第86話
二階へ戻るとミミルは食事を終えていた。
また図鑑とにらめっこをしている。ちらりと覗いた感じだと、今度は風力発電のページを見ているようだ。大型の風車の写真が見えたからな。
給仕用のトレイにミミルのお食器を載せ、ミミルに話しかける。
〈今日の予定だが、午後から買い物に出る。ついてくるかい?〉
〈何を買いに行くというのだ?〉
俺が考えていたのは、ミミルのための国語辞書、ダンジョン内で夜を過ごすために必要な簡易ベッドやテントなどだ。
ミミルは平気のようだが、地面の上で寝るというのはどうにも俺には辛い。目覚めた時には身体中が痛いからな。
〈まずは辞書。言葉の意味を調べるための本だ。それと、ダンジョンでも使える簡易ベッドだとか……食器類なんかも欲しいな〉
〈ふむ、必ずしも必要とは言えんが……実物を見て判断しよう〉
ミミルと俺にはダンジョン内で過ごす時の感覚が違うのかもしれない。
ダンジョンの大先輩であるミミルに要否を確認してもらうのもいいだろう。
〈――それに、荷物持ちが必要なのではないか?〉
〈そ、そうだな。手伝ってもらえるとありがたい〉
俺にとって最低限必要なのは簡易ベッド。追加で必要なものとなると、食器類くらいだろう。
弁当の
テントやランタン、バーナーなどのアイテムはミミルに確認することにしよう。
〈そこで確認なんだが、今後第二層から先への攻略って必要なのか?〉
〈そ、それは……〉
ミミルが明らかに
何か言いづらいことでもあるのだろうか……などと
〈俺としては……〉
ダンジョンの中は完全な別世界。
第一層、第二層では日本にはない広大な景色が楽しめるし、多少は危険かも知れないが変わった動物たちを観察したりできる。何より食べたこともない食材がドロップするのだからとても興味深いものばかりだ。
だから――。
〈攻略したくないとか考えていないから安心してほしい。なんというか……今後、フィールド上で野営とかするのかなと思って訊いてみたんだ〉
ミミルは視線を逸して俯いてしまっていたが、俺の説明を聞いて俺を見上げ、安堵したように表情を
〈そうだな。私はしょーへいにここのダンジョンを攻略してもらいたいと思っている。理由は――話すべき時に話す。だから今は……〉
一瞬、縋るような目をするとミミルはそのまま俺に抱きついてきた。
ミミルは何だか俺を頼ろうとしているのだろう。だが、その具体的なところを話す踏ん切りがついていないだけだと思う。
俺は膝を折って、ミミルに目の高さを合わせる。
上から見下ろすように話をすると、ミミルが高圧的に感じるかもしれないからな。
〈ああ、わかった。じゃあ、ダンジョンのフィールド上で過ごすために必要なものがあるか、一緒に選んでくれるかい?〉
〈もちろんだ。ダンジョンのことに関しては私がおまえを指導する立場にあるからな!〉
急に尊大な態度になったが、少し元気がでてきたようだ。
もう少し元気づけてやってもいいよな?
〈ところで、買い物に出るなら昼食は外で食べることになるんだが……〉
ミミルの瞳が大きく開き、その一瞬で明らかに何かに期待する顔つきに変わっているのがわかる。
だが、ミミルは地球の料理のことに詳しくないからな。
希望を聞いてもまた「鶏の唐揚げ」と返事がくる気がする。それに、辛いものは食べる習慣がないと言っていたはずだ。
たまにはカレーや麻婆豆腐のような辛い食物を食べたいときがあるので困ったな……。
とりあえず、キャンプ用品の店周辺にありそうなのを考えておくとしようか。
〈今日も日差しはきついから、コンタクトを入れておいたほうがいいぞ〉
〈むぅ、何を食べに行くつもりだ?〉
〈まだ決めてないよ〉
〈期待させおって……〉
口を尖らせるミミル。
確かに中途半端に話してしまったのは俺が悪い気もするが、過剰に期待しすぎる方もどうかと思う。
〈どうしてそんな意地悪をするんだぁ……〉
ミミルは頭を抱えるようにして、崩れ落ちる。
といっても、膝立ちになる程度だ。
それにしても、そこまで落ち込むことでもないだろうと思うのだが大袈裟なやつだな。
〈だって、〝
〈そ、それはそうだが……ぐむぅ……〉
〈とにかく、ミミルが今までに食べたことがないものを食べに行くようにしようか〉
〈う、うむ……〉
なんとか納得してくれたようだ。
顔をあげて俺を上目遣いで見上げてくるミミルはとてもかわいい。
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