ミミル視点 第3話

 ダンジョン管理者の部屋はどこも殺風景だ。

 そこにあるのは石造りの大きな丸いテーブル。中央はとても丁寧に磨き上げられていて、黒い花崗岩かこうがんのような石がめ込まれている。


 私もさまざまな魔法を身に着けてきたが、この黒い石はとても興味深い。


 いままで見てきたどこのダンジョンでも同じだが、この黒い石が嵌め込まれている場所に血液を垂らすことで、守護者を倒した者がそのダンジョンの管理者に登録される。

 そして、ダンジョン管理者への登録後は、この石の表面をなぞることで様々な機能が表示され、選択、設定できるようになっている。


 例えば、ダンジョンの階層を組み替える機能。

 二十一の階層のうち、守護者が置かれる第二十一階層を除く階層は、自由にその階層を組み替えることができる。

 また、複数の階層を統合することができるのだが、その場合は空いた階層に新たな階層が挿入される。一層と二層を統合すると、自動的に新しい二層が作られるという不思議機能だ。

 また、定期的にダンジョンの階層を組み替えることができる。これが未踏破の状態で最初から設定されているダンジョンは非定形ダンジョンと呼ばれ、恐ろしく難易度が高い。

 攻略中であっても時間が来れば組み替えられてしまうのだから、第二十層まで来たときに組み換えが起こって、そこが第五層になってしまったりすればもう地獄でしかない。

 逆に、第二層にいたところで突然第二十層に入れ替わると、いきなり守護者の難易度が変わり、魔素の濃度も上がって魔物が強化される。そのため、フィオニスタ王国では非定形ダンジョンは厳重に管理され、初心者は入れないようになっている。


 このような複雑な機能を魔法で付与することが非常に難しい。

 次に、管理者はこの石の上で操作するときに少量の魔力を注ぐ必要があるが、広大なフィールドをもつダンジョンのフロアを入れ替えるだけの魔力がどこから供給されているのかも不明だ。

 いったい誰が、どのような目的で、どうやってこのダンジョン管理機能を作り上げたのか……王国で大賢者と呼ばれる私でも理解できない。


 さて、この黒い石が嵌め込まれたテーブルのことを考察するのはあとにしよう。


 いま大事なのが出入口の設定だ。


 テーブルの管理機能を使えば、入口と出口の移動、入れ替え、固定等ができる。

 未踏破ダンジョンは出入口が固定されていない。

 踏破とうはして管理者権限を手に入れれば、自由に出入口を別々の場所に変更できるのだ。


 ダンジョンの出口が移動できるということは、有事ゆうじの際――イオニス帝国との戦争が勃発ぼっぱつすれば、帝国の城内に出口を作って奇襲きしゅうすることができるということ。

 そのため、フィオニスタ王国のダンジョンは踏破したものも含め、すべて出口を固定していない。

 しかし、イオニス帝国側の条件は同じで、出口は固定されていない。

 そして、出口の設定はエルムヘイムとは異なる世界……異世界に作ることもできる。

 イオニス帝国はこの機能を使ってダンジョンを異世界に接続し、異世界への侵略を進めているのだ。


 ナイフで左手の人差し指に傷をつけ、血液をテーブルの上にある黒い石にポトリと落とす。


 ツルツルの表面に落ちた血液は、表面張力で丸くなっているが次第に石の中に吸い込まれるように消える。

 すると、黒い石の中心から一筋の白い光が天井へと伸びると徐々に大きくなる。

 直径四〇センチほどの大きさになると、円の中に正三角形が二つ浮かび上がり、クルクルと回転して六つの頂点が正六角形をつくりあげた。

 白い光が外周の円をクルクルと回り、六つの頂点はそれぞれ異なる光を放つ。


 六つの頂点が管理者用のメニューだ。


 黄色く光る出入口設定の光に触れると、黒い石の上に水色と土色、緑色、白などで描かれた球体――立体的に縮小されたエルムヘイムが盤上に表示される。

 現在の出口設定はイオニス帝国とフィオニスタ王国の間。イオニス帝国側の地を指している。


 海面上の適当な場所を指先で指定して、固定のためにメニュー上の赤い光に触れようと手を伸ばす。

 双子で成長が少し遅かった私は、人よりも背が低い。

 無理して右手を伸ばしたそのとき……。


「――あっ!」


 身体を支えるためにテーブルについた左手の先が、別の頂点にある光に触れてしまったのだ。

 でも、勢いをつけて伸ばした右手は止まらない。

 そのまま、出口を固定する光を触ってしまった。


 黒い石の上に浮かんでいたエルムヘイムは消え、知らない星にある島らしき土地の中央付近……大きな湖がある場所の近くに出口が設定、固定されてしまっている。


 痛恨つうこんのミスだ。

 異世界に接続してしまった。


 幸いにも、出口が異世界に通じてしまった場合の対処法については事前に取り決められているので、その通りに処理するしかなかろう。

 既に妹や仲間たちはダンジョンの外に出てしまっているはずだ。念話が届かないところまで移動しているなら幸いだ。状況を連絡しようものなら、妹は自分が代わりに残ると言い張るだろうからな……。


 さて、先ずは実際にどのような場所に繋がってしまったのか、確認だ。

 エルムヘイム人が生きていけるような環境であることを確認しなければならない。


 一度出口に向かうとしよう……。

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