第4話 森人薬師《ファーマシスト》スリオン
翌朝、小さなテーブルにティバートリュフ料理が出された。
芳醇な香り、風味豊か、柔らかく弾力のある食感。
口に入れた瞬間に、まだ眠たかった目が覚める。
「何これ! めちゃくちゃおいしいです!」
「口にあってよかったよ、ありがとう」
パパさんが調理場から微笑む。
チサさんが片付けを手伝っているのも見えた。
「今はあまり量は提供できなくてね、旅の思い出になれば嬉しいよ」
「なるなる、思い出になります、おいしいです」
小皿にちょこんと乗った、3個のティンバートリュフ。
急いで食べるのが勿体なくなって、ゆったりとした朝食の時間を過ごしていた。
「ねえパパさん、これって森では採れないの?」
お姉ちゃんがもぐもぐしながら尋ねた。
「採れるには採れるんだけどね、やっぱり数は少ないな。生えてる場所も、主には森の奥のほうさ」
「あ、エルフに襲われる危険があるから今は採りに行けない、だからたくさん出すことができないってことなのね」
「ああ、いや、それは違うさ。もともとウチは森から採ることはしていないんだ」
「それじゃあ、育ててたけど収穫量が少なかったとか」
「それも違ってね、今は少しエルフからの訳あり需要があってね──」
ドン、ガチャリ。
パパさんの話を遮るように、裏口のドアが力強く開いた。
「おい、ライアン、余所者にあんまり吹き込むんじゃァねーよ!」
ドカ、ドカ、と大きな足音を立てて現れたのは、弓矢を背負ったやや背の小さな狩人風のおじさん──いや、耳の尖った、恐らく……
「まさか、エルフですか!?」
「なんだよ、そんな珍しいか? 森にゃ百を超えるエルフがいるだろーがよ」
「いや、だって、読んだ本じゃ『美しい』種族だって、書いてあったから──」
「ハン、そりゃァ人間様の妄想だな。綺麗なのも多いが、そうじゃねェのも同じくらいいる。お前らと変わんねェだろ」
ああ、思い出した。
──ウチにもね、エルフの常連がいるんですよ。人間のことはボロクソに言うけど、悪い人じゃないです。
この人が多分、チサさんの言っていた常連さんだ。
「スリオンさん、ウチのお客さんに失礼な言い方しないでください」
チサさんが調理場から出てきて、エルフのスリオンを注意した。
しかし怒っている様子はなく、笑顔だ。
「小娘さんよ、大体よ、大体だ、俺たちにとっちゃ、アンタらが辛うじて育てているトリュフは薬だ。ほいほいと客に食わせてほしかァないんだがね。俺の患者の分が無くなっちまうだろう」
「スリオン、チサに当たらないでくれよ。今は収穫は安定しているし、君たちに必要な量はしっかり残しているんだから。それにこちらのお嬢さんがたも、そんな害のありそうな旅人さんじゃないだろう?」
パパさんが私たちのフォローに入ってくれた。
俺の患者、ということは医者のような仕事をしているのだろうか。
スリオンの口は止まらない。
「けっ。人間様なんてのはなァ、お前さんみたいに話のできる奴ってェほうが希少種なんだよ。なぁライアン、お前さんだって他の人間どもに幾度と騙されちゃァ、表通りの
「相応の金はもらっているさ」
「お前はよ、大店の主ってェ野望はねェのかい?」
「チサと暮らすのには十分な売上があるからね。お陰様で」
いけしゃあしゃあと言い放つスリオンに、ずっと穏やかな対応をとるパパさん──ライアンさんというらしい。
仲が良いのか悪いのか、はたからでは分かりにくいが常連であることは確かなのだろう。
しかし、ティンバートリュフがエルフにとっての薬だとは、なんておいしい薬なのだろうか!
そんなお金の匂いしかしないものを、表通りの守銭奴と称された街の商人たちが扱っていないのは不思議だ。
パパさんに尋ねてみる。
「このキノコ、表通りじゃ全然見なかったけど、ライアンさんが独占してるんですか?」
「そういうわけでもないんだが、自生しているものは少ないのと、人間が安全に食べるには手間がかかるのさ」
「トリュフがまた乱獲されたんじゃァたまったもんじゃねェよ。今は、ただでさえ採りにくいんだ」
「採りにくいってどういうこと? 森ってエルフの庭みたいなもんでしょ?」
お姉ちゃんが踏み込んで聞くと、スリオンは言い淀んだ。
少しの間をおいて、パパさんが口を開いた。
「なあスリオン、俺が見るにだが、このコたちはそれなりに戦えるんだと思うんだ」
お姉ちゃんが驚いてパパさんを見た。
まあ、明らかな魔道士風の格好と剣士風の格好をした二人組なのだからそう思っても普通なのではないだろうか。
「だから、いま森で起きてることを話してみてはどうだろう?」
「はァ? こいつらがか? まあお前さんが言うならそーなんだろうがよ──」
そう言って、スリオンは私たちを訝しげに見る。
「いや、やっぱそうは見えねェよ、ライアン」
その言葉にムッとした。
甘く見られるのは良い気分じゃない。
「わたしたち、グレートデーモンくらいなら怖くないよ」
私が言い返すよりも早く、お姉ちゃんがムスッとして言葉を返した。
こういうとろこで、私たちは似ている。
「魔族をヤれる証拠でもあんのかい?」
「ムキーッ! あんた、むかつく!!」
「落ち着いて、落ち着いてください、悪気なくああいう人なんです、悪気はないんです」
苛立ってジタバタするお姉ちゃんをなだめるチサさん。
いや、悪気なくてこの性格なのだとしたらエルフのなかでも嫌われたりしないのだろうか……
「ワハハハ!」
その様子を見ていたスリオンが愉快そうに笑い出した。
人をからかうのを楽しんでいたのだろうか。
まともに相手にしたら疲れそうなエルフだ。
「まあいい、魔族と渡り合えるんだってなら話してやるよ、期待はしねェがな」
ひとしきり笑い終えたスリオンは、一転、真面目な声で事の仔細を話し始めた。
魔族と渡り合えるんだってなら──
少し心がざわついた。
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