブツブツと何かを言っている。

 一方、羽織とべべを持ってくると言った恋茉こまちも慌てて家に電話を掛けている。


「よし、鍋も食べられるで。ほら、ミミルちゃん、呑水とんすい出して」


 この皿のことを呑水とんすいと呼ぶのだろう……覚えておこう。

 呑水とんすいを手に取って裏ちゃんに渡しながら、鍋の中の肉のことを訊く。


「これは何?」

「これは合鴨の肉。鴨と家鴨の子やし合鴨。みとーみ、綺麗な脂が浮いとーやろ?」


 裏ちゃんが説明してくれるが、この街の言葉で話すので少しわかりにくい。まあ、裏ちゃんの言うとおり、鍋の上に浮いた脂は透明でとてもきれいだ。


「しっかりと脂があるけど、ねちこくのーて食べやすいんよ」

「赤身の肉もギュッと旨味が詰まっていて美味しいぞ」


 恋茉こまちとしょーへいが妙に料理を勧めると、鍋の中身を装ってくれた裏ちゃんが呑水とんすいを返してくれる。

 たくさん肉がはいっているじゃないか。裏ちゃんは私が肉好きなことをよく知っているし、鍋の具をバランス良く取り分けてくれた。配色までよく考えて盛り付けられているから本当に美味そうだ。


 先ずは箸を持って、当然のように肉から攻める。

 つまみ上げた肉の半透明になった脂身、褐色に染まった赤身から鰹出汁と醤油の香りがふわりと漂う。

 何ら躊躇うこと無く口に入れると、鍋つゆの香りと味が最初に広がり、肉が鍋の出汁を吸って纏っていることがわかる。舌にとろりと溶ける脂身は甘く、ギュッと噛み応えのある赤身からはしっかりとした肉の旨味が溢れ出してくる。

 次につくねを頬張ると、こちらも噛み応えのある硬さだ。しかし、ホロリと崩れ、中から旨味たっぷりの肉汁が溢れ出す。


「美味しい!」

「せやろ?」


 私の言葉に裏ちゃんが得意気な顔で問いかける。いや、これはただ頷けばいいのだろう。

 ニコリと微笑んで裏ちゃんに向かって頷くと、裏ちゃんも嬉しそうに笑顔を見せる。


「じゃ、みんなも遠慮せずいただこう。締めで蕎麦を入れるから、食べすぎないようにな」

「「はーい」」


 恋茉こまちと翼は元気よく返事をするのだが、モモチチは未だ拗ねている。

 私を除く女性の中では最年長だというのに困ったものだ。


 モモチチに目を向けてもいい反応がないので困っていると、また恋茉こまちがモモチチをいさめる。


「もう、桃香さんもへんねしせんと……おてまいりのご馳走がもみのおなるえ?」

「むぅぅ……」

「そうや、桃香さん。着付け、お願いしてもええ? うちできひんし」

「え、き……着付けね、うん。ええよ! うちがやる!」


 急に元気になったモモチチが鍋をつつき始める。

 どうやらご機嫌も治ったようで何よりだ。

 いや、実にチョロい。


 この場で飲めない身としては悔しいが、酒を飲みはじめると会話も弾む。

 会話が弾み、美味しい料理があれば時間は直ぐに過ぎる。

 そうして鍋の具がなくなると、裏ちゃんが蕎麦を入れた。

 蕎麦が充分温まった頃合いになると、今度はしょーへいが私の呑水とんすいに蕎麦をよそって差し出す。


「今日は大晦日おおみそかだからな。これを食べて新しい年を迎えるんだ」

「ん、食べる」


 大晦日とは何だろう……などと考えながら、たっぷりと入った蕎麦を手繰り、ズズッと音を立てて啜る。

 鍋汁なべつゆで黒く染まった蕎麦から芳醇な香りが漂い、コシのある麺の歯ごたえ、つゆみ出した鴨の旨味が口いっぱいに広がり、するりと喉の奥に消えていく。


「――美味しい」


 鴨と九条葱の食感、甘み、蕎麦の甘みが上手く絡み合っている。

 私が食べる様子を見ていたしょーへいの口元が緩み、目つきが柔らかくなる。


「うんうん。今年の年越し蕎麦は少し豪勢だな」

「年越し蕎麦?」

「年越し蕎麦はね、一年の最後の日に「細く長く生きられますように」と祈りを込めて食べるものなの」

「へえ……」


 翼が説明してくれるのだが、内容からすると私にとってはあまり関係の無いもののように感じる。

 身体がダンジョンに最適化されているし、今後もダンジョンに出入りする限りは軽くあと三〇〇年は生きられるのだ。それこそ、太く長く……。

 だが、これはあくまでも地球の文化であり習わしなのだろう。


 そう考えながらも二口目、三口目と箸を伸ばす。

 実に美味い。


 翼は「一年の最後の日」と言っていたが、今日がその一年の最後の日ということなのだな。

 大晦日とかいう言葉の意味はあとでスマホを使って調べることにしよう。


「そろそろいい時間だし、ミミルはそれを食べ終わったら風呂に入ってくれるかい?」

「うん」


 指をくるくる回すところに行く予定らしいからな。先に風呂に入ってほしいのだろう。


「だったら、うちはうっとこにんでべべ持ってきますね」

「ああ、悪いな。ありがとう」


 しょーへいは風呂の用意をするために立ち上がり、縁側を通って風呂場の方へと歩いていく。

 私も蕎麦を平らげると、着替えを取りに行くため二階へと向かった。


    ◇◆◇


 風呂場で髪を洗っていると、人の気配を感じた。

 明らかに脱衣場で服を脱いでいるのが影でわかる。この巨乳は……。


 ガチャリという音と共に、浴室に入ってきたのはやはりモモチチだ。

 非常に残念なことに、髪を洗っているところなので浴槽に逃げることも、浴室から飛び出すこともできない。

 さすがに全裸で走り回るわけにもいかないのだから、ここは覚悟を決めるしか無い……。


「ミミルちゃん、一緒にはいろ?」

「……」


 いや、一緒に入る気、満々……既に全裸で浴室に入っているではないか。

 おいこら、髪を洗っているのだから、頭の上に載せるんじゃない。


「勝手にはいる、良くない」

「まぁまぁ、親睦を深めるって意味でも裸の付き合いは大事なことなんよ?」

「この風呂は一人用。迷惑」


 こら、シャワーをお前が使ったら髪を流せんだろうが。

 泡が目に入るっ! はやくシャワーヘッドを返せっ!


「むぅ……」


 モモチチが優しく髪を洗い流してくれる。自分で洗っているときと何かが違うのだろう……。


「ミミルちゃん、もっと丁寧に洗わなあかんえ。例えばコンディショナーはこうして……」


 モモチチは頭に巻いたタオルで私の髪を拭いて乾かし、毛先から順にコンディショナーを塗り込んでいく。


「いっぺん乾かすと染み込み易いんよ」

「ふぅん……頭皮は?」

「頭皮に塗ると、毛穴に詰まったりフケの原因になるから……はいっ、この間に身体を洗うよ」


 ボディソープを取って泡立てると、丁寧に身体を洗ってくれる。

 胸についた無駄な脂肪を抜きにすれば、モモチチは実は友好的な生き物なのかも知れない……いや、騙されてはいけない。この女は私を愛玩動物だと思っているはずだ。抵抗せねば……。


「身体は汗をかきやすいところから順番にね」


 強すぎもせず、弱すぎもしない。絶妙な力加減で首筋を洗われていると風呂場の暖かさも相まって気持ちよくなってくる。

 脱力して膝が崩れるということはないが、このままモモチチに身体を預けてしまいそうだ。心の奥では抵抗しなくてはいけないと思っているのだが……足の指の間まで磨くように洗われると、もうどうでもいいかと思えてくる。

 そして最後はシャワーで全身を洗い流される。

 なんだか生まれ変わったかのような気分だ。


「モモチチ、洗うの上手い」

「そ、そう? おおきに」


 私の全身を磨き上げるように洗い上げたモモチチは何かひと仕事終えたような――充実感に満ちた顔をしている。

 洗ってもらった者としては、交代して洗ってやるのが良いのかも知れんが、胸に凶悪な脂肪を蓄えた肢体を直視するともぎ取りたくなってしまいそうだ。

 あ、指がワキワキと動いているのは揉みたいと思っているわけじゃないぞ。むしむしり取りたい……。


 モモチチから逃げるように浴槽へと気持ちだけ飛び込む。実際はそろりと入っているぞ。

 とぷんと音を立てて浴槽に沈み込む。この瞬間の幸福感は何ものにも代えがたいのだが……モモチチが猛烈な勢いで髪を洗い、身体を洗っている。

 これは駄目だ、浴槽の中で後ろから抱きつかれて動けなくなっている自分の姿が目に浮かぶ。いつもなら地球時間で三〇分は浸かるところだが、急いで出ることにしよう。


「でる」

「ええっ! そんなぁ……」


 モモチチが悲しそうな声を上げるが、おまえと浴槽に浸かれば間違いなく私は湯あたりしてしまうのだ。

 すまないが、独りでゆっくりと湯を楽しむといい。


 だが、風呂を出たところで待ち構えていたのは恋茉こまちだ。


「ふふっ……待ってたんえ?」

「――!」


 不敵に笑う恋茉こまちにバスタオルで全身をくるまれた私はもう成すがままだ。更に、風呂から上がったモモチチも加わり、揉みくちゃにされた。


   ◇◆◇


 風呂を上がるとを着せられた。

 街を歩いていると見かけるこの国の伝統衣装で、「着物」というのが一般的らしい。とても華やかな色合いに、花や手毬などが描かれたとても豪奢な生地でできている。

 これは恋茉こまちが幼い頃に着ていたもので、とても大切に保管されていたようだ。汚さないようにしなければいけないな……。


 慣れない服で客席へと戻ってくると、片付けを終えて一休みしているしょーへいと裏ちゃんがいる。


「お、似合ってるじゃないか」

「ほんまに似合うてますわ……」


 二人から驚きの籠もった声が上がる。

 この男たちは普段は褒めたりしないくせに、こういう特別な時に限って褒めてくる……照れてしまうではないか。

 照れ隠しにぽこりとしょーへいの胸元を殴る。

 なんで殴られたのか不思議でしかたがないという表情でしょーへいが見つめてくる。鈍感なやつめ。


 風呂上がりなモモチチと、恋茉こまちが合流する。

 モモチチは店の制服ではなく、普段着へと着替えている。ぴっちりとしたハイネックのセータに二つの肉塊がついているのがクッキリと浮かび上がっている。目の毒だ……風呂場でもいでおけばよかった。


「ところで、みんなはどうするんだ?」

「俺は家に帰って家族サービスですわ」

「うちもんだら年越しそばもろて、家族でテレビ見るくらいやろか……」

「私は友人と一緒に初詣に行くことになってます」


 そういえば、裏ちゃんはこの中で唯一の既婚者だ。

 鍋の用意などしてくれたが、早く家族と一緒に過ごしたいことだろう。

 恋茉こまちはいいところの娘なので、家族で過ごすのが恒例になっているらしい。

 翼は学校の友人と集まって出かけるということなのだろう。


「私は……オーナーさえ良ければミミルちゃんと一緒に行きたいです」

「それは、ミミルの意見の方が大事だな。ミミルはどう思う?」


 本音を言うと、モモチチと歩くのはとても危険な気がする。

 例えば信号待ちのときなどにあの重い脂肪の塊を私の両肩に載せられて休憩台にされてしまう……そんな予感だ。

 だが、このを着せるためにいろいろと頑張ってくれたのも事実。

 その恩に報いるのも大切だろう。


「仕様がない……」

「ええの?」

「……」


 問い返すモモチチに対し、ジトリと見つめ返す。

 本当に仕方がないので認めてやるんだぞ。私だって、しょーへいと二人きりの方がどれだけ気楽にいられることか……。

 だが、何かの理由で服が着崩れたり、髪型が崩れたりしたらモモチチがいないとどうにもならないからな。そのための保険も兼ねて許すことにしよう。


「――いい」

「やったぁ! うれしわぁ」

「じゃ、そろそろ解散するか。今日のタイムカードは押さなくていいからな。フルタイム勤務扱いにするから」

「「ありがとうございます!」」


 早めに店を閉めても普段どおりの給料を支払うらしい。特に恋茉こまち、翼のバイト組は嬉しそうだ。


「よし、じゃあこれにて解散だ。みんな、良いお年を!」

「「「「良いお年を!」」」」


 皆が頭を下げると、モモチチ以外は荷物を持って家路についた。


「ミミルちゃんは、羽織を着て襟巻きしよし」

「――ん」


 羽織に袖を通すと、モモチチが首に毛皮の襟巻きを巻いてくれる。とても暖かいが何の毛でできているのだろう。

 肌触りを確かめるように指先でもふもふと毛皮をいじる。

 とても柔らかく、触り心地がいい。今度はダンジョン素材で作ってみるのも面白そうだ。


「用意できたかい?」

「うちらはとっくにできてます」


 既に私の左手はモモチチの手中にある。

 絶対に離さないと言わんばかりの気概を感じる握り方だ。


「じゃ、行こうか。混み合うだろうし……団栗橋どんぐりばしの方へ回って、安井の金毘羅さんの方から抜けて行こう」

「はーい」


 しょーへいの話は私にはちんぷんかんぷんだが、「混み合う」だとか言っているし、モモチチが素直に返事をしたところを見るに経路の相談だろう。

 店の周辺以外は地理感がまったくない私は従うしか無い。


 足袋たびという靴下のようなものに、草履ぞうりという履物を履いて外に出る。

 頬を撫でる風は冷たいが、意外にも着物という服でもそんなに寒くはない。

 左手はモモチチに握られたままだが、右手をしょーへいが握って歩き出した。


   ◇◆◇


 遠くで寺の鐘が何度も鳴っているのが聞こえる。とても低く大きな音だ。

 慣れない草履という履物で歩くのが大変だが、しょーへいが裏道を選んでくれたのかそんなに混み合うこともなく地球時間の一時間程度で目的地らしきところへ着いた。日本という国の神様を祀る神社というところなのだが、ものすごい人の数だ。ギュウギュウとひしめき合って人々が歩いている。私の場合はしょーへいとモモチチがいるから押しつぶされたりすることはないだろうが、子どもには厳しい環境だな。


「「「三、二、一」」」


 すぐ近くで何やらカウントダウンを始めた人たちがいる。

 大きな声で叫ぶように始めるから驚いたが、どういうつもりだ?


「おっ――あけましておめでとう!」

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「――?」


 しょーへいとモモチチが互いに声をかけているが、何が開いたというのだ?


〈ミミル、新しい年になったんだ。年が明けたということだよ〉

〈なるほど。新年を祝っているのだな〉

〈そのとおり。ミミルもほら……〉


 しょーへいに促されてモモチチの顔を見ると、私の言葉をじっと待ち構えている。仕方がない……。


「モモチチ、あけまいておめでとう」

「プッ……〝あけまして〟ね。おめでとう」


 くそう……ちょっといい間違えただけなのに笑われてしまった。初めて使う言葉だから最初は真似するしかできないんだ。

 次は言ってやらないぞ。


「しょーへい、あけましておめでとう」

「ああ、おめでとう」


 しょーへいもどこか嬉しそうだ。頭を撫でようとそっと手を出し、慌てて引っ込めたのがまるわかりだ。


 人波に流されるように拝殿前まで進むと、お参りをする。

 行列の先頭にまで進んだら賽銭を投げ入れ、以前習ったとおりに二礼して二拍手。時間をかけてお願いをした。


 何をお願いしたかは言わないぞ。

 前回、人に話すと叶わないと聞いたからな。


 次に御神籤おみくじを済ませる。

 因みに、御神籤は私が大吉、しょーへいが中吉、モモチチは凶だ。

 しょーへいは御神籤おみくじと共に紐のようなものを購入していて、それを私に手渡す。


「最後はコレだ。吉兆縄きっちょうなわ

「この境内に三箇所ある〝をけら灯籠〟から火をもろて、神棚の火に使ったり、お正月の種火にするんよ」


 なんだか難しいことを言っているが――この国の古い風習なのだろう。


「家に着くまで火を消さないように先を回しながら歩くんだ」

「みんな、アレって言うて指を回さはったやん? この〝朮詣をけらもうで〟のことを言うてはったんよ」

「あっ!」


 恋茉こまちや翼が指を回していたのを思い出したぞ。

 なるほど、この吉兆縄に火をつけてくるくると回しながら家に帰るということか――子どもが好きそうだ。私は大人だがな!


「なるほど……」

「ほな、〝をけら火〟をろて歩きましょ」


 モモチチがぐいっと手を引く。

 右手はしょーへいから吉兆縄を受け取ったので、しょーへいとは繋いでいない。ただ、少し離れたところから暖かい視線で見守るように私たちを見つめている。


 この世界の「大人の女」に半ば強引に連れられて歩く。

 明らかな体格の差があるのだから、身体強化なしであがらうのはやはり無理だった。仕方がないのでモモチチに引き連れられて〝をけら灯籠〟をまわる。

 混み合っているので、火をつけて回るだけでも時間がかかるな。

 まぁ、途中に出ている屋台に立ち寄ったりするから余計に時間がかかってしまったのもあるのだ。焼きそば、たこ焼きは既に光の彼方へと消えている。焼きとうもろこし、鶏の唐揚げなども買いたいのだがモモチチには空間収納のことを話していないので買えないのが残念で堪らない。


 三つある〝をけら灯籠〟で火を貰い、くるくると縄を回しながら家路につく。

 人波は駅から先ほどまでいた神社の方へと流れていて、それに逆らって歩くのも酷く疲れるので裏道へと入る。

 こうしてしょーへいに見守られながら歩くのも悪くない。

 人影もまばらな路上は街灯があるといえど薄暗い。

 縄の先についた〝をけら火〟が暗闇に赤い残像を描いてとても綺麗だ。


〈――ミミル〉

〈なんだ?〉

〈今年もよろしくな〉

〈あ、うん。今年もよろしく〉


 新しい年もしょーへいと共にある――そう思うだけでなんだか幸せな気持ちになった。



────────────────────


なお、〝をけら火〟は薪ストーブの種火になったようです。



【ご挨拶】

本作は掲載開始から三ヶ月程度しか経っていませんが、たくさんフォローいただきました。

ありがとうございます。


カクヨムコンには参加しているものの、★評価やレビューを書くのが難しいタイプの作風ですのでなかなか上位に上がることができずにいますが、瞬発力ではなく長く読んでいただけるような作品を目指し、これからも精進したいと思います。


2021年もよろしくお願いします。

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